ロックの伝記作家、ジェリー・ホプキンスが82歳で死去

小社刊行の『ジム・モリスン』(絶版)
ジム・モリスン、デヴィッド・ボウイ、エルヴィス・プレスリーらのバイオグラフィーを書いたジェリー・ホプキンスが、6月3日、長い闘病生活の後、バンコクで亡くなりました。82歳でした。
彼のウェブサイトによると、ホプキンスは生涯で39冊の本を出版し、『ローリング・ストーン』誌や『ヴィレッジ・ヴォイス』『マキシム』など1000冊以上の雑誌に記事を書いていました。
彼が執筆した中で最も有名なバイオグラフィーは、1971年にジム・モリスンが他界した直後に書き始め、1980年に出版したモリスンのバイオグラフィー『No One Here Gets Out Alive』(日本語版『ジム・モリスン』は小社刊)でしょう。モリソンに関する初めてのバイオグラフィーですが、ベストセラーになるまで、25以上の出版社から断られていたそうです。
またホプキンスは、ニューオーリンズ、ニューヨーク、そしてバンコクの新聞にも記事を掲載し、ライター、リポーター、音楽評論家の肩書の他、ABCテレビやユニバーサル・スタジオの仕事にライター・プロデューサーとしても携わっていました。
ドアーズのフェイスブックには、ホプキンスへの追悼の言葉が掲載されています。
「ジム・モリスンのバイオグラフィーを執筆したジェリー・ホプキンス、どうぞ安らかに。あなたの言葉でレジェンドを生かし続けてくれてありがとう。チーム・ドアーズ」
彼のウェブサイトによると、ホプキンスは生涯で39冊の本を出版し、『ローリング・ストーン』誌や『ヴィレッジ・ヴォイス』『マキシム』など1000冊以上の雑誌に記事を書いていました。
彼が執筆した中で最も有名なバイオグラフィーは、1971年にジム・モリスンが他界した直後に書き始め、1980年に出版したモリスンのバイオグラフィー『No One Here Gets Out Alive』(日本語版『ジム・モリスン』は小社刊)でしょう。モリソンに関する初めてのバイオグラフィーですが、ベストセラーになるまで、25以上の出版社から断られていたそうです。
またホプキンスは、ニューオーリンズ、ニューヨーク、そしてバンコクの新聞にも記事を掲載し、ライター、リポーター、音楽評論家の肩書の他、ABCテレビやユニバーサル・スタジオの仕事にライター・プロデューサーとしても携わっていました。
ドアーズのフェイスブックには、ホプキンスへの追悼の言葉が掲載されています。
「ジム・モリスンのバイオグラフィーを執筆したジェリー・ホプキンス、どうぞ安らかに。あなたの言葉でレジェンドを生かし続けてくれてありがとう。チーム・ドアーズ」
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