【連載特集:ジャパン:最終回】

書籍『JAPAN 1983-1991 瓦解の美学』より、レイン・トゥリー・クロウでの確かな輝き

書籍『JAPAN 1983-1991 瓦解の美学』(2019年、弊社刊)は、かつてジャパンのいちファンだった著者アンソニー・レイノルズによる、ジャパン解散後のメンバーの足取りを追った一冊。「ジャパン初のバイオグラフィ本」としてグループの活動期間を追った赤い表紙の『JAPAN 1974-1984 光と影のバンド全史』(2017年刊、同)と対になるもので、メンバー4人は無論、関係者も丹念に取材した上で、解散後のメンバーそれぞれの活動を追いながらレイン・トゥリー・クロウへ至る道筋と、その顛末を描いています。
ジャパンの解散は、デヴィッド・シルヴィアンと主にミック・カーンの対立によるもの。そんなメンバー間の確執が解散理由なだけに、「その後」を描いた本書は全体的に重苦しい雰囲気に覆われているのは事実です。しかしフォーカスするのは “バンド全体” ではなく個々のメンバー一人一人になるため、“ミック/リチャード/スティーヴ、そしてデヴィッド” と、それぞれの個人像を描く一冊として、バンドとしてのジャパン・ファンにこそ是非ご一読いただきたい一冊なのです。

※以下、明朝体の部分は書籍『JAPAN 1983-1991 瓦解の美学』からの引用。
デヴィッド「ジャパンの時は僕が書いた曲が土台にあって、それをみんなでアレンジしていた。言うまでもなくこのアルバム(『レイン・トゥリー・クロウ』)はそれとは大きく異なっていた。僕たちはスタジオで一緒に演奏しながら曲を構築していったのさ。事前リハーサルなしでスタジオに楽器をセットして、そのまま演奏を始めた。1 日、2日すると徐々に形になってくるんだ。実は初日から手応えはあった。数時間演奏すると、少しずつ固まってきて、部屋の中でお互い目が合うようになって、みんなが何か手応えを感じているのがわかるんだ。何か出来そうなんじゃないか、という。で、それをさらに突き詰めたらどうなるかやってみる。やってて本当に面白かったよ」
リチャード「以前は、何週間も掛けてリハーサルを重ねて曲を形にして、完璧に把握してからスタジオに入ったんだけど、今回スタジオに入った一番の理由は、何が起こるかわからないことへの挑戦だったんじゃないかな」
スティーヴ「グループでの演奏を目指した。その多くはそのまま残したけど、中にはいいものになりそうだけど、もっとちゃんとやりたいというのもあった。実際、テープを一日中回しっぱなしにして後でそれを聴き返すんだ。ドラムやパーカッション、キーボードでは使えるものがかなりの割合であったよ」
本書の大部分は、こうしてメンバーならびに関係者にインタヴューを行なっての発言で全体を構成。著者は独りよがりなジャパン論は脇へ置き、あくまで本人たちの発言を大事にして、黒子としてストーリーを進めていきます。この制作現場では、かつてと同じ顔ぶれながら、根本的に従来とは異なる手法での挑戦で──メンバー4人ともが、その刺激と手応えを実際に感じていた様を、こうして生々しい肉声で読み手に伝えてくれます。
このアルバム制作過程について、メンバーそれぞれの印象をランダムにいくつか抜きでしてみると──
ミック「ワルから5 弦ベースを借りて、新しい課題を自分に課したんだ。ネックの幅が太く、凄く弾きにくいから、自分がどの音を弾いているのか把握するのに一瞬余計にかかる。曲を支配するような目立つベース・ラインを誰も望んでいないのはわかっていた。でもこの慣れないベースにはもう一つ意図があって……ベースを弾く時はその時の自分の気持ちがそのまま反映する。だから、どの曲もベースが凄く慎重で、優しく、出しゃばらず、時にはぎこちなく聞こえるのも不思議じゃないんだ」
デヴィッド「ミックのキャリア史上最高の演奏」
スティーヴ「いろんなことをひたすら試してみた。ドラム・セットの構成を変えて、新たにスネアやシンバルといった遊び道具を加えたんだ。だから2 台のスネアを使うこともあったし、ドラムの位置を変えてみて、標準的な叩き方にならないようにも工夫した。僕は面白かったけど、エンジニアのパットは大変だった思う」
リチャード「エンジニアは本当に大変だったと思う。全てのトラックが常時録音状態だったからね。全てのキーボードからステレオで入力されて、スティーヴのドラムが12 トラックくらいあって……。僕とデイヴのキーボードは全てスティーヴが操作するMacintoshに送られた。演奏中はキーボードからのMIDI情報を受信するだけなんだけど、後で見直すことができるんだ。例えば、4 時間分の音楽の中の30 分だけ気に入った箇所があったら、そこだけそのまま生かして、それを軸にまた再構築していくことができる。シーケンサーを使ったのはそういう用途だけだった」
スティーヴ「一番良かったのは、自分の楽器にばかり専念するんじゃなくて、他の人の演奏を聴く部分だった。ジャズの即興の醍醐味だ。他の人の演奏を聴いて、そこから新しいヒントを得たり、それに合わせてみたり、そっちを生かすために自分が抑えめに弾いたりする。それを習得できたのは本当に楽しかったね」
リチャード「4 人とも実験的なものに惹かれるところがあるのと同時に、音楽を作る上でみんなが自由にやれることが重要だった」
マイケル・ブルック(アルバム制作開始当初のプロデューサー)「若干欠点もあるけど、メンバー全員がスタジオに揃った状態で曲作りを行なうことがこのプロジェクトの大前提だった。事前に準備されたものを持ち込むことはできなかった。なぜかというとジャパン時代、ほとんどの著作名義、注目、収入がデヴィッドに集中してしまったからだ。今回は面白いジャム・セッションもあったし、いいアイディアもあった。制約がなく、非常に生産的で、創造性に溢れていたし、雰囲気も良かったよ。この時点でヴォーカルはまだなかった。みんな常に音楽のことだけを考えていた。毎晩一緒にご飯も食べたよ。数回、街まで出掛けたこともあったな……凄く楽しかったよ」
リチャード「全員にとって創造性に満ちた時間だった。それがレコーディングに影響することもあった。後で音の歪み成分を取り除かなきゃいけなかったりね。でも、関係なかった。いい演奏が録れたってことのほうが重要だったんだ。メンバーがコントロール・ルームにいる時間も減って、そっち側から物事を把握することよりも、みんな演奏に集中していた」
仲違いの結果解散。何年か経たとはいえ、そこから再び結集しての制作現場の空気がこんな具合にポジティヴなヴァイブスに満ち溢れていたというのは、ちょっと驚きではないですか? そしてその最初の成果が、アルバムの収録曲「ブラッククロウ・ヒッツ・シュー・シャイン・シティ」として結実します。著者によると、結局デヴィッドはこのヴォーカルを録り直し、アルバムに収録されたのはその録り直しテイクとのことですが……ミックが「僕が聴いた中で最高のデイヴの歌声だ」とまで語る、録り直し前のそのテイクとはどんなものだったのか。彼にそこまで言わしめたこの時のスタジオでの充実ぶりは、リリースされた作品だけを聴いていただけではわからないものです。
スティーヴ「あれは最初に出来た曲で、即興の生演奏そのままなんだ」
ミック「曲はどれも激しく荒々しく聞こえ、迫力さえ感じた。〈ブラッククロウ・ヒッツ・シュー・シャイン・シティ〉のヴォーカルは僕が聴いた中で最高のデイヴの歌声だ。自然で、大胆で、わざとらしさがない」
スティーヴ「レコーディング中はもっと大きな音でモニターから鳴ってるように聞こえたエレキ・ギターが、最終ミックスでは小さく下げられてしまった。お陰で、いくつかの曲の躍動感が平坦になって、生々しさや切れ味を削がれてしまった印象だ」
デヴィッド「あれは一番難しい曲の一つだった。たしかレコーディング2日目に浮上した曲で、『これはいける』とバンド全員の意見が一致した曲だった。他の曲は必ず誰か懐疑的なメンバーがいたんだ。この曲は個人的に曲の構造をなんとかしようとかなりこだわって取り組んだんだけど、バンドはそのままで完成していると思っていた。僕一人で、しかもみんなそれ以上僕に手を加えて欲しくないと思っていたから、それに抗う形での作業になったんだ」
9 月の晴れやかな日のシャトーに黒い翼をはためかせ舞い込んできた、型にはまらない構成の(デヴィッドの歌が入るのは曲が始まってから2 分半してからで、これといってサビは存在しない)この曲の到来は、その場にいた多くに自信をもたらす。
というわけでここまで。【連載特集・ジャパン】最終回は、発売中の書籍『JAPAN 1983-1991 瓦解の美学』より、最も刺激的な部分をお送りいたしました。最初にも書いた通り、本書は解散後のジャパンのメンバーそれぞれを追った一冊。ここへと至る道のりの多くは殺伐としていますし、この後のアルバム制作過程もずっしり重い。しかし一方で、仲違いから解散したバンドが再結集へと向かう小さなきっかけのいくつかなどは、今回引用した部分に負けず劣らず実はちょっとキラキラして見えたりする場面もあります。ファンの方にこそお読みいただきたい一冊、是非ご一読ください。

そして蛇足その[1]:本編終了後の最終章として「ロブ・ディーンのその後」という章もございます。

さらに蛇足その[2]:各章の合間には、『ミュージック・ライフ』や『クロスビート』に掲載されたその当時のインタヴューも掲載。そのため原書とはまた違った、むしろ充実した一冊に!
 
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全5回に分けてお送りしてきた今回の【連載特集・ジャパン】、いかがでしたでしょうか……と尋ねるまでもなく、ここまで公開分のアクセス数が既にユーザーの皆さんの熱さを物語っております。いずれまたジャパン特集をお送りできれば。4週の長きにわたりご覧いただき、どうもありがとうございました! 
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