【イベント・レポート後編】

小川隆夫×池上信次
『レーベルで聴くジャズ名盤 Part 2』

刊行記念トーク2:メジャーとマイナーで音も変わる

■■ レーベルで変わるマイルスの音 ■■

池上:では、次は「レーベルの違いで聴くマイルス・ディヴィス」。

小川:これはただマイルスを聴きたいから苦し紛れに考えた項目です(笑)。マイルスは50年代はじめにドラッグでそうとうひどい状態になって、そのまま放っておいたら死んじゃうんじゃないか?ってすごく心配したってクラーク・テリーは言ってましたけど。それだけひどいと、レコード会社とかジャズ・クラブからは声がかからない。仕事がなくなる、ドラッグを買うお金もなくなると悪いことに手を出しちゃう人も多い。その窮状を見かねて1952年にブルーノートのプロデューサー、アルフレッド・ライオンが “年に一度でよければうちでレコーディングをしないか” と声をかけるんです。そこで52年、53年、54年と録音して、それで終わっちゃう。マイルスはやっぱりこのままじゃダメだと自覚したので53年の秋頃に実家のあるイーストセントルイスに戻って、自力でドラッグから脱却するんです。ただ単に部屋に閉じこもって、何もしないでもがき苦しんで脱却する──というコールド・ターキーという療法で、健康を取り戻します。しばらく体調を整えてデトロイトでぶらぶらしてから54年3月の初め頃ニューヨークに戻って、ブルーノートで録音。ですからブルーノートの52年、53年、54年の録音は、演奏面はどれも素晴らしいんですけど、体調がいいと音が違う──というのが分かるんです。それとこの時代が重要というのは、マイルスは51年頃からビ・バップに続くハード・バップというスタイルをクリエイトして演奏していて、54年録音の方がそれが完成されている──その移行の過程が52年~54年と記録されている点でブルーノートのレコードが重要なんです。健康を取り戻したマイルスは54年3月6日に録音します。それまでブルーノートでは自分1人でソロを取って全部背負うのはちょっと大変だとトロンボーンやサックスを入れて3ホーンの六重奏団で2回録音していますが、この時は体調が良かったのでワン・ホーンで録っています。ではそういう演奏を聴いてみましょうか。

♪「ザ・リープ」
マイルス・ディヴィス
『Miles Davis Vol.2』


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池上:「ウェル・ユー・ニードント」をかけるとレジュメには書きましたが「ザ・リープ」をかけてしまいました。どちらも同じワン・ホーンなのでご容赦ください。
 
小川:今回は近い時期のマイルスを聴き比べてみようということで選んでみました。ブルーノート、プレスティッジってマイルスに限らず基本的に同じような路線なんですね。この時期のレコーディングはルディ・ヴァン・ゲルダーが手がけていることが多いので、いろんな意味でプロダクションが似てるんです。ところがブルーノート、プレスティッジの音楽の違いというのは音の違い。これはルディに聞いたんですが、その違いは、ブルーノートはアルフレッド・ライオンがものすごく細かく指示を出すんですって、例えばピアノは高音を活かせとか、ベースとピアノの距離をどうしろ──とか。ところがプレスティッジはボブ・ワインストックがなるべくスタジオの時間を短くしたいから何も言わない、だから勝手に好きに録っちゃう。アルフレッド・ライオンは自分の理想の音を録りたい、プレスティッジは早けりゃいい、その違いがある。それを知ってから聴くと、なるほどな──と。

雑という表現は悪くて違うんですけど、プレスティッジはリハーサルもなしでスタジオに入ってパッと録っちゃう。ブルーノートはアルフレッド・ライオンがドイツ人で緻密だからちゃんとリハーサルをやる。逆に言うと、リハーサルをきちんとしてからスタジオでパッと録る方が時間の節約になるんじゃないかなと思いましたけど。プレスティッジはよっぽどミュージシャンがクレームをつけない限り別テイクは録らない。ボブ・ワインストックは「余計な時間取りやがって!」と舌打ちをしたと思いますよ。だから音楽的には基本的に違わない、特にこの2曲「ウェル・ユー・ニードント」、「チューン・アップ」はメンバーも同じですから(マイルス・デイヴィス〈Tp〉、ホレス・シルヴァー〈P〉、パーシー・ヒース〈b〉、アート・ブレイキー〈ds〉)、作り方が丁寧かそうじゃないかの違い。ミュージシャンも人の子、丁寧に作ると丁寧な演奏をするんです。いろんなミュージシャンにブルーノートの話を聞いたら、アルフレッド・ライオンに喜んでもらえる演奏をすると言ってました。プレスティッジについてはそういうことを誰も言わないし、僕も聞かなかった。その差が音楽にも表れてる、だけど演奏はどちらも名演──というのはミュージシャンが凄かったということですね。ブルーノートはプロデューサーも凄かった。プレスティッジはミュージシャンだけが凄かった。
 
池上:ではプレスティッジで、同じミュージシャンで同じ時期に録った「チューン・アップ」のうち、最初の録音から9日後に録った方を聴いてください。

♪「チューン・アップ」
マイルス・ディヴィス
『Blue Haze』


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池上:「チューン・アップ」、同じメンバーで同じ時期に録ったんですけど、違いはありますよね。
 
小川:あるでしょ、音が違うよね。マイルスの硬質な音はプレスティッジの方が強調されたって気がするし、ピアノもブルーノートはいい音をしてた。まぁ、このピアノの音が嫌だって人もいましたね。ブランフォード・マルサリスが “耳の中にスピーカーを入れて聴かされているようだ” と言ってました。ま、好みはそれぞれということで。

で、55年にマイルスはコロムビアと契約します。ブルーノートはワン・ショット毎の契約だったから問題はなかった。ところがプレスティッジからはアドバンスをもらっていたので、それを消化するために何枚かレコードを作らなければならない。それでプレスティッジとコロムビアが話して、〈プレスティッジではその契約のレコードを出す、コロムビアもレコーディングは始めてもいいけれど、プレスティッジが最初のアルバムを出すまではアルバムを出さない〉ということになった。コロムビアのマイルスへの条件としては、レギュラーでバンドを組んでください、ということ。コロムビアとしてはそのバンドで売っていこうと思ってた。マイルスも固定されたメンバーを決めたかったし、もうひとつは55年3月15日にチャーリー・パーカーが亡くなるんです。マイルスはチャーリー・パーカーの子分みたいなもので、彼から “レギュラーでバンドを作れ” と言われてた。それでマイルスはその遺志を継ごうとけなげにレギュラー・バンドを組むんですけど、そこがマイルスのいい加減なところというか嗅覚が働くというか、で選んだのがこのメンバー(マイルス・デイヴィス〈Tp〉、ジョン・コルトレーン〈Ts〉、レッド・ガーランド〈P〉、ポール・チェンバース〈b〉、フィリー・ジョー・ジョーンズ〈ds〉)。コルトレーンについては、そもそも最初はソニー・ロリンズを入れたかった。けれどドラッグのことでシカゴに行って連絡がつかないので、色んな人から薦められてコルトレーンにした。レッド・ガーランドについては、最初アーマッド・ジャマルを入れたかったけど、シカゴからは絶対に出ないというので断わられた。そこで少し前にプレスティッジで録音していた、似たタイプのレッド・ガーランドに決める。ポール・チェンバースだけは、ジョージ・ウォーリントンのクインテットで弾いているのを聴いてマイルスが自分で選んだ。ドラマーはマイルスの頭の中にはジミー・コブがあったけれど、彼はダイナ・ワシントンの夫で、妻のツアーで忙しくて無理だとなり、いつも共演しているフィリー・ジョー・ジョーンズを入れることにした。それでなんとなく決まったというのが、マイルスの黄金のクインテット誕生の裏話です。
 
それでプレスティッジとブルーノートとコロムビアの違いというのは、〈コロムビアはメジャー・レーベルで予算がいっぱいある。プレスティッジは絶対予算は使いたくない、ブルーノートはちゃんとした理由があればお金は払う〉。マイルスはコロムビアに移籍する時、移籍金はいらないって答えた人なんです。コロムビアの方が、後で揉めたら困ると何千ドルか渡したって言われています。ブルーノートもプレスティッジも個人経営だから1日1セッションで6曲くらい録って、それがアルバム1枚になるかならないかだった。ところがコロムビアは、最初のアルバム『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』を出す際には3回レコーディングするんです。10曲録ったうちから6曲を選んだのがこのアルバム。全然お金の使い方が違う。マイルスにもそのことは分かっていて、コロムビアではじっくりと音楽と向き合うことができるな──と。ではそこで録ったアルバムから聴きましょう。

♪「アー・リュー・チャ」
マイルス・デイヴィス
『Round About Midnight』


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池上:マイルス・デイヴィスで「アー・リュー・チャ」でした。メジャー・レーベルは全然音が違いますね。
 
小川:いいでしょ、お金かけて。3日間で10曲、演奏は名演。だけど、プレスティッジなんかその後に2日間で25曲、メドレーを2曲とカウントすれば26曲、それを同じメンバーで録って全部名演。だからミュージシャンのポテンシャルが高ければ時間をかけたりお金かけたりしなくてもいいのかな。ただ音とかは別だけど。そういうことも思ってしまいます。
 
池上:だからこのレーベル違いは本当に面白い。
 
小川:怪我の功名だね、苦し紛れの(笑)。

『レーベルで聴くジャズ名盤 Part 2』

レーベルで聴くジャズ名盤 Part 2

3,300円
著者:小川隆夫

【掲載レーベル】

01 ABC-Paramount
02 ABC-Impules!
03 Ad Lib
04 America
05 Andex
06 Antilles/Antilles New Directions
07 Arista
08 Arista/Novus
09 Artists House
10 Atco
11 Audio Fidelity
12 Bee Hive
13 Black Jazz
14 Black Lion
15 Black Saint
16 Blackhawk
17 BYG
18 Chiaroscuro
19 Choice
20 Cobblestone
21 Commodore
22 Criss Cross
23 Dawn
24 Debut/Danish Debut
25 Dial
26 Dootone
27 Elektra/Musician
28 Embryo
29 ESP Disk
30 Famous Door
31 Flying Dutchman
32 Freedom/Arista Freedom
33 Futura
34 Galaxy
35 Gramavision
36 HiFi Jazz
37 Horizon
38 Imperial
39 India Navigation
40 Intro
41 Jaro
42 Jazz:West
43 Jazzcraft
44 Jazzland
45 Jazztime/Jazzline
46 JCOA
47 Jubilee
48 KUDU
49 Landmark
50 Mainstream
51 Mode
52 Moodsville/Swingville/ Tru-Sound
53 New Jazz
54 Nilva
55 Novus
56 Owl
57 Palo Alto Jazz
58 Peacock’s Progressive Jazz
59 Period
60 Progressive
61 Reprise
62 Signal
63 Signature
64 Skye
65 Sonet
66 Soul Note
67 Storyville
68 Strata-East
69 Tampa
70 Theresa
71 Time
72 Timeless
73 Transition
74 Vanguard
75 Vortex
76 Warwick
77 World Pacific
決定版 ブルーノート1500シリーズ完全解説

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2,970円
ジャズ・クラブ黄金時代 NYジャズ日記1981-1983

来日ジャズメン全レコーディング 1931-1979 レコードでたどる日本ジャズ発展史

3,740円
マイルス・デイヴィス大事典

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5,500円
ジャズ超名盤研究 3

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2,860円

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