ディラン新作『ラフ&ロウディ・ウェイズ』最高評価獲得! ファイヴ・スターに輝く『ガーディアン』紙の翻訳公開!

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ボブ・ディランの新作『ラフ&ロウディ・ウェイズ』(7月8日発売)が海外のメディアで高評価を連発しているのは、6月23日MLCニュースでもお伝えした通りですが、今回そこから英国の新聞『ガーディアン』が掲載した五つ星のレヴュー、その翻訳全文が公開されました。

〈以下メイカー・インフォメーションより〉

 

『ガーディアン』紙は、1821年に発刊され200年も続くイギリスの大手一般新聞。その伝統ある日刊紙でボブ・ディランの新作『ラフ&ロウディ・ウェイズ』がレビューされファイヴ・スターの最高評価を獲得した。以下はそのレビューとなる(翻訳:丸山京子)。

『ガーディアン紙』 ★★★★★

索漠たる、陰鬱なリズム・アンド・ブルース
『ラフ&ロウディ・ウェイズ』から見えてくるディラン最良の歌詞の世界

 
ここ数週間のミュージシャンたちは、長引くロックダウンの中、どうやってファンを楽しませようかと知恵を絞り、方法を考えてきた。オンライン視聴パーティ、Q&A、インスタグラムでの無料ギター・レッスン、ベッドルームからの生ライヴ・パフォーマンス、DJ、そしてキッチン・ディスコまで。しかしボブ・ディランほど、オーディエンスの気を休ませてくれないアーティストはいない。彼のファンが、彼が何をやっても喜ぶ客だということを考えると、何をやっても良かったわけだ。実際、キャリア後半以降のディラン・ファンの多くは実に盲目的で、彼がステージに2時間、おもちゃの楽器を持って上がったとしても、歓喜の発作を起こしてしまうのではないかと思われるほどだ。しかし彼のとった手は、親しくネット上でファンと交流するのではなく、ただ3曲、新曲をリリースすることだった。この8年間、何も新しいことを言ってこなかったアーティスト(過去3枚のアルバムは全てグレイト・アメリカン・ソングブックからのカヴァー集だったし、それ以外のリリースはどれもアーカイヴ・レコーディングのみ)。それが突然、堰を切ったように喋り出したのだ。次々と放たれる、アート、文学、ポップ・カルチャーへの言及を散りばめた、深い、暗示に満ちた曲、曲、曲。
 
その最初が「最も卑劣な殺人」だった。全長17分。これまでディランが残したどんなレコーディングとも違う。ピアノとヴァイオリンの霞の中、かすかに聴こえるドラムにのせて、言葉が詠まれる。2曲目「アイ・コンテイン・マルチチュード」はそれよりはずっと短く、従来のディランの曲の流れを汲む。繊細なバラード、パーカッションは入っていない。しかし新たなストーリーを呼び起こすにはふさわしいだけの重みのある歌詞。イギリスの某誌は、第1ヴァースに、アイルランドの村バリーナリーが歌われていることを解読し、ハーバード大教授まで引っ張り出し、18世紀の盲目の詩人、アンソニー・ラフテリーの作品への言及であると証言させたほどだ。3曲目「偽預言者」はいかついブルース。サン・レコードとかつて契約していた、R&Bシンガー・ソングライター、ビリー “ザ・キッド” エマーソンが1954年に発表したシングルのB面曲を原曲としている。外部アーティストの曲をそうやって歌うことは、ディランがキャリア当初からやってきたことだ。歌詞では聖杯を探す旅に混じって、古いロックンロール・ソングの登場人物たちがひしめき合う。リッキー・ネルソンが歌った “メアリー・ルー”、ジミー・ウェイジズの “ミス・パール”。さらにはダンテの地獄編でヴェルギウスが演じた役の配役を変えたかのような「黄泉の国からやってきた足の速い わたしの案内人たちよ」。歌詞の意味をすべて取り出して解析しようとしたら、世のディラン学研究家たちはロックダウン解除後も、当分は家に留まることになろう。
 
それ以上に重要なのは、これらの曲がその質に関して議論をほとんど許さないタイプのディラン・ソングスだったということだ。ディランのことはわからない、という人間にディランの変わらぬ偉大さの証明として聴かせることができる、そんな曲だ。熱狂的すぎるレビューほどには、ここ最近のディランの作品の中ではあまりなかったタイプといえよう。2012年の『テンペスト』を絶賛する声はやまなかった。だが、あれを聴いて「ペイ・イン・ブラッド」の烈しいパワーに興奮するのと同じくらい、ジョンへのトリビュート「ロール・オン・ジョン」でのビートルズの歌詞の取り入れ方──ノエル・ギャラガーなら赤面したはず──に、かすかな気恥ずかしさを覚えることだって、十分可能だったのだ。
 
嬉しいことに、先行で発表された3曲によって定められた基準は『ラフ&ロウディ・ウェイズ』全編にわたって、守られている。演奏がない、ほぼ全編が独り語りのような「最も卑劣な殺人」はどうやらフェイントだったようで、この曲だけ、他の楽曲とは別の1枚のディスクに収められる。全部まとめて1枚に収めることもできたにもかかわらず。残りの曲はどれも、ディランが登場してすべてを大きく変えた、それ以前の時代の音楽にルーツを持つものばかりだ。唯一の例外は、どことなく『地下室(ザ・ベースメント・テープス)』のサウンドをほのかに漂わせる、ラストから2曲めの「キーウェスト(フィロソファー・パイレーツ)」だ。ガース・ハドソンのオルガンが埋めていたであろうスペースを埋めるのは、ここではアコーディオンだ。それ以外の曲は、50年代以前の音楽がルーツにあることは明らかである。例えばリズム・アンド・ブルース。もしくは「あなたに我が身を」の美しく下降するメロディを支える、黎明期のドゥワップ、ロックンロール誕生前のポップス風サウンド。「グッドバイ・ジミー・リード」では言うまでもなく、タイトルになったブルースマンにインスピレーションを得ながらも、第3ヴァースでは、いつしか話は自分自身のことにすり替わってしまう。様々な期待をする観客に立ち向かわねばならない状況に追い込まれる主役。それはディランが登場した瞬間からそうだった。「彼らは私に向かってありとあらゆる言葉を投げつけた 聖書に書かれていたあらゆる言葉を/彼らは容赦ない 手を差し伸べてくれない/私は自分で理解できない歌は歌えない」。
 
『ラフ&ロウディ・ウェイズ』の音世界を作り上げているのは、ディランがここ何年もやり続けてきたことだ。では何が『テンペスト』や2006年の『モダン・タイムズ』と違うのか。それはソングライティングの一貫性だろう。ここには一つとして、大急ぎで書き上げた、間に合わせの曲などない。胸にグサリとこない曲は一つもないのだ。ディランにだって、ともすればクスッと苦笑いをしたくなる、笑える歌詞があることを熱心なファンなら語るだろう。「フレディだとしてもそうじゃなくても、今から行くよ」(「ポー・ボーイ」)「まだ私は死んでない、まだ私のベルは鳴っている」(「アーリー・ローマン・キング」)などを例に挙げて。しかし今回は、正真正銘、笑えるのだ。フランケンシュタイン博士となった主人公が、死体のパーツを集めて理想の恋人を作ってしまう「マイ・オウン・ヴァージョン」では、そこにシェイクスピアやホーマーの『イリアッド』、ボ・ディドリー、マーティン・スコセッシ、さらにはフロイドとマルクスまでもが燃え上がる地獄の中「人間の敵たち」として描かれる。「夏中ずっとそして1月になるまで/私は修道院の霊安室を訪れていた/うまく完成して頭が傾いたりしなかったら/私は自分が作り上げた生き物に救われる」。
 
それは濃い色相のユーモアだ。『テンペスト』を覆っていたムードが死の匂い漂う激しい怒りだったとしたら、これは陰気な脅威と差し迫る運命だ。それは音楽の中にある。「クロッシング・ザ・ルビコン」の静かなR&B風シャッフルが生み出す得体の知れない緊張感、「ブラック・ライダー」の今にも不吉な沈黙に沈んでいきそうなバックの演奏……。審判の日やハルマゲドンに言及するのはこれで何度目だろう、悪心を抱く謎の人物の登場は何度目だろう、しまいには数えるのを忘れてしまうほどだ。「私は皮膚の下の骨の存在に気づく/怒りで震えている/私はお前の妻を未亡人にしてやろう/お前は若死にすることだろう」と彼は「クロッシング・ザ・ルビコン」で歌う。もちろん、木で鼻を括るような言葉で世界がダメになりかけていることを世に知らせるのは、四分の一世紀も前から、ディランが曲を書く上でおこなってきたことだ。それこそが「ノット・ダーク・イェット」「シングス・ハヴ・チェンジド」「エイント・トーキン」「アーリー・ローマン・キングス」その他に通っていた一本の筋。しかし今回、そのメッセージは幾分意味合いが違う。何もかもがダメになったと思ったのかい? それは甘いよ。待つがいい。そう『ラフ&ロウディ・ウェイズ』は言っているのだ。
 
世界を脅かすパンデミックの最中に発表するコミュニケとしては、不安を消し去ることには到底なるまい。しかし、そもそも彼が誰かを安心させるため、気休めの言葉をかけることなどなかったではないか。それに、そんなことはどうでもいいのだ。そこに漂う殺伐とした空気にもかかわらず『ラフ&ロウディ・ウェイズ』はボブ・ディランがここ数年に発表した中でも、最も素晴らしい楽曲で埋め尽くされている。マニアなら、言葉の結び目を解く作業だけで数ヶ月は過ごせるだろう。でも、ディラン学の博士号を持っていなくとも、その唯一無二のクォリティとパワーを楽しむことはできるのだ。

〈収録曲〉
Disc One
1.アイ・コンテイン・マルチチュード
2.偽預言者
3.マイ・オウン・ヴァージョン・オブ・ユー
4.あなたに我が身を
5.ブラック・ライダー
6.グッバイ・ジミー・リード
7.マザー・オブ・ミューズ
8.クロッシング・ザ・ルビコン
9.キーウェスト(フィロソファー・パイレート)

Disc Two
1.最も卑劣な殺人

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