11/5・アレサ・フランクリン伝記映画『リスペクト』公開記念!──連載「同名書籍と《観比べ・読み比べ》て二度楽しむ」
『リスペクト』予告 <2021年11月5日(金)公開>
●映画『リスペクト』と書籍『アレサ・フランクリン リスペクト』
「待望の」と言っていいでしょう、アレサ・フランクリンの半生を描いた映画『リスペクト』がようやく公開になります。60年代後半の20代の頃から「クイーン・オブ・ソウル」「ソウル・シスター No.1」などと称され、ソウル/R&B界の女性シンガーの頂点に長きにわたって君臨、惜しくも2018年に他界してしまいましたが、おそらく今後も彼女を超える者は現れないであろう存在。本作はそんな彼女の、少女時代から30歳、本気のゴスペル・ライヴ・アルバム『至上の愛〜チャーチ・コンサート〜 』(原題『Amazing Grace』)を制作するまでの、人として/シンガーとして/女性としての成長を描いた140分のドラマです。
本作の原作には脚本家の名前がありますが、しかしデヴィッド・リッツによる評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』(2016年・弊社刊)がそのたたき台になっていることはおそらく間違いありません。今回ミュージック・ライフ・クラブでは、映画の公開に合わせた短期集中連載として、いくつかピックアップした場面ごとに、より詳しい記述のなされている評伝本から該当部分を抜き出して《観比べ・読み比べ》て簡単に解説、映画をより楽しめるものにしていきたいと思います。


●“自伝”と“評伝”、どちらが真実に近いのか
そもそもアレサには、1999年に上梓された自伝『Aretha From These Roots』があります。そこで共著者としてクレジットされているのは、先の『アレサ・フランクリン リスペクト』の著者でもあるデイヴィッド・リッツ。R&Bファンの方ならその名をご存知の方も多いはず、作家/ジャーナリストとして活動、多数の著作を著していますが、中でも突出しているのは、ビッグ・ネームの自叙伝の共著者としての執筆活動です。レイ・チャールズに始まりスモーキー・ロビンソン、エタ・ジェイムズ、B.B.キング、ネヴィル・ブラザーズ、バディ・ガイ、ベティ・ラヴェット、そしてジャネット・ジャクソンなども(他にも多数)。

商品情報
Aretha Franklin(著)、David Ritz(共著)
『Aretha From These Roots』
英語版/ハードカバー(1999/9/30)洋書
なので、アレサの生涯を描いた映画が制作されると聞いて最初に心配したのは、彼女の人生の「明」の部分ばかりでなく、本人が自伝でばっさりとカットした「暗」の部分もちゃんと描かれるのだろうか?という点でした。──が、それは杞憂でしたね。家を出ていった母親、暴君気味の父親、最初の妊娠・出産、“ひも紳士” ことテッド・ホワイトとの破綻した最初の夫婦生活、不安から酒に溺れる日々など。特に12歳の時の最初の出産については、アレサは亡くなるまでその父親を明かさなかったと言いますが、映画作中ではそのうちの有力な一説がぼんやりと描かれたりもしています。いずれにせよ、アレサ自身が存命なら、制作・公開されることのなかった作品かもしれません。
以下、書体の異なる部分は評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』からの引用です。
─────────────
「アレサは父を愛して止まなかったけれど、母と暮らせたらどんなに楽しいか、という思いもあったのは間違いないですね」とセシル(※1)は言った。「父の機嫌を損ねないようにと、あんなにも気を使っていなかったら、アレサはきっと父にお伺いを立てていたと思います、母さんと暮らしてもいいかと。でも、その問いがなされることはありえなかった。それは選択肢にないと、父さんははっきりさせていましたから。だからバッファロー(※2)を出てデトロイトに戻らなくちゃいけなくなるたびに、アレサの小さな胸は張り裂けそうになっていた。父さんは自分にできるあらゆる手を尽くして、リー(=アレサ)に安心感を与えようとしていました、でも幼い頃から、彼女の魂は不安感に侵されていた、僕にはわかります。彼女はこれまで多くのことをなし遂げてきたけれど、それでもあの根本的な不安感はいまだに消えていないと思います。というか実際、それがきっと彼女という人間の特性なんです……それと、あのそびえ立つ、巨大な才能そのものが」
※1:セシル=アレサの兄。フランクリン家は、牧師の父親C.L.フランクリンと、兄弟は順に姉・アーマ、兄のセシル、アレサ、妹のキャロリン、そして祖母のビッグ・ママの6人で生活していた。
※2:両親は離婚、母バーバラは家を出て行き、バッファローへと移り住んだ。しかし離婚後も母親と子供たちの行き来はあり、映画でも4人兄弟のうち最も母を慕うアレサの姿が描かれている。しかし間も無く、アレサが10歳の時心臓発作で突然亡くなる。
─────────────
幼少時代のアレサにとって、聖職者として尊敬される・尊敬できる父親の存在は絶対でした。リッツは評伝の中でさらにその裏の顔にまで言及しており、そのギャップものちの彼女の人生に影を落としていったようです。加えて母親の不在・急死も、それを深める一因になっていたことは間違いなく、この点は映画でも評伝の中でも非常に丁寧に描かれています。
一方で、彼女の爆発的な音楽の才能は、そんな幼少時代から周囲の大人たちを圧倒していました。映画のオープニングでは、父親が主催して多くの客人を招いたデトロイトの自宅でのホーム・パーティで、自慢の娘の歌を披露するところから物語が始まります。少女時代のアレサを演じた子役の歌唱力も見事! 「少女時代のアレサ」にも抜群の説得力です。そんな当時の彼女の才能を目の当たりにした一人にスモーキー・ロビンソンがおり(実際映画にもスモーキー役が何度か登場)、リッツの評伝にもこんな彼の発言が引用されています。
─────────────
アレサはいつもそばにいた、はにかみやの少女でね、僕らがレコードをかけると、目をきらきらと輝かせていた。サラのレコードに合わせて彼女が歌うのを耳にして、その歌いぶりに恐ろしくなったのをよく覚えている。サラの節回しはどんなシンガーのそれよりも複雑だ、なのにアレサはそれをごく自然に、何でもないもののようにして歌声をなぞっていたわけだからね。
アレサに打ちのめされたことはもうひとつある、ピアノだよ。フランクリン家の居間にはグランドピアノがあって、それをいじって遊ぶのが僕らは大好きだった。ちょっとしたメロディを一本指で鳴らしたりして。でもアレサは座ると、まだ7つだというのに、コードを弾きはじめたんだ、それもいかにもすごいコードを。後になって、それがどれも複雑な教会のコードだったことを知った、説教師やソロ・シンガーの伴奏に使う類のコードだと。そのときはでも、アレサはすごい、神童なんだと、ただただ驚くしかなかった。いいかい、そこはデトロイト、音楽の才能が力強くそこら中を駈け回っていた地だ。誰もが歌い、ハーモニーを付けていた。誰もがピアノやギターを弾いていた。アレサもそんな世界から生まれた、でもそれだけじゃない。彼女は僕らの誰にもよく理解できない、はるか彼方にあるよその、魔法の国から生まれた人でもあった。彼女は遠くの音楽惑星から、子どもたちがその天賦の才が完全なかたちになった状態で生まれてくる星から来たんだよ」
─────────────
この驚きの絶賛ぶり、いかがでしょうか。しかも語っているのがあのスモーキー・ロビンソンなのだから恐れ入ります。──というわけで順風満帆、教会では無敵。10代のアレサには大きな未来が広がっていました。父親C.L.フランクリンは自ら彼女のマネージャーとして、才能溢れる大事な娘を悪い虫から遠ざけつつ、そしてスターとして世界へ送り出すべく、ニューヨークへと赴きます。当時随一のレーベル、コロンビアと契約。ジョン・ハモンドのプロデュースでバンバンヒットを飛ばすはず、だったのですが……。
ということで、続きは次回。本連載は毎週木曜に更新、全5回を予定しております。「映画が待ちきれない!」という方は、これを機に評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』をぜひお求めください!
辻口稔之(MUSIC LIFE CLUB)


映画『リスペクト』 11月5日(金)TOHOシネマズ日比谷他、全国ロードショー
監督:リーズル・トミー
出演:ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、メアリー・J.ブライジ
[上映時間:146分]/公式サイト


商品情報
オリジナル・サウンドトラック
『リスペクト』オリジナル・サウンドトラック
・Amazon Music・MP3(2021/8/13 )¥1,800
・CD(2021/11/3)¥2,750
2. Ac-cent-tchu-ate The Positive / アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ
3. Nature Boy / ネイチャー・ボーイ
4. I Never Loved A Man (The Way I Loved You) / 貴方だけを愛して
5. Do Right Woman – Do Right Man / 恋のおしえ
6. Dr. Feelgood / ドクター・フィールグッド
7. Respect / リスペクト
8. (Sweet Sweet Baby) Since You’ve Been Gone / シンス・ユーヴ・ビーン・ゴーン
9. Ain’t No Way / エイント・ノー・ウェイ https://youtu.be/V1mzIxjeonY
10. (You Make Me Feel Like A) Natural Woman / ナチュラル・ウーマン https://youtu.be/aEsWXYy1NPo
11. Chain Of Fools / チェイン・オブ・フールズ
12. Think / シンク
13. Take My Hand, Precious Lord / テイク・マイ・ハンド、プレシャス・ロード
14. Spanish Harlem / スパニッシュ・ハーレム
15. I Say A Little Prayer for You / 小さな願い
16. Precious Memories / プレシャス・メモリーズ
17. Amazing Grace / アメイジング・グレイス
18. Here I Am (Singing My Way Home) / ヒア・アイ・アム(シンギング・マイ・ウェイ・ホーム)※ジェニファー・ハドソン


アレサ・フランクリン
『至上の愛〜チャーチ・コンサート〜〈完全版〉』
・Amazon Music・MP3(2009/3/8)¥3,000
・2CDs(2021/5/12)¥3,850

商品情報
アレサ・フランクリン
『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス(デラックス)』
・Amazon Music・MP3(2021/7/29)¥5,800
・4CDs(2020/12/2)¥8,580

商品情報
アレサ・フランクリン
『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス』
CD(2021/8/11)¥2,420
この記事へのコメントはまだありません
