名門コロンビアからデビュー、しかしヒットが出ず苦しむアレサ。そんな彼女をダイナ・ワシントンが一喝……してない!?

連載第2回:アレサ・フランクリン映画『リスペクト』を「同名書籍と《観比べ・読み比べ》て二度楽しむ」

© 2020 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

●映画『リスペクト』での演出、書籍『アレサ・フランクリン リスペクト』での真実


アレサ・フランクリンの半生を描いた映画『リスペクト』は、いよいよ来週11月5日公開です。並び称される者のないディーヴァ、アレサ・フランクリン。この映画はその少女時代から20代、か弱い少女が父親の庇護を捨て、ある時は波に乗り、ある時はもがき苦しみながら、シンガーとして、一人の女性として成長していくドラマです。アレサを演じるジェニファー・ハドソンの歌は文句なし、ど迫力のライヴ・シーン、そしてマッスル・ショールズへ赴き白人の仲間たちと曲を生み出していく様子にはゾクゾクさせられます。ぜひ大音量の劇場でご覧ください!

この連載は映画の公開に合わせた短期集中連載として、映画からいくつかの場面をピックアップし、より詳しい記述のなされている本作のたたき台になったであろう書籍、デヴィッド・リッツによる評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』(2016年・弊社刊)から該当部分を抜き出し《観比べ・読み比べ》て、簡単に解説。映画をより楽しめるものにしていこうというものです。

今回取り上げるのは、コロンビアでデビューを飾るも、ヒットが出ぬまま悶々としていた時代のお話。映画作中でもひときわ印象深い、ダイナ・ワシントンとの場面についてです。

アレサ・フランクリン リスペクト

3,300円
発売日:2016/1/29
著者:デイヴィッド・リッツ(著)、新井崇嗣(訳)
サイズ:A5判
ページ数: 528ページ

●ダイナに一喝されたのはアレサではなく、エタ・ジェイムズ

コロンビアからデビューを飾ったアレサ。しかしこれといったヒットもなく、スタジオでも成果を出せず、もやもやとした時間が続いていました。そんな頃、ある日のクラブでのステージに、ダイナ・ワシントンがやってきます(演じるはメアリー・J・ブライジ!)。ダイナは父親C.L.フランクリンとも交流があり、作中の少女時代のホームパーティーにもその姿はありました。当時のダイナといえば、ジャズ/R&Bの世界では人気・実力共文字通り、自他共に認める女王様。そんな彼女にアレサは敬意を表すため、ダイナの十八番「アンフォゲッタブル」を歌い始めるのですが……。しかし、そこでダイナはテーブルを蹴り倒してアレサを一喝!──「ビッチ(小娘)! 女王の曲を女王の前で歌う気? 何のつもりなの?」。嗚呼、哀れアレサは泣きながらステージから逃げ出し楽屋へ。こんなことされたらそりゃ泣きます。

ですが、楽屋に逃げ込んだアレサを訪ね、励ましたのもまたダイナでした(本ページトップの画像がその場面)。「そんなんじゃ売れないわ、あんたの歌を見つけなさい」。ダイナは、歌がどれだけ上手くても、アレサがまだ “自分の歌” をものにしていないのを見抜いていたのです──これを契機にお話は次なる展開へと進んでいく、映画の中では重要なエピソードなのですが。しかしこれ、どうやら真実とは異なります。

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「ダイナ・ワシントンの面白い話があるよ」とエタ・ジェイムズは僕に語った。「あたしはまだはったり程度のヒットをいくつか持ってるだけの小娘だった。プロヴィデンスの小さなクラブで歌ってて、その日ダイナは大きな劇場、ロウズ・ステイト・シアター[現プロヴィデンス・パフォーミング・アーツ・センター]で演ることになっていた。で、誰かに言われた、彼女があたしの深夜のライヴに来ると。ぶっ倒れるかと思ったよ。ダイナがこの店に! それならと思って、彼女の大ヒット“アンフォーゲッタブル”で幕を開けようと決めた。でもまだ、一番のコーラスにも行ってなかったと思う、ガシャーンッ! 大地が崩れたかと思うほど激しい音が店内に鳴り響いた。見ると、ダイナが椅子から立ち上がってて、テーブルのグラスから皿から何から手で床に払い落としていた、で、あたしを指さして一喝、『ビッチ(あんた)、女王の目の前で女王の歌を歌うなんて、ふざけんじゃないわよ!』

あたしは泣きながらステージから逃げ出した。その晩は歌うこともできなかった。誰もあたしを慰められなかった。誰にも会いたくなかった。だけどね、楽屋にわざわざ声をかけにきてくれたのはダイナその人だったんだよ。『悪かったね、ちょっと取り乱しちゃって。でもいいこと、あなたは貴重な教訓を得たのよ。もしもスターがそばにいたら、そのスターの歌を歌っちゃだめ。絶・対・に』。あたしは『はい、わかりました』と返すのが精一杯でね。ダイナは翌日のロウズのショーに招待してくれて、観に行って、それで仲良くなった。ダイナのことはずっと大好きだったよ、だけどね、あのご婦人は本当に特別な存在だったんだ」

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デヴィッド・リッツ著の評伝本『アレサ・フランクリン リスペクト』からの引用です。お読みの通り映画で描かれたこの場面は事実とは異なりますが、物語を脚本化するにあたっての演出としてはままあるケースです。これが実はアレサのエピソードではないという点だけは、ちゃんと覚えておかねばなりません。それにしても、次への展開にエタのエピソードがまた上手いことハマったなと感心させられます。

そんなダイナ・ワシントンが亡くなったのは、アレサが21歳の時。すでに彼女と付き合いマネージャーとしても働いていたテッド・ホワイトは、彼女の葬儀の場で関係者に、トリビュートとしてアレサにカヴァー・アルバムを作らせたいと話を持ちかけ、不興を買ったりもしたようですが……。

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コロンビアはテッドと同様、トリビュート盤の制作に乗り気だった。彼らはこれを大きなチャンスと捉え、大作を望んだ。ボブ・マーシーとアレサが曲を選び、マーシーが管と弦のアレンジを手早く書き上げ、1964年2月7日、ダイナの死から8週後、アレサがテッド・ホワイトJr.を産んでからわずか1ヵ月後、最初のセッションがニューヨーク7番街799番地の同社スタジオで開始された。

「仕事と作品に打ち込むアレサの献身的姿勢は、世間から過小評価されています」とアーマは言った。「たとえどんなことを経験している最中でも、出産したばかりでも、死を悼み悲しんでいても、アレサはすぐさま仕事に戻る。というのも、その仕事が、曲の中の深い深い感情を表現するその能力が、困難を乗りきる力を彼女にくれるからなんです」

このアルバムで聞けるアレサの歌声は弱々しく、なおかつ力強い。甘やかで生意気で哀しみに満ちた、野心に燃える若手が逝去した女王に捧げた、トリビュート作にふさわしい、所々に高邁な瞬間が刻まれた音楽作品だ。尺度の種類を問わない、紛うことなき逸品(クラシック)にほかならない。
商品詳細
アレサ・フランクリン
『Unforgettable : A Tribute To Dinah Washington』(Expanded Edition)


Amazon Music・MP3(1964/2/18)¥1,800

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後のアトランティック時代のアレサはまさに “無敵状態” のため、それと比較するとコロンビア時代の作品はどうしたって薄味ですし、「あくまで助走時代」としか捉えてもらえない傾向がありますが、そんな中でもこの『Unforgettable』は極上です。しかし、まだまだヒットはモノにできず、浮上にはもう少し時間が。そこへ現れるのがジェリー・ウェクスラー、そしてアトランティックへの移籍話なのでした。

ということで、続きは次回。本連載は毎週木曜に更新、全5回を予定しております。前回の連載第1回を公開後、評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』はすでにご注文を頂き始めているとか。一部公開劇場でも販売予定、お求めはお早めに!

辻口稔之(MUSIC LIFE CLUB)

公式サイト
 

映画『リスペクト』 11月5日(金)TOHOシネマズ日比谷他、全国ロードショー

監督:リーズル・トミー
出演:ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、メアリー・J.ブライジ

[上映時間:146分]

『リスペクト』予告 <2021年11月5日(金)公開>

商品情報
オリジナル・サウンドトラック
『リスペクト』オリジナル・サウンドトラック


Amazon Music・MP3(2021/8/13 )¥1,800
CD(2021/11/3)¥2,750

1. There Is A Fountain Filled With Blood / ゼア・イズ・ア・ファウンテン・フィルド・ウィズ・ブラッド
2. Ac-cent-tchu-ate The Positive / アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ
3. Nature Boy / ネイチャー・ボーイ
4. I Never Loved A Man (The Way I Loved You) / 貴方だけを愛して
5. Do Right Woman – Do Right Man / 恋のおしえ
6. Dr. Feelgood / ドクター・フィールグッド
7. Respect / リスペクト
8. (Sweet Sweet Baby) Since You’ve Been Gone / シンス・ユーヴ・ビーン・ゴーン
9. Ain’t No Way / エイント・ノー・ウェイ https://youtu.be/V1mzIxjeonY
10. (You Make Me Feel Like A) Natural Woman / ナチュラル・ウーマン https://youtu.be/aEsWXYy1NPo
11. Chain Of Fools / チェイン・オブ・フールズ
12. Think / シンク
13. Take My Hand, Precious Lord / テイク・マイ・ハンド、プレシャス・ロード
14. Spanish Harlem / スパニッシュ・ハーレム
15. I Say A Little Prayer for You / 小さな願い
16. Precious Memories / プレシャス・メモリーズ
17. Amazing Grace / アメイジング・グレイス
18. Here I Am (Singing My Way Home) / ヒア・アイ・アム(シンギング・マイ・ウェイ・ホーム)※ジェニファー・ハドソン
商品詳細
アレサ・フランクリン
『至上の愛〜チャーチ・コンサート〜〈完全版〉』


Amazon Music・MP3(2009/3/8)¥3,000
2CDs(2021/5/12)¥3,850

商品情報
アレサ・フランクリン
『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス(デラックス)』


Amazon Music・MP3(2021/7/29)¥5,800
4CDs(2020/12/2)¥8,580

商品情報
アレサ・フランクリン
『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス』


CD(2021/8/11)¥2,420

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