いざ南部へ。フェイム・スタジオでの「貴方だけを愛して」セッション・シーンにシビれる

連載第3回:アレサ・フランクリン映画『リスペクト』を「同名書籍と《観比べ・読み比べ》て二度楽しむ」

© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

ニューヨークのアトランティック・スタジオでのワンシーン。マッスル・ショールズからメンバーを呼び寄せ、ピアノの前にアレサ(ジェニファー・ハドソン)、そしてアーマとキャロリンの姉妹。右端、メガネの人物がジェリー・ウェクスラー。

●映画と書籍、両作品で最も輝く瞬間──「貴方だけを愛して」誕生


アレサ・フランクリンの半生を描いた映画『リスペクト』はついに明日11月5日(金)公開に。少女時代から20代へかけ、いろんなことに絡め取られながらもあらゆるしがらみを捨て、アレサが一人の人間として巣立っていく様を描いたドラマ、ぜひご覧ください。話が進むにつれ重苦しいムードをまとっていくドラマ・パートに対し、ジェニファー・ハドソン演じるアレサが真正面から音楽へ向かう場面はどれも出色! 中でも南部へ赴き、フェイム・スタジオで最初のセッション「貴方だけを愛して(I Never Loved A Man〈The Way I Love You〉」初演奏の場面は、鳥肌モノです。

この連載は映画の公開に合わせた短期集中連載として、映画からいくつかの場面をピックアップし、より詳しい記述のなされている本作のたたき台になったであろう書籍、デヴィッド・リッツによる評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』(2016年・弊社刊)から該当部分を抜き出し《観比べ・読み比べ》て、簡単に解説。映画をより楽しめるものにしていこうというもの。

今回は、そんなフェイム・スタジオでの出来事をドキュメントした部分をピックアップ。少々長めですが、スクリーンに映し出された再現がそのまま蘇ること請け合いです。

アレサ・フランクリン リスペクト

3,300円
発売日:2016/1/29
著者:デイヴィッド・リッツ(著)、新井崇嗣(訳)
サイズ:A5判
ページ数: 528ページ
1966年12 月3日付けの『ビルボード』誌の記事が、(コロンビアからアトランティックへの)この移籍を公式なものとして報じた。写真の下に添えられたキャプションにはこう綴られている。「アトランティック・レコード副社長ジェリー・ウェクスラーがブルース・シンガーのアレサ・フランクリンと独占契約を締結。上から見守るのは、彼女のマネージャーのテッド・ホワイト。アトランティックからのデビュー作は1月に発売の予定」

「テッドとアレサに、ジム・スチュアートではなく私がプロデュースをすると説明すると、ふたりに異論はなく、どこかほっとしているようにさえ見えた」とウェクスラーは言った。「アトランティックのボスのひとりがじきじきにスタジオに入るという考えが気に入ったんだろう。続いて、スタジオはどうするかという話になった。ふたりはニューヨークで録音したがった。私は長口舌を振るってマッスル・ショールズにしろと力説した。パーシー・スレッジがあの怪物級ヒット“男が女を愛する時(When A Man Loves A Woman)”をフェイムで、そこが私の使いたいスタジオだったんだが、そこで録ったという事実を挙げた。それと、私が(ウィルソン・)ピケットとものにしたいくつかのヒットもすべてフェイムでやったという事実もだ。テッドいわく、南部には不安がある、フェイムのオーナーのリック・ホールは横柄な人間だと聞いている、と。だから私は、いや、横柄なのはこのおれだけさ、と冗談を飛ばして、セッションを仕切るのは私だと伝えた。リックの役割は最小限になる、プロデュースはしないと(※1)。テッドいわく、アレサはニューヨークでの録音に慣れている、ニューヨークは彼女が落ち着ける快適帯だ、と。だから私は、マッスル・ショールズはそれよりもさらに落ち着ける快適帯になると説いた、これまでとはまったく違うやり方で録るからだ、と。コロンビアでやっていたような、楽譜をあらかじめ用意させることはしない。というか、何も書き記さない。『それはいい』とテッド。『アレサは楽譜が読めないし書けない』。ここで私の持論である天才文字不要論をテッドに説いた……頭の中ですべてが聞こえているから、たんなる記号をすっ飛ばすミュージシャンたち。彼らは全パートに大声で指示を出せる。彼らは全パートを歌って聞かせられる。彼らには音符を書き記す必要がない。彼らは聴くだけで弾ける。『それこそまさにアレサだ』とテッド。『アレサの頭には始める前から完全な図(え)ができている。おれたちはそれを何年も前から、ずっとプロデューサー連中に伝えようとしてきたんだ』。『私に説得は不要だ』と私。『無条件で賛成さ』」

※1:“男が女を愛する時” の録音はフェイムではなくクインヴィー・スタジオ。同録音をウェクスラーに売り込んだのがリック・ホールと言われている。

「ここに至り、テッドがいくつか私に売り込みたい曲があると言ってきた。自分の出版社のソングライターがアレサにあつらえて書いたものだと。私は一心に耳を傾けた。ひとつ目が“貴方だけを愛して(I Never Loved A Man〈The Way I Love You〉)”、書いたのはロニー・シャノン、テッドがデトロイトで使っている男のひとりだという。私は惚れ込んだ。『いいね』とテッド。『どう録りたいか、アレサにはもう考えができている』。『いいね』と私。『マッスル・ショールズの連中はこれ以上ないくらい柔軟になれる。柔軟性、そいつが肝だ』」
 
───── 中 略 ─────

「初日の幕開けはすばらしかった」とウェクスラーはふり返った。「ギターがチップス・モーマンとジミー・ジョンソン、ドラムがロジャー・ホーキンス、ベースがトミー・コグビル。スプーナー・オールダムはみんなの度胆を抜いた、アレサも含めて、エレピで弾いたあのオープニングのコード一発でだ。あの悲哀に満ちたファンキーなリフ、あれがあの曲の不動のパートになった。アレサはアコースティック・ピアノ。彼女がスタジオの扉を開け、中へと足を踏み入れたときにはもう、その手にはグルーヴが握られていた、だからあっという間だったんだ」
Jennifer Hudson - I Never Loved A Man (The Way I Love You) (Official Audio)

YouTubeの、主役のジェニファー・ハドソンの公式チャンネルでその音源が公開されていました。出だしは彼女が演じるアレサが弾くピアノだけ、そして20秒あたりからスプーナー・オールダムのエレクトリック・ピアノが。このシーン、映像ではグルーヴが渦を巻き始める様がしっかりと捉えられています。

─────────────

「彼女はとても内気な、自分の殻に閉じこもった女性だった」とロジャー・ホーキンスは僕に語った。「みんなのことを『ミスター』と呼んで、だから僕らも『ミス・フランクリン』と。世間話はなし。仕事一本やり。それが僕らにはどうにも不安でね、それまでやったシンガーはたいてい、こっちののんびりしたやり方にすぐさま合わせてくれたから。でもアレサは違う。ずっとひとりでいた。だけど彼女がピアノの前に腰を下ろし、あのコードをいくつか叩き、あのサウンドが彼女の口から出てきた瞬間、そんなことはどうでもよくなった。僕はこれまでにソウルの歌はかなり聴いてきたんだけど、あんなにすごいのはひとつもないよ」

「アレサは聖人の確信を込めて歌った」とダン・ペンは評した。彼もセッションの場に同席しており、まさにその場でチップス・モーマンと“ドゥ・ライト・ウーマン・ドゥ・ライト・マン(Do Right Woman - Do Right Man)”を書いた。のちにアルバムに収められることになる一曲である。

「彼女が始めるまでは、ひょっとしたら白いリズム・セクションと演るのが不安なんじゃないかと心配していた」とジミー・ジョンソンは言った。「でもわたしらがグルーヴに乗った途端、スタジオはまさしくパーティと化したんだ。彼女はわたしらのサポートを気に入ってはくれなかった……心から愛してくれたんだよ! 彼女にはわかっていた、肌の色もへったくれもない、みんなそもそも同じ所から来たんだと。あの女性(ひと)は歌った、歌って、歌って、歌いまくった。わたしらはもう狂気乱舞、有頂天、小学生みたいに大はしゃぎでね、プレイバックを聴きにわれ先にとコントロールルームへ駆け込んだ。ひとり残らず、ああ、これがそうなんだと確信していた、僕らは今まさにスーパースターの誕生を目にしているんだと。喜びの定義に新たな意味を加える、あれはそんな経験だった」

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実はこの後いざこざがあって殴り合いとかありますが、その辺はここでは割愛。それを経て録音場所をニューヨークへと移すことになり、バンドとスタッフを呼び寄せアトランティック・スタジオでの続きのレコーディングとなります。最後にその際の、ジェリー・ウェクスラーとプロデュースを務めたトム・ダウドのコメントをどうぞ。ちなみにこの時の曲は(映画の作中ではあまりフィーチャーされていませんでしたが) “ドゥ・ライト・ウーマン・ドゥ・ライト・マン” です。

Jennifer Hudson - Do Right Woman, Do Right Man (Official Audio)
「アレサの歌のプロデュースは、レイ・チャールズのそれの場合と同じだ」とウェクスラーは言った。「私はひと言も口を出していない。私の批評など無用だった。誰の批評も無用だった。リフもリックも、彼女の趣味は100%完全無欠だった。まだ24だったが、芸歴60年並みの落ち着きと威厳、自信が備わっていた。その声は若く、瑞々しかった。だが同時にあれは、古代の神秘的叡智の場からやって来たものでもあった」

「アレサはマッスル・ショールズで始めた方法論をニューヨークでも使った」と(トム・)ダウドは説明した。「まず、アレサはバンドと一緒に弾きつつ、軽くスクラッチ・ヴォーカルを歌った。自分がどういうふうに物語を伝えるつもりなのか、ミュージシャンたちが正確に理解できるようにだ。それから僕らはそのスクラッチ・ヴォーカルを離れてバックトラックに取り組み、続いてアレサが納得のいったインスト・テイクと共にリード・ヴォーカルを入れるべく、スタジオに入った。それはまさに決定的瞬間だった。彼女はガラスの向こう側にひとりきり。僕はコントロール・ブースの卓の前、僕に覆い被さるようにウェクスラー、ミュージシャンも全員集まっていた。要したのはわずか2、3テイク、それで彼女は“ドゥ・ライト(ウーマン・ドゥ・ライト・マン)”を永遠のものにした。みんな言葉が出なかった。誰もが呆然としていた。誰もがわかっていた。僕らは今、めったに現れない、不朽の偉大なる存在を目の前にしているんだ、と」

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ということで、続きはまた次回。本連載は毎週木曜に更新、全5回を予定しております。映画は絶賛公開中、そしてこの評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』は書店のみならず、一部公開劇場でも販売中です。お求めはお早めに!

辻口稔之(MUSIC LIFE CLUB)


公式サイト
 

映画『リスペクト』 11月5日(金)TOHOシネマズ日比谷他、全国ロードショー

監督:リーズル・トミー
出演:ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、メアリー・J.ブライジ

[上映時間:146分]

『リスペクト』予告 <2021年11月5日(金)公開>

商品情報
オリジナル・サウンドトラック
『リスペクト』オリジナル・サウンドトラック


Amazon Music・MP3(2021/8/13 )¥1,800
CD(2021/11/3)¥2,750

1. There Is A Fountain Filled With Blood / ゼア・イズ・ア・ファウンテン・フィルド・ウィズ・ブラッド
2. Ac-cent-tchu-ate The Positive / アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ
3. Nature Boy / ネイチャー・ボーイ
4. I Never Loved A Man (The Way I Loved You) / 貴方だけを愛して
5. Do Right Woman – Do Right Man / 恋のおしえ
6. Dr. Feelgood / ドクター・フィールグッド
7. Respect / リスペクト
8. (Sweet Sweet Baby) Since You’ve Been Gone / シンス・ユーヴ・ビーン・ゴーン
9. Ain’t No Way / エイント・ノー・ウェイ https://youtu.be/V1mzIxjeonY
10. (You Make Me Feel Like A) Natural Woman / ナチュラル・ウーマン https://youtu.be/aEsWXYy1NPo
11. Chain Of Fools / チェイン・オブ・フールズ
12. Think / シンク
13. Take My Hand, Precious Lord / テイク・マイ・ハンド、プレシャス・ロード
14. Spanish Harlem / スパニッシュ・ハーレム
15. I Say A Little Prayer for You / 小さな願い
16. Precious Memories / プレシャス・メモリーズ
17. Amazing Grace / アメイジング・グレイス
18. Here I Am (Singing My Way Home) / ヒア・アイ・アム(シンギング・マイ・ウェイ・ホーム)※ジェニファー・ハドソン
商品詳細
アレサ・フランクリン
『至上の愛〜チャーチ・コンサート〜〈完全版〉』


Amazon Music・MP3(2009/3/8)¥3,000
2CDs(2021/5/12)¥3,850

商品情報
アレサ・フランクリン
『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス(デラックス)』


Amazon Music・MP3(2021/7/29)¥5,800
4CDs(2020/12/2)¥8,580

商品情報
アレサ・フランクリン
『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス』


CD(2021/8/11)¥2,420

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