「R・E・S・P・E・C・T」!──ソウル曲として登場したこの曲は、ついには一種の国歌になった

連載第4回:アレサ・フランクリン映画『リスペクト』を「同名書籍と《観比べ・読み比べ》て二度楽しむ」

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●映画/書籍、その両方のタイトルにもなった名曲「リスペクト」誕生


アレサ・フランクリンの半生を描いた映画『リスペクト』、テレビでもばんばんCMを目にするようになりましたが、もうご覧になったでしょうか。60〜70年代にあって「黒人であること」「女性であること」を前面に掲げ、強く、自立した女性であろうとした──またそんなパブリック・イメージとは裏腹に、か弱く、時に男性に、そしてアルコールに依存するようなダークサイドもちゃんと描かれており、それがまたドラマにぐっと深みを与えてくれています。見所は歌唱シーンばかりではありません、未見の方はぜひ劇場でどうぞ!

本連載は映画の公開に合わせた短期集中連載として、映画からいくつかの場面をピックアップし、より詳しい記述のなされている本作のたたき台になったであろう書籍、デヴィッド・リッツによる評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』(2016年・弊社刊)から該当部分を抜き出して、《観比べ・読み比べ》て簡単に解説しようというもの。映画をより楽しめるものにすべく、今回でもう第4回目になります。

今回は、映画/書籍のともにタイトルにも冠されるまでになった、文字通りの彼女の代表曲「リスペクト」についてです。

アレサ・フランクリン リスペクト

3,300円
発売日:2016/1/29
著者:デイヴィッド・リッツ(著)、新井崇嗣(訳)
サイズ:A5判
ページ数: 528ページ

●「これ、この娘に取られちゃったね。もう僕の曲じゃない」

 
映画にも登場するアトランティックの副社長兼プロデューサー、ジェリー・ウェクスラー。評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』では、彼がこの曲の魅力と裏側を丁寧に解説。しかも当時、他でもない彼がオリジネイターであるオーティス本人にアレサ・ヴァージョンを聞かせていたという!

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アレサ初のアトランティック作品(アルバム『貴方だけを愛して/ I Never Loved A Man The Way I Love You』)の中心的存在は、言うまでもなく、オーティス・レディングのカヴァー「リスペクト」にほかならない。ウェクスラーはこのアレサ版を内々でオーティスに聴かせたと僕(著者)に語った。「そうしたらオーティスはニカッと、こんな満面の笑みになって、『これ、この娘に取られちゃったね。もう僕の曲じゃない。これから先もずうっと彼女のものだよ』と。それでもう1回かけてくれと言ってきた、さらにもう1回と。その笑顔はいつまでも消えなかった」
Respect
Aretha Franklin - Respect (Official Lyric Video)
「オーティスのオリジナルを聴いて、それからアレサのカヴァーを聴くと、真っ先に気づくのは、彼女のグルーヴのほうがさらにダイナミックだということだ。あのごつごつとした、突っかかるようなシンコペーションは彼女が編み出したものだった。私がアラバマから空輸したリズム・セクションに、ジミー・ジョンソン、トミー・コグビル、ロジャー・ホーキンスに、アレサがやり方を示して見せたんだ。彼女が何年か前からあの曲に興味をそそられてステージで試していたのは知っていた。あの新しいビートはすでに思いついていたものだった。ただし、バックグラウンド・ヴォーカルとあの天才的な言葉遊びの創造については違う、あれはスタジオの現場でなされたものだ。あのバック・ヴォーカルはただの優れた聴覚的増強物に留まらない。あの曲に強力な性的香りを加えた。あれによって、敬意(リスペクト)の希求は要請から要求に変わった。さらにそこに60年代当時、日を追うごとに増していった公民権とフェミニズム運動の熱気が加わったことで、敬意(リスペクト)は、アレサがあの迫力をもって発することで、新たな意味を纏った。ソウル曲として登場した“リスペクト”は、ついには一種の国歌になった。あの時代の米文化を定義付けたと言ってもいいだろう」
「あのフレーズ、『ソック・イット・トゥ・ミー』が曲の形成に力を貸したのは間違いありません」とキャロリンは言った(※1)。「あの表現は以前に何度か街で聞いたことがあって、“リスペクト”のコール・アンド・レスポンスに使えるかもしれないと思っていたんです。明らかに、オーティスはあれを男性の視点で書いた、だからアーマとアレサとわたしで作り直すにあたって、その視点を変える必要があった。それで、もっとざっくばらんな歌に、自分の欲求について堂々と話し合える女性の歌にしようと思ったんです。結果的に、あれはいろいろなかたちで解釈されました、性や人種問題に関するものとして。わたしの中では、そういう解釈はどれも正しいと思っています、誰もがあらゆるレベルで敬意(リスペクト)を必要としているからです」

「ソック・イット・トゥ・ミー」のフレーズは、翌年から始まったコメディ番組『ラフ・イン』でさらなる名声を獲得した(※2)。リチャード・ニクソン(※3)までキャメオ出演し、テレビカメラに向かい、妙なイントネーションで「さあ来い(ソック・イット・トゥ・ミー)」と発している。
Sock It To Nixon | Rowan & Martin's Laugh-In | George Schlatter
※1:「さあ来い/いいから言ってみろ/もっとして」など、さまざまに使われる俗語。
※2:『ローワン&マーティンズ・ラフ・イン』。米NBCで放送。
※3:米大統領選に出馬中だった。
タイトルのスペル、R・E・S・P・E・C・Tを読み上げ、「それがわたしにとってどんな意味なのか、よく考えてよ」、そして「ちゃんとしてよね、TCB」という要求と併置した意匠もまた、歌詞の増強に貢献している。「TCB」(=テイキング・ケア・オブ・ビジネス)はアレサの自作曲“ドクター・フィールグッド”でも使われており、後者で彼女は「やることをちゃんとやる(テイキング・ケア・オブ・ビジネス)、それがこの男(ひと)の得意技」と宣言している。曲の終盤では、自身の近々の過去にも触れている。「もう飽き飽き、頑張るのは、ばかにも程がある(ランニン・アウト・オブ・フールズ)、嘘じゃないわよ」の部分だ。“ランニン・アウト・オブ・フールズ”は彼女のコロンビア時代最大のヒット曲だった。そのタイトルを叫ぶことで、アレサは過去の成功に自ら言及するというソウル・ミュージックの伝統に敬意を表している。また、アレサは曲に自分なりの個性を刻むという仕事も完遂しており、その結果、作者オーティスの言葉どおり、同曲は「彼女のもの」になったのである。

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ウェクスラーによる仕事柄の客観的視点、そして当事者の一人キャロリンによる証言。それをベースにした著者デイヴィッド・リッツによる隙のない解説──著者は「リスペクト」がこの本の中で、つまりアレサのキャリアの中で最初の、そして最も重要な1曲であることをここで強調しています。では映画では──? 
 
ニューヨーク、深夜の自宅で一人ピアノに向かうアレサ。物音に起き出してきたキャロリンに、姉アーマを起こしてきてくれるよう頼み、そして3人で編み上げられた「Ree, Ree, Ree, Respect」「Just a little bit」「Sock it to me」というコーラスとのコール&レスポンス。──本ページトップの画像がそのシーン。スタジオでのバンドと曲を組み立てていく場面と並んで、「この場に居合わせてみたかった!」と思わされる最も印象的なシーンでした。三姉妹がとても仲良く、楽しげで幸せそうなのも美しい。本予告の中でもちゃんと使用されており、40秒過ぎあたりから少しだけ観ることができます。
『リスペクト』予告 <2021年11月5日(金)公開>
で、アレサを演じるジェニファー・ハドソンの公式YouTubeチャンネルで「リスペクト」の音源を聴いてみたら、パリでのコンサート場面の音源が始まる前に、スタジオでメンバーにそのパートを聴かせる部分もおまけでくっ付けられていたりして。これもなかなかイカしてます。
Aretha Franklin - Respect (Official Lyric Video)
“リスペクト”は1967年4月29日にポップ・チャートに登場した。モハメド・アリが兵役拒否を理由にヘヴィ級チャンピオン・ベルトを剥奪された、その翌日のことである。同曲はR&B、ポップの両チャートで首位まで上がり、アレサのキャリアを決定づけ、永遠に変容することになった。この結果を受けて、数ヵ月後、シカゴのリーガル・シアターにおけるショーの冒頭で、彼女はDJパーヴィス“ザ・ブルース・マン”スパンから“ソウルの女王”を冠された。アレサはこの式典を真摯に受け止め、頭に被せてもらった「宝石をちりばめた王冠」の美しさを称えた。そして、この王冠はそれから50年近く、そのままそこに留まることになる。

ベッシーがいた、ダイナがいた、そして今やアレサがいた。

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ベッシー・スミス、ダイナ・ワシントンに続く、新たな女王・アレサ・フランクリンの誕生。「リスペクト」はそれを高らかに告げるファンファーレのような楽曲だった──ということで、今回はここまで。本連載は毎週木曜に更新の全5回、つまり次は早くも最終回です!

映画未見の方はぜひ劇場で、評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』は一部公開劇場でも販売中ですので、こちらもぜひお読みください。

辻口稔之(MUSIC LIFE CLUB)

公式サイト
 

映画『リスペクト』 11月5日(金)TOHOシネマズ日比谷他、全国ロードショー

監督:リーズル・トミー
出演:ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、メアリー・J.ブライジ

[上映時間:146分]

商品情報
オリジナル・サウンドトラック
『リスペクト』オリジナル・サウンドトラック


Amazon Music・MP3(2021/8/13 )¥1,800
CD(2021/11/3)¥2,750

1. There Is A Fountain Filled With Blood / ゼア・イズ・ア・ファウンテン・フィルド・ウィズ・ブラッド
2. Ac-cent-tchu-ate The Positive / アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ
3. Nature Boy / ネイチャー・ボーイ
4. I Never Loved A Man (The Way I Loved You) / 貴方だけを愛して
5. Do Right Woman – Do Right Man / 恋のおしえ
6. Dr. Feelgood / ドクター・フィールグッド
7. Respect / リスペクト
8. (Sweet Sweet Baby) Since You’ve Been Gone / シンス・ユーヴ・ビーン・ゴーン
9. Ain’t No Way / エイント・ノー・ウェイ https://youtu.be/V1mzIxjeonY
10. (You Make Me Feel Like A) Natural Woman / ナチュラル・ウーマン https://youtu.be/aEsWXYy1NPo
11. Chain Of Fools / チェイン・オブ・フールズ
12. Think / シンク
13. Take My Hand, Precious Lord / テイク・マイ・ハンド、プレシャス・ロード
14. Spanish Harlem / スパニッシュ・ハーレム
15. I Say A Little Prayer for You / 小さな願い
16. Precious Memories / プレシャス・メモリーズ
17. Amazing Grace / アメイジング・グレイス
18. Here I Am (Singing My Way Home) / ヒア・アイ・アム(シンギング・マイ・ウェイ・ホーム)※ジェニファー・ハドソン
商品詳細
アレサ・フランクリン
『至上の愛〜チャーチ・コンサート〜〈完全版〉』


Amazon Music・MP3(2009/3/8)¥3,000
2CDs(2021/5/12)¥3,850

商品情報
アレサ・フランクリン
『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス(デラックス)』


Amazon Music・MP3(2021/7/29)¥5,800
4CDs(2020/12/2)¥8,580

商品情報
アレサ・フランクリン
『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス』


CD(2021/8/11)¥2,420

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