アレサは再び教会へ戻り、そして最高傑作『至上の愛』を作り上げた

連載最終回(第5回):アレサ・フランクリン映画『リスペクト』を「同名書籍と《観比べ・読み比べ》て二度楽しむ」

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●映画『リスペクト』のクライマックス、ゴスペル・アルバム『至上の愛』ライヴ録音


アレサ・フランクリンの半生を描いた映画『リスペクト』、公開からしばらく経ちますが、もうご覧になりましたでしょうか。作品は10歳の少女時代に始まり、良いことも悪いことも幾年月、数多の困難を乗り越え、しかし彼女は立ち直ります。映画のクライマックスは、自分で「やる」と決めた、教会でのゴスペル・コンサートのライヴ録音でした。

本連載は映画の公開に合わせた短期集中連載として、映画からいくつかの場面をピックアップし、より詳しい記述のなされている本作のたたき台になったであろう書籍、デヴィッド・リッツによる評伝『アレサ・フランクリン リスペクト』(2016年・弊社刊)から該当部分を抜き出して、《観比べ・読み比べ》て簡単に解説しようというもの。映画をより楽しめるものにすべく進めてまいりましたが、ついに今回で最終回です。
商品詳細
アレサ・フランクリン
『至上の愛〜チャーチ・コンサート〜〈完全版〉』


Amazon Music・MP3(2009/3/8)¥3,000
2CDs(2021/5/12)¥3,850
今回は、映画ではクライマックスとなる、ゴスペル・ライヴ・アルバム『至上の愛』について。同作はメドレーを含めLP2枚組全14曲(完全版『至上の愛〜チャーチ・コンサート〜〈完全版〉(Amazing Grace : The Complete Recordings)』では楽曲以外も含めCD2枚組全27曲)で、その大部分を聖歌が占めますが、何曲かカヴァーも含まれています。そのうちのマーヴィン・ゲイの「Wholy Holy」に関して、マーヴィン本人がアレサのパフォーマンスについて語っている部分を抜き出します。当時既に歴史的な名盤『ホワッツ・ゴーイング・オン』さえものにしていた彼の、言葉を尽くして語るアレサに対する止めどない賛辞を、じっくりお読みください。

アレサ・フランクリン リスペクト

3,300円
発売日:2016/1/29
著者:デイヴィッド・リッツ(著)、新井崇嗣(訳)
サイズ:A5判
ページ数: 528ページ

●「あれもこれもどんなにすばらしくても、『至上の愛』のレベルには届かない」

その晩、アレサの最初のソロがマーヴィン・ゲイの“ホーリー・ホリー”だった。ワッツの教会でアレサが歌った晩から10年以上が過ぎたある雨の夜、僕はマーヴィンと共にベルギーのオステンドでそれに耳を傾けていた。マーヴィンは当時、ロサンゼルスの自宅を逃れた長い亡命期のひとつの真っ只中にいた。(※1)

曲が終わり、マーヴィンは沈黙のまま座っていた。魔法の余韻に浸っている彼を邪魔するのは気が進まなかったが、僕には聞きたいことがあまりにもたくさんあった。
「彼女がこれを録るというのは、いつ知ったの?」
「レコードが出て、それで初めて」とマーヴィンは言った。
「それで、驚いた、と」
「愕然とした。今と同じくらいに唖然とした。自分が歌うに値するものを僕が書いたとアレサが思ってくれた、それを知って愕然としただけじゃない、彼女の解釈の美しさに唖然としたんだ。『ホワッツ・ゴーイン・オン』が出てから、まだそれほどたっていなかった(※2)。あれは激しい論争の末に出たものだったからね、これじゃあ商売にならないとモータウンが考えたために起きた例の諸々なんだけど、その闘いの疲れがまだ少し残っていた。僕はレーベルにきっぱりと言い放った、これを出さないなら二度と録らないと。僕は闘いに勝ち、世間は僕の姿勢が正しかったことを立証してくれた、つまりレコードは売れていた。それでも僕はまだ不安の中にいた。あれがいいというのはわかっていた。でもアレサが“ホーリー・ホリー”を歌ってくれたのを知って、それでようやく、本当にいいものなんだと実感できたんだ」
※1:「その晩」とは、アレサがロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で『至上の愛』となるレコーディングをした夜のこと。また本書の著者デイヴィッド・リッツは、マーヴィン・ゲイの評伝『Divided Soul : The Life Of Marvin Gaye』(日本語版は『マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル』Pヴァイン・ブックス、2009年刊)の著者でもあり、マーヴィン本人とも取材を重ね、親交が深かった。
※2:マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』がリリースされたのが、1971年5月21日。アレサが『至上の愛』となるライヴ・レコーディングを行なったのは、1972年1月13と14日だった。
Wholy Holy
Wholy Holy (Live at New Temple Missionary Baptist Church, Los Angeles, January 13, 1972)
「彼女と僕の音楽的背景は似ている、ふたりとも父親の説教や歌を見て聴いて育った、だからこの手の曲についてアレサの耳がとりわけ肥えているのはよくわかっていたから。僕にとって、ゴスペルは究極の真実であり、究極の試金石なんだ。デューク・エリントンにまつわるこんな話を聞いたことがある、デュークは後年の人生の大部分を聖なる音楽作りに捧げた。ある優れた組曲を書いていたときのこと、女友だちにクラブに行こうと誘われた。デュークは渋った。その女性はしつこかった、『その音楽はまた後で仕上げればいいじゃないの』。『ねえ、きみ』と、デュークは言った。『たいていの場合、たいていの人は、うまいことを言えばたぶらかせられる。でも神はたぶらかせられない』。ゴスペル音楽の精髄はそこにある、そう、神とのつながりがゴスペルを朽ちることのない清廉潔白なものにする。アレサは朽ちることがない。彼女の神聖な精神は朽ちることがない」

「あの曲を歌ったとき、僕は自分の声を重ねて、いわばセルフハーモニーを作り上げた。自分で自分に影をつけた。弦と管と音響効果もたっぷりと加えた。でもアレサの場合は、自分の声とあの美しいフルボディの聖歌隊だけ。それであれを高く築き上げた。決して揺らぐことのない強固なものにした。僕は確信した、彼女はあの曲を永遠のものにしてくれたんだって」
「『至上の愛』のほかの曲は?」と、僕はマーヴィンにたずねた。
「真のソウル愛好家に僕の最高傑作は?、とたずねれば、答えはたいてい『ホワッツ・ゴーイン・オン』だ。真のゴスペル愛好家に最高傑作は?、とたずねれば、答えは『至上の愛』だ。じゃあ、真のアレサ・ファンに彼女の最高傑作を挙げてくれと言ったら、答えは同じ、そう『至上の愛』さ。“リスペクト”や“ナチュラル・ウーマン”“チェイン・オブ・フールズ”を僕ほど愛してる人はいない。『スパークル』(※3)には、嫉妬のあまり、顔が真っ青になったくらいだ。カーティス・メイフィールドがアレサのアルバムを丸まる一枚、書いて制作もして! ああ、そんな機会がもらえるなら、僕はもう死んでもいい。でも、あれもこれもどんなにすばらしくても、『至上の愛』のレベルには届かない。アレサの傑作を1枚だけ挙げるなら『至上の愛』と言うのは、僕だけじゃないと思う。僕が尊敬するミュージシャンは大半が同じことを言うはずだよ。あれは彼女史上最高の作品。僕にとって最も大切なアレサのアルバムなんだ」
※3:『スパークル』は1976年のアレサのアルバム。アイリーン・キャラ主演の同名タイトルの映画のサウンドトラックで、全曲カーティス・メイフィールド作/プロデュース。

─────────────

まあー褒めも褒めたり、本書で引用されたマーヴィンのアレサに対する、そしてアルバム『至上の愛』に対する愛情と崇敬の気持ちを語る言葉は、止まることを知りません。しかし映画でも最終盤に当時の記事や大絶賛の見出しが次々と引用されていく通り、批評家からも商業的にも本作は大成功を収めました。結果200万枚以上のセールスをあげ、その後も含めたアレサ最大のヒット作に。本作を愛し抜いているのは、マーヴィンばかりではないのです。

そしてこの時の模様は、実はフィルムに収められていました。撮影はあのシドニー・ポラック。しかし何が気に食わなかったのか、アレサはこれをお蔵入りに。それが何十年かの時を経て、リマスタリングされ、『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』として今年5月に公開されています。
【公式】『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』“ソウルの女王”幻のコンサートフィルムが、ついに日本公開!/予告編/5月28日(金)公開
一部劇場ではまだ間に合いますので、こちらも劇場でぜひ!

映画『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』公式
 
そして、映画のラストでは、本物のアレサの映像が引用されて幕を閉じます。2015年12月6日、ケネディ・センターで行なわれたキャロル・キングの功績を称えるコンサートでの、「Natural Woman」のパフォーマンスがそれ。ケネディ・センターの公式がYouTubeでその模様を公開していますが(おそらく映画で引用されているものとはまた別の動画?)、完全なサプライズで知らされていなかったであろうキャロル・キングの驚きっぷりが可愛らしく、横でじんわり涙を浮かべるバラク・オバマ元大統領の姿も印象的。しかしそれを凌ぐアレサの圧倒的なパフォーマンス!
Honors Memories: Aretha Franklin honors Carole King | 2015 Kennedy Center Honors
この動画、小さな画面で観た気になっていてはいけませんよ。ここまで2時間以上かけて目にしてきたアレサ20年間の紆余曲折のドラマを経て、そこからさらに40年余りの歳を重ねたアレサ自身のパフォーマンスの凄みは、観る者すべての言葉を奪います。劇場の大画面/大音量で圧倒されてきてください。

辻口稔之(MUSIC LIFE CLUB)

公式サイト
 

映画『リスペクト』 11月5日(金)TOHOシネマズ日比谷他、全国ロードショー

監督:リーズル・トミー
出演:ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、メアリー・J.ブライジ

[上映時間:146分]

『リスペクト』予告 <2021年11月5日(金)公開>

商品情報
オリジナル・サウンドトラック
『リスペクト』オリジナル・サウンドトラック


Amazon Music・MP3(2021/8/13 )¥1,800
CD(2021/11/3)¥2,750

1. There Is A Fountain Filled With Blood / ゼア・イズ・ア・ファウンテン・フィルド・ウィズ・ブラッド
2. Ac-cent-tchu-ate The Positive / アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ
3. Nature Boy / ネイチャー・ボーイ
4. I Never Loved A Man (The Way I Loved You) / 貴方だけを愛して
5. Do Right Woman – Do Right Man / 恋のおしえ
6. Dr. Feelgood / ドクター・フィールグッド
7. Respect / リスペクト
8. (Sweet Sweet Baby) Since You’ve Been Gone / シンス・ユーヴ・ビーン・ゴーン
9. Ain’t No Way / エイント・ノー・ウェイ https://youtu.be/V1mzIxjeonY
10. (You Make Me Feel Like A) Natural Woman / ナチュラル・ウーマン https://youtu.be/aEsWXYy1NPo
11. Chain Of Fools / チェイン・オブ・フールズ
12. Think / シンク
13. Take My Hand, Precious Lord / テイク・マイ・ハンド、プレシャス・ロード
14. Spanish Harlem / スパニッシュ・ハーレム
15. I Say A Little Prayer for You / 小さな願い
16. Precious Memories / プレシャス・メモリーズ
17. Amazing Grace / アメイジング・グレイス
18. Here I Am (Singing My Way Home) / ヒア・アイ・アム(シンギング・マイ・ウェイ・ホーム)※ジェニファー・ハドソン

商品情報
アレサ・フランクリン
『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス(デラックス)』


Amazon Music・MP3(2021/7/29)¥5,800
4CDs(2020/12/2)¥8,580

商品情報
アレサ・フランクリン
『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス』


CD(2021/8/11)¥2,420

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