【連載】

『マル・エヴァンズ もうひとつのビートルズ伝説』刊行記念トーク・イベント・レポート

松田ようこ × ピーター・バラカン「ビートルズのそばにいる日常」

【第2回】

奇跡的な出版までの経緯〜働き者マル、しかし4人のそばで薄給だった!?の巻

・日時:2025年1月22日(水)19時30分~21時30分
・場所:下北沢 本屋B & B
・参加者:ピーター・バラカン、松田ようこ
・テキスト協力:島乙平

松田ようこ氏。
2025年1月下旬『マル・エヴァンズ もう一つのビートルズ伝説』の発刊記念としてが開催されたトークイベント・レポート、第2回です。初回は登壇した松田ようこ氏とピーター・バラカン氏とビートルズとの出会いについてが中心でしたが、そこからお話は徐々に深まってまいります。本書が世に出ることになったきっかけなんて、まさに奇跡の連続じゃないですか!
 
出版社の倉庫に捨てられようとしていた箱を見つけて開けてみたら、どうもこれはビートルズの関連の書類らしいということを発見する。そこからこの本は始まります ── 松田
松田:話はそれますけど、日本語訳した時に一つ私が著者の方に提案させていただいて、手を加えたことがあります。最初はこの第一章、第二章の後にある年代は一切入ってなかったんです。原書は、タイトルがあって 第一章。でもそのタイトルが非常に抽象的な名前ですのでいつの話かっていうのがわからない。だからそれを全部書かせていただきました。私の方で日付を調べて、いつからいつまでっていうのを書かせていただいて、そうすると著者のケネス・ウォマックさんからも、それはいいアイデアと快諾いただいたので。日本語版には、そのようなちょっとした工夫が入ってます。──(会場からの声に応えて)分かりやすかったですか? ああ、良かったです。ありがとうございます。やっぱこうパラパラとめくってね。いつぐらいの話かなっていうのがわかるのはすごく大事かなと。特に800ページありますから。
バラカン:長いですよね。
松田:ピーターさん、これはどのぐらいかかって読まれたんでしたっけ?
バラカン:どのくらいかな。このiPadで英語で読みましたけど。1週間ぐらいですかね? 集中的に集中して読んだんですけどまあ読みやすいです、すごくうん。だいたいよく知ってる話もあるし。でもね、知らないこともかなりありました。細かいところでね、ローディーの立場から見たビートルズというのはあまり考えたことがなかったものだから。
松田:そうですよね。それにこのマル・エヴァンズっていう人はローディーといえども、日記をつけたり、いろんな記録をつけるのがとても得意な方で、信じられないことに毎日日記をつけていて。
バラカン:日記をつけ始めたきっかけは、郵便局の職員になったことでしたよね?
松田:郵便局の職員になって、年間の手帳を受け取った時からですよね。
バラカン:そうそうそう。で、全部大文字で書くんですね。
松田:そうですね。殴り書きのような、本に写真が入ってますけれども、全部大文字で書いてます。あれはどうなんですか?
バラカン:いや、人それぞれいろんな書き方があるけれど、あれだけまめにずっーと書いていたっていうのはすごいことですよね。で、途中からそれを出版しようって考え出したみたいなんだけど。でも、日記がなければこの本ないですよね。
松田:そうです、そうです。うん、そしてこの彼の日記が発見されなければ、この本はないんですけれども、プロローグとエピローグで、この本ができるに至った奇跡みたいな話が書かれているんですよ。これが本当に素晴らしいというか、すごいというか、その一人の派遣社員の女性が。出版社の倉庫に捨てられようとしていた箱を見つけて開けてみたら、どうもこれはビートルズの関連の書類らしいということを発見する。そこからこの本は始まります。そしてその派遣社員の方がリーナ・クッティさんって言うんですけど、非常に頭のいい方で、行動力のある方、たまたまそういう方だったんです。これはどう考えても、ビートルズのローディーをやっていたマル・エヴァンズの日記であるということを彼女がそこで突き止めたというのはすごいですよね。で面白いのは、それを上司に一生懸命訴えるわけですよ。この資料はとても大事だから捨ててはいけない、ビートルズのことが書いてあるんだからって言ったら。上司はそんな昆虫(ビートル)の話はどうでもいい、みたいな感じでビートルズがわかってなかったんですね、リーナ・クッティさんはどうせ昆虫だか何かだと思ったに違いない、と。そこで放っておけば捨てられてしまうものを、彼女はオノ・ヨーコさんに連絡をして、手紙をダコタのフロントに行って警備員に託すんですよ。
バラカン:それは何年頃の話?
松田: 88年です。1988年。
バラカン:だいぶ昔なんだ。
松田:そうです。昔だけども、マルがなくなっても12、3年経ってますね。だからこれがなければこの本も出てないし、この事実が公表されることもなかったっていうのがすごい運命だなという気がします。で、この話を聞いて、オノ・ヨーコさんがすぐに動いて、ニール・アスピノールに連絡をしたことで、弁護士がすぐに動いて、そして資料が、まるまる全部マル・エヴァンズの奥さんのもとに届けられることになったわけです。でも、旦那さんが亡くなって十数年ではまだまだ大変な状況で、とにかくその資料は自分のもとに置いておきたいということで、ずっと家の屋根裏に置かれていたようです。で、それを息子の「ギャリー」が──「ゲーリー」が、ゲイリーが本を、本にしようというふうに思ったのが、もう本当にコロナの前ぐらいのことなんです。彼はそこまでずっとマル・エヴァンズという存在がそんなにビートルズの世界で重要視されているとはあまり思っていなかったみたいなんですね。だから徐々に徐々に家族の人たちが気持ちを変えていったことで。長い月日を経てようやく本になったという、感動的な話じゃないですか?
バラカン:本当にそうだと思う。
松田:なのでここにあるものは、そういう意味では、当時の記録としてすごく新鮮なんだと思います。今、例えばこういうドキュメンタリーを作るとしたら、今生きてる方たちに話を聞くと思うんですけれども、そうするとやっぱり当時の記憶というのは失われてしまってます。で、記憶で作られた本ではなくて、記録で、当時記録されたものをそのまま使われているので、非常に信憑性が高いんだなと私は思ってます。
バラカン:しかし、その日記だけでこの本を書くことは当然不可能ですよね。
松田:不可能ですね。
バラカン:追加取材は相当した?
松田:相当してますね。ケネス・ウォマックさんがマル・エヴァンズの息子さんから頼まれて、追加で200人ほど取材をして、当時の人たち、それからその親族に取材をして、さらに、いろんな相当な資料を全部出してます。参考資料を見ていただければわかるんですけれども、ビートズ関連書ほとんど全部さらっていますし、それからビートルズ、マル・エヴァンズが書いた日記や、彼の残した原稿などの中から450箇所ぐらいこの中に引用して、この本が出来上がっています。
マル・エヴァンズのお仕事

バラカン:そういう60年代とか、70年代の取材をする時に、よく言われることなんだけど、そこにいた人っていうのはあまり覚えてない。覚えてないってことはそこにいた証拠だってわかります?(笑)、要するにみんなドラッグやってたってこと(笑)。
松田:ドラッグに関しても出てきますね(笑)。
バラカン:出てきます! もう、マルの一番大きな仕事の一つが、マリファナをビートルズに提供することだったんですね。
松田:そうですね。ジョイントっていうんですか?
バラカン:ジョイントって言うんだけど。もうマルが一本一本自分で巻いてカバンにいっぱい持ってて。
松田:専用の鞄があってね。当時の音楽業界とかではそれが当たり前だったんでしょうね。
バラカン:いや、でもね、ビートルズは早かったと思いますよ。ボブ・ディランと64年にあって、初めてその時に吸ってます。すぐに好きになって、もうしょっちゅうそれを欲しくて(笑)。
松田:マルはローディーなんだけれども、機材の管理だけでなく、そういう麻薬、ドラッグの入手とか、あと付き人のように動き回ってたわけですけれども。
バラカン:何から何まで全部そうですよね。録音の時にもね、彼らがお茶が欲しいという前に、まずそれを察してお湯を沸かしてお茶を持ってくる、そういうことまで全部。でもマルはね、嫌な顔一つもせずにそういうことをするの好きだったみたいね。
松田:マル・エヴァンズはそういう、上に立つよりも、人々のためになることをする、ケアするのがすごく自分に合ってると思ってたんだと思います。その後の人生でそのビートルズを離れてしまったときに、自分がこうやるべき──ということが見つからなくなったのもすごく悲しい話ですけども。このビートルズ時代は本当に彼は役に立っていたし、それを生きがいにしてたと思うんですよ。給料も安かったと言われてますけれども。
バラカン:そうですよね。でもね、60年代のあの時代に最初に25ポンド。それが……。
松田:それが、30、38くらいまで。
バラカン:運転手が30ポンドで雇われた時に、マルの分も一緒に、その金額まで上げなきゃいけなかった。
松田:最終的には38ポンドぐらいまで上がったのかなと思いますけど、それ週給ですもんね。日給じゃなくて。
バラカン:週給です。イギリスはけっこう長い間週休が普通だった。ホワイトカラーの、要するにサラリーマンだったら月給だったかもしれません。でも、労働者階級はみんな週給だったんですよ。今はどうなのかな? 今はさすがに月給かもしれないけど、僕が大学を出て日本に来るまで1年しか働かなかったんだけど、レコード店の店員だった。結局労働者階級なんですよ。だから、毎週金曜日に現金でもらってたんです。73年から74年にかけて僕の週給は税込みで最初20ポンドだったから、それはね……それよりマルは、60年代にそれよりもらってたからね。悪くはない。
松田:悪くはないですよね。そうなんです。
バラカン:でもね、奥さんと子供がいるからね。大変だった。
松田:家もあったし。
バラカン:そうそうそう、家。彼まだ20代か──当時のイギリスでは30代になると家を持つことが当たり前だったんです。だいたいあの当時は家の値段が、一年間の給料の4倍ぐらいが妥当な線だったみたいです。
松田:ふーん。年収の4倍。
バラカン:今はもっと全然すごく高くて、みんな家が買えなくて大変なことになってるけど。

スーツ買わなくちゃいけなかったんですよね。で、ブライアンが、そのスーツを選んだかな? でも、そのスーツ代もね、マルの給料から引かれたんですよね ── バラカン

松田:マルも当然のように家を買ってる感じでしたよね。郵便局に就職して、そして家も買って子供もできてっていう普通の生活をして。そう考えると月給にするとそんなに安くはなかった給料だと思いますけれども、あまり昇給もせずに──。そして周りの生活がきっと派手になって、自分も一緒に派手になってしまったのかなと想像するんですけども。
バラカン:ああ、そうね、ビートルズの側にずっといるからね。
松田:そう、どこまで彼らはお金を払ってくれてたんだろう──って考えてしまいます。食べに行ったりとか、マルがいつも食事を買って帰ってきますけれども。ちゃんとお金もらってたのかしら?
バラカン:でもローディーという存在は、昔も今もそんなに多分変わってないと思うんですが、バンドはバンドで別扱いですから。多分泊まるホテルも、たまにマルはビートルズと一緒に高級ホテルに泊まることもあったんだけど──。でも一度ほら、フランスの時でしたね、ブライアンからマルに奥さんと子供をどうぞって言われたんだけど、どうぞって言われた割には、その後何ヶ月もその返済に困ってた。
松田:ひどい話ですよね。今考えれば。パリにコンサートがあるから、ブライアンがマルに、奥さんと子供も連れてきたらいいじゃないかって。連れてったら、奥さんと子供の宿泊費はその後何ヶ月も月賦で払ったっていう。それはびっくりでしたね。
バラカン:僕も意外でした。それ。
松田:ブライアンもそういうところにはすごく厳しかった人なのかなと、思います。
バラカン:いろんなことで厳しかったね。ああなるほど──と思ったことが、マルがビートルズの仕事を始めた頃にね。スーツ買わなくちゃいけなかったんですよね。で、ブライアンが、そのスーツを選んだかな? でも、そのスーツ代もね、マルの給料から引かれたんですよね。
松田:ビートルズの給料から? マルの給料から?
バラカン:確かマルの給料から。ローディーっていうのは、スーツを着るものだとは思わないんですよ。でも、60年代のあの頃っていうのは、少なくともブライアン・エプスタインの頭の中では、ローディーはスーツをちゃんと着なきゃいけない。要するにビートルズの周りはみんなそういうちゃんとした人間だっていうことを周りに示さなければならないという。そういうふうに思ってたんでしょうね。で、マルが時々、くだけた格好をすると、ブライアンに怒られる。
松田:そうです。そのくだりがありましたね。ブライアンとマルはしょっちゅうそうやって揉めてたみたいですけれども、だらしない格好をするとブライアンが怒る。だけどそんなに高い服を買うお金もないマルですよね。ちょっとかわいそうだなと思うとこの一つです。
──第2回めはここまで。続きの第2回は、来週6月18日(水)公開予定です。どうぞお楽しみに!
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