【イベント・レポート前編】

小川隆夫×池上信次
『レーベルで聴くジャズ名盤 Part 2』

刊行記念トーク1:ジャズはマイナー・レーベルも面白い

■■ 音楽の先を見ているのがハービー・マン ■■

池上:次はハービー・マンのレーベルを聴く、ということで。
 
小川:さっきも少し言いましたけど「エンブリオ(Embryo)」「ヴォルテックス(Vortex)」のどちらもアトランティックの子会社。さっきのアトコとは兄弟レーベル的な関係。ハービー・マンという人はアトランティックの大スターですから、自分である程度の資金を出してレーベルを作ったんだと思います。ヴォルテックスは68年、エンブリオは69年に設立しています。どちらも10数枚で終わっちゃいます。ハービー・マンという人はジャズ・ファンの間では、ここみたいなジャズ喫茶では聴いちゃいけないみたいな人。コマーシャルな演奏──と思われたけど、商業的な人じゃなく先見の明があった人。ウケる演奏をしていたので、日本のシリアスなジャズ・ファンからは敬遠されがちでした。で、その人が作ったレーベルだからきっとポップなコマーシャル路線を行くのかな──と思ったらそうじゃない。彼が自主的にプロデュースしているのは数作なんですけど、彼の意図がカタログには反映されてるわけで、音楽の先を見ている。というのはこれら2曲を聴けばよくわかると思います。

まずエンブリオからミロスラフ・ヴィトウスの『限りなき探求(Infinite Search)』(69年)、窓のような穴がカットされたカッコいいジャケットで、これに釣られて僕なんか買った口ですけど。メンバーはハービー・マン子飼いのアーティストたち。ミロスラフ・ヴィトウスはチェコ出身のベーシストでバークリーに入って、68年頃から名前を聞かれるようになって、1回マイルスのバンドにロン・カーターの後釜で入ったことがあったけど、このアルバム『限りなき探求』でようやく全貌が知られた人です。69年7月にはハービー・マンのバンドのメンバーになって来日、そしてハービー・マンのプロデュースで日本コロムビアで録音してアルバムを出すんです。ハービー・マン抜きのロイ・エアーズ・カルテット(ロイ・エアーズ、ソニー・シャーロック、ミロスラフ・ヴィトウス、ブルーノ・カー)として『カミン・ホーム・ベイビー』を、高音質を追求したダイレクト・カッティングの12インチ45回転盤2枚で発売します。当時のオーディオ・マニアは高音質を求めていた時代で、ジャズでは日本第1号の作品です。
 
池上:ではミロスラフ・ヴィトウスの『限りなき探求(Infinite Search)』から「フリーダム・ジャズ・ダンス」。

♪「フリーダム・ジャズ・ダンス」
ミロスラフ・ヴィトウス
 『Infinite Search』


再生する

小川:最初に聴いた傍系レーベルの3曲とは明らかに違うじゃないですか。60年代に入ってもオーソドックスなジャズは少しずつ形は変えるんですけど、過去を引きずってきたわけです。ところが個人的に、最初にジャズが変わって来たぞ──と思ったのは68年に聴いたゲイリー・バートンの『ダスター』(67年)。ラリー・コリエルのギターが入って、いわゆる4ビートのジャズですけど、ビートが全然違うし、ラリー・コリエルのギターは全然ジャズ・ギターじゃない。漠然と何か違うなぁ──と。その次に聴いたのがハービー・マンの『メンフィス・アンダーグラウンド』(69年)。これにはミロスラフ・ヴィトウスも入ってるし、ソニー・シャーロックっていう今で言うノイズ系のギタリスト、それにラリー・コリエルも入ってるという僕にとってはとんでもない凄いメンバーです。このころはハービー・マンもコマーシャリズムに毒されてるって言われて、でも契約したのがアトランティックですから、ソウルやリズム&ブルースはお家芸、メンフィス・ソウルの人たちともレコーディングしていました。でも、ジャズ・ミュージシャンでこういうのをやるのは凄いよね。明らかにジャズは変わってきた、のちのフュージョンの走りです。69年にはマイルスが『イン・ア・サイレント・ウェイ』、70年には『ビッチズ・ブリュー』を出してもっと全然違っちゃった。その時に出たのがこの「フリーダム・ジャズ・ダンス」で、あぁジャズはなんか全く変わっちゃったな──と実感した、すごく面白くなったと思ったんです。
 
で、よくよくこのメンバーを見るとみんなマイルスがらみ。ジョー・ヘンダーソンってマイルスとは関係ないと思う人がいるかもしれないけど、マイルスは彼をバンドに入れようと思い、彼を加えてウェイン・ショーターとの2テナーでヴィレッジ・ヴァンガードやサンフランシスコでライヴをやったりしています。あと、ハービー・ハンコックはこの時期はいないけど、2ヶ月前には『ビッチズ・ブリュー』を吹き込んでいて(69年8月)、そこには入ってます。ジョン・マクラフリンもこの時代はライヴにはほとんど出てこなかったけど、スタジオ・レコーディングではレギュラー・メンバーだった。ミロスラフ・ヴィトウスも1ヶ月間バンドにいたし、ジャック・デジョネットはこの時代のドラマーです。だからマイルス・バンドのマイルス抜きみたいな感じです。今、聴いていて改めて思ったんだけど、ジョン・マクラフリンがソロをとっている所はまったく『ビッチズ・ブリュー』ですね。ま、というようにマイルスは偉大だっていうことですね(笑)。
 
もちろんこのアルバムを作ったハービー・マンは偉大ですよ、やっぱり先見の明があった。それで、その先見の明があるハービー・マンはキース・ジャレットのレコーディングまでしちゃう、そのレーベルがヴォルテックス。ハービー・マンはプロデューサー&オーナーで、アトランティックからレコードが出た。どこが凄いかといったら、チック・コリアとキース・ジャレット2人の初リーダー作がこのヴォルテックスにあるということに尽きます。このキース・ジャレットの『サムホエア・ビフォア』は68年の録音ですけど、初リーダー作『人生は二つの扉(Life Between The Exit Signs)』の発売記念ライヴを録音したもので、場所はロサンゼルスのジャズ・クラブ 、シェリーズ・マン・ホール。で、「マイ・バック・ペイジ」というのはボブ・ディランの曲。これはすごくヒットして、日本でも69年には発売されて入り浸っていたジャズ喫茶でしょっちゅうかかってました。その後のキース・ジャレットにつながる、ちょっとソウルフルで面白い演奏になってます。曲はディランですけど、それを歌ったフォーク・ロック・バンドのザ・バーズのヴァージョンをカヴァーしたもの。ディランの孫カヴァーです(笑)。

♪「マイ・バック・ペイジ」
キース・ジャレット
『Somewhere Before』


再生する

小川:当時、“今までのピアノ・トリオとはなんか違うなぁ”という感じで、今聴くとそんな差は感じないかもしれないけど、当時はビル・エヴァンス的なキース・ジャレットが違うことをやり始めた──という感じをすごく受けたし、その1970年前後はジャズが新しいページを開いた、新しい方向に向かって進んでいるのをすごく実感して、今も懐かしく聴きました。そういうところをハービー・マンはよく見ていた──偶然なのかもしれないけど、嗅覚が優れていたんだと思います。
 
池上:レーベルで聴く、プロデューサーで聴く、いろいろな聴き方があるということがよくわかりました。ここでちょっと休憩をいただきます。

前編はここまで。10月17日(金)公開予定の後編もお楽しみに!

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『レーベルで聴くジャズ名盤 Part 2』

レーベルで聴くジャズ名盤 Part 2

3,300円
著者:小川隆夫

【掲載レーベル】

01 ABC-Paramount
02 ABC-Impules!
03 Ad Lib
04 America
05 Andex
06 Antilles/Antilles New Directions
07 Arista
08 Arista/Novus
09 Artists House
10 Atco
11 Audio Fidelity
12 Bee Hive
13 Black Jazz
14 Black Lion
15 Black Saint
16 Blackhawk
17 BYG
18 Chiaroscuro
19 Choice
20 Cobblestone
21 Commodore
22 Criss Cross
23 Dawn
24 Debut/Danish Debut
25 Dial
26 Dootone
27 Elektra/Musician
28 Embryo
29 ESP Disk
30 Famous Door
31 Flying Dutchman
32 Freedom/Arista Freedom
33 Futura
34 Galaxy
35 Gramavision
36 HiFi Jazz
37 Horizon
38 Imperial
39 India Navigation
40 Intro
41 Jaro
42 Jazz:West
43 Jazzcraft
44 Jazzland
45 Jazztime/Jazzline
46 JCOA
47 Jubilee
48 KUDU
49 Landmark
50 Mainstream
51 Mode
52 Moodsville/Swingville/ Tru-Sound
53 New Jazz
54 Nilva
55 Novus
56 Owl
57 Palo Alto Jazz
58 Peacock’s Progressive Jazz
59 Period
60 Progressive
61 Reprise
62 Signal
63 Signature
64 Skye
65 Sonet
66 Soul Note
67 Storyville
68 Strata-East
69 Tampa
70 Theresa
71 Time
72 Timeless
73 Transition
74 Vanguard
75 Vortex
76 Warwick
77 World Pacific
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