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マドンナ、ブラーらの時代を象徴するヒット作を手掛けた業界の異端児、プロデューサーのウィリアム・オービット死去

商品情報 ウィリアム・オービット
『Pieces In A Modern Style』

Amazon Music( FEB 22 2000)

いちエレクトロニック・ミュージシャンからマドンナやブラーなどのヒット作を手掛ける人気プロデューサーへと転身を遂げたウィリアム・オービットが亡くなりました。享年69。オービットの家族が彼のインスタグラムに声明を投稿する形でその死を公表しています。「ウィリアムは2026年7月23日に自宅で亡くなりました。私たち家族のみならず、彼の音楽、あるいは友情や優しさに接した多くの人々が、きっと彼の不在を大いに惜しむことでしょう」。直接の死因は現在のところ明らかにされていません。
ウィリアム・オービットがその名を音楽史に刻んだのはいわゆるY2K時代で、彼はマドンナとのタッグによりエレクトロニカ・アルバムの傑作(『Ray Of Light』、1998年)を生み出し、ブラーとの共作で素晴らしいオルタナティヴ・ロック・アルバム(『13』、1999年)を作り上げ、更に2000年にはオール・セインツの「Pure Shores」と「Black Coffee」という2つの極上のシングルをプロデュースしています。
Blur - Tender (Official Music Video)
All Saints - Pure Shores (Official Music Video)

1956年12月15日、本名ウィリアム・マーク・ウェインライトとして生まれたオービットは、ノース・ロンドン郊外のパーマーズ・グリーンで育ちました。教師だった両親が「中産階級になろうと懸命に努力していた」ために、彼は自身の幼少期を「リベラルだけれど厳しくしつけられた」と振り返っています。この一種矛盾を感じさせるコンビネーションは、彼が後にマドンナと共に「クリエイティヴなラビットホール」へと飛び込んだ際に役に立ったのかも知れません。2021年、自由奔放でありながら仕事に対して独自の厳格な理念を持つことで有名な彼女との最初のアルバム制作で、彼は危うく「命を落としかけた」とガーディアン紙に語っていました。
 
「家族との間で危機的な状況に陥っていたんだ、しばらく放ったらかしにしてた問題があってね。あの冬、酷く体調を崩したのを憶えてる。僕は43歳にして、すっかり身体がボロボロだったんだよ」。アルバムの完成までには数ヶ月を要しました。当時、最初の子供を出産したばかりだったマドンナは、容赦なくムチを振るい、現場を仕切りました。過酷な状況でしたが、彼はその雰囲気の中で才能を開花させたのです。「そういう環境下でこそ、僕は力を発揮できるってことが分かったんだ」と彼は言います。「彼女はとんでもなく素晴らしいプロデューサーだよ。『プロデュース:マドンナ&ウィリアム・オービット』とクレジットされていても、世間の人々は必ずしも彼女の功績をまともに認めようとはしない。でも、彼女は本当に僕と同等の責任を果たしていたんだ」

しかしながら、1980年代初頭に音楽活動を始めた当時のオービットのアプローチは、厳格というよりは明らかに自由奔放でした。ウェスト・ロンドンでスクアット(不法占拠生活)を送っていた彼は、シンガーのローリー・メイヤーやプロデューサー仲間のグラント・ギルバートと共に型破りなシンセポップ・バンド、トーチ・ソングを結成します。彼らはノッティング・ヒルにある廃校跡、セントロ・イベリコで生活し、レコーディングを行なっていました。この場所は、スロッビング・グリッスルやポイズン・ガールズといったアナーキーなパンク・バンドたちのたまり場になっていました。彼らに比べれば幾らかコマーシャル要素のあったトーチ・ソングは、1984年のトム・ハンクス主演映画『Bachelor Party』に、彼らの躍動感あふれるクラブ・アンセム「Prepare To Energize」が起用されたことで、一躍メインストリームでの成功を味わったのです。

Torch Song - Prepare To Energize (1983)

このセントロ・イベリコで、オービットは自身の『ゲリラ・スタジオ』を設営します。同スタジオは長年の間に何度か場所を替えることになりましたが、その間オービットはベリンダ・カーライル、シール、イレイジャーといったアーティストたちのリミックスを手掛けたり、英国のコメディアン、ハリー・エンフィールドのために1988年のヤッピー風刺曲『Loadsamoney (Doin’ Up The House)』という変わり種のヒット曲を共同制作したりして、腕を磨いていきました。それから2年後、バッソマティック(Bass-o-Matic)というハウス・ミュージック・プロジェクトで、オービットは本格的なチャート・ヒットを記録します。それは、彼の渦のようなサウンドの片鱗が垣間見える、ソウルフルなクラブ・ジャム「Fascinating Rhythm」でした。同年、彼はゲリラ・レコードというレーベルを共同設立し、レフトフィールドやフェリックス・ダ・ハウスキャットといったアーティストによるトレンディなダブ・ハウス・シングルを次々にリリースします。

Bass-O-Matic - Fascinating Rhythm

1980年代後半から1990年代初頭にかけて、オービットは自身の名義でアンビエント系のエレクトロニカ・アルバムを立て続けにリリースしました。1993年には、当時のガールフレンドだったベス・オートンをヴォーカルとしてフィーチュアした愛らしく雰囲気たっぷりの「Water From A Vine Leaf」が、全英チャートで小ヒットを記録します。オービットは、1993年にリリースされたオートンのハウス・ミュージックの影響を受けたデビューアルバム『Superpinkymandy』でもプロデュースを手掛けましたが、彼の運命を変えるコラボレーションの実現は、それから更に5年近く経って後のことでした。

Beth Orton Water From A Vine Leaf

1997年、彼は「Justify My Love」や「Erotica」のリミックスに対してマドンナ本人から高い評価を受けたことを踏まえ、インストゥルメンタル・トラックの詰まったカセットテープを彼女の元に送り、結果として彼女の次のアルバムの共同プロデューサーという大仕事を手にします。当時の彼はマネージャーさえも付けておらず、業界の中でも完全に一匹狼でした。

その結果として生まれた1998年のアルバム『Ray Of Light』は、ひとつの時代を象徴するシングルとなった「Frozen」「Ray Of Light」「Nothing Really Matters」を輩出し、世界中で1,600万枚以上を売り上げ、マドンナにとってもオービットにとっても、そのキャリアに新たな方向性を打ち出すきっかけとなりました。マドンナは、テクノやトリップホップからアンビエント・エレクトロニカ、ドラムンベースに至るまで、オービットが紡ぎ出す質感豊かなクラブ・サウンドのパレットに、自身の最もパーソナルな楽曲を乗せることで、ポップ界における時代の予見者として再びその地位を確立しました。このアルバムは近年、FKAツイッグス、アディソン・レイ、ケリー・リー・オーウェンズらから影響を受けた作品として挙げられており、中でもオーウェンズは同作を「ポップな感性とエレクトロニックな革新性の完璧な融合」と絶賛しています。

『Ray Of Light』のリリース後、オービットはプロデューサーとして引っ張りだこの人気者になりました。彼はブラーが1999年に発表した、彼らにとって最も実験的で親密なアルバム『13』を共同プロデュースし、そこからゴスペルの要素が散りばめられた美しいシングル「Tender」が生まれました。オール・セインツのヒット曲(「Pure Shores」、「Black Coffee」)、 U2(2002年の熱狂的な『Electrical Storm』)、ピンク(2003年のレトロなボップ調『Feel Good Time』)のヒット曲制作にも携わりました。そして1999年、オービットは自身の楽曲でもスマッシュ・ヒットを記録します。オランダのリミキサー、フェリー・コステンが、ジャンルを融合させたクラシックとエレクトロニカのコレクション『Pieces In A Modern Style』に収録された「Barber’s Adagio For Strings」を再解釈し、トランス風にアレンジしたものが大人気を博したのです。

Barber's Adagio for Strings

ただ、彼は後に、『Ray Of Light』リリース後の絶好調な時期を上手く活かすことができなかったという思いを抱いていることを明かしました。「僕より賢い人ならきっと言っただろうね、『宝くじに当たったようなもんだろ! みんなに愛されるレコードを作り、とてつもない大金を稼いだんだ。リミックスなんて今すぐ止めろよ、次のレベルへ進むための計画を立てなきゃ』って」と、オービットは2022年に『Classic Pop』誌に語っていました。「でも、僕は一度もその通りにはしなかった。むざむざそのチャンスを逃してしまったんだ」
 
また、メンタル・ヘルスの問題により、彼の創作活動は何度か長期にわたり中断することもありました。2021年、オービットはその前年に、薬物誘発性の機能不全をきたして強制入院させられていたことを明かしています。それでも、彼はよく様々な興味深い仕事を引き受けていました。2010年には、ソフトな雰囲気のシンガーソングライター、ケイティ・メルアのために素晴らしくバラエティに富んだジャズ・ポップ・アルバム『The House』をプロデュースし、2013年にはブリトニー・スピアーズのメランコリックなエレクトロ・バップ「Alien」の共作を手掛けました。彼は2012年のマドンナのアルバム『MDNA』で彼女と再タッグを組んだが、後に「とにかく急がされて、常に時間に追われていた気がするよ」と嘆きました。それでも、二人の再コラボからは『Love Spent』のような、隠れた名曲が生まれました。

Love Spent

しかし、最後のヒット・シングルのプロデュースを手掛けてから長い年月が経ってもなお、オービットの名は、華麗で革新的、そして独創的なポップミュージックの代名詞であり続けています。2022年に自身のプロデュース手法について語った際、彼は次のように明かしました。「幾重にも重なった音の層が互いに作用し合う神秘性や、そこから生まれる『愉快な偶然』を追求したいんだよ──ちょうど、異なる色の絵の具が混ざり合って新たな色を生み出すようにさ」。「Pure Shores」や「Frozen」といったポップスの傑作が、今日に至るまでこれほど人々を魅了し続けているのは、まさにこの比類なき技術と直感の融合によるものなのです。レトロなギターをアクセントに加えたレフトフィールド・ダンスの影響を受けた彼の美しい独自のサウンドは、いつまでも鮮烈に響き続けることでしょう。

安らかなる眠りをお祈りいたします。

商品詳細
マドンナ
『Ray Of Light』

Amazon Music(FEB 23 1998)
商品詳細
マドンナ
『MDNA』

Amazon Music(MAR 23 2012)
商品詳細
ブラー
『13 (Special Edition)』

Amazon Music(MAR 15 1999)
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