サス・ジョーダン死去。カナダの女性ブルーズ/ハード・ロック・シンガー、長年『Canadian Idol』の審査員も
10月2日、カナダ出身のブルーズ/ハード・ロック・シンガーで、タレント発掘番組『アメリカン・アイドル』のカナダ版である『Canadian Idol』で長年審査員を務めたサス・ジョーダンが亡くなりました。享年65。ジョーダンの家族が10月3日、インスタグラムへの投稿で彼女の死を公表し、その前日に「愛する家族に見守られながら、安らかにあの世へと旅立った」ことを明かしました。
猫を抱いて笑顔を見せているジョーダンの写真に添えて、家族はこうキャプションを添えています。「彼女は今も私たちの心の中に、ひとつの大いなる自然の力として生き続けています。光と喜びに満ちた、かけがえのない存在です!」。現時点では正式な死因は明らかにされていませんが、彼女は先月、健康上の問題を理由にオンタリオ及びケベック・シティでのライヴをキャンセルしていました。
彼女のパブリシストのエリック・アルパーは、声明の中で「彼女は過去40年以上にわたり、カナダのロック界屈指の特徴的な歌声の持ち主として、長らく男性が支配してきたこのジャンルにおいて女性のための居場所を切り拓き、自身のバンドと縁を持った若手ミュージシャンたちに道を開いてきた」と綴っています。
ジョーダンは1960年12月23日、イングランドのバーミンガムで、本名サラ・ジョーダンとして、フランス文学の教授とバレリーナの間に生を受けました。3歳の時に家族でモントリオールに移住し、10代前半からギターを弾き始めた彼女は、16歳になる頃にはモントリオール市内のダウンタウンにあるクラブでバンドのフロントマンを務めており、その後、地元のバンド、ザ・ピンナップスのヴォーカル兼ベーシストとなりました。
デヴィッド・ボウイ、ボニー・レイット、アレサ・フランクリン、エアロスミスのスティーヴン・タイラーといったアーティストから影響を受けたジョーダンは、1986年、バンドック(Bündock)のアルバム『Mauve』に収録された「Come On (Baby Tonight)」でダブル・リード・ヴォーカルの片割れを務め、レコーディング・キャリアをスタートさせます。その2年後、彼女はアトランティック・レコードからソロ・デビュー・アルバム『Tell Somebody』をリリースしました。彼女の音楽はカナダ国内で瞬く間に注目を集め、1989年にはカナダで最も権威ある音楽賞であるジュノー賞の〈Most Promising Female Vocalist(最も有望な女性ヴォーカリスト)〉部門賞を受賞し、その後も1990年、1993年、1995年には同賞の年間最優秀女性ヴォーカリスト部門にノミネートされました。
ジョーダンは1990年にロサンゼルスに移住し、その2年後にMCAレコードから、彼女のキャリアを決定づけるアルバム『Racine』をリリースしました。このアルバムからは米『ビルボード』誌のメインストリーム・ロック・エアプレイ・チャートで最高位第11位を記録したヒット曲「Make You a Believer」が生まれます。彼女は1994年の「High Road Easy」で、同チャートで第6位を記録し、これが彼女のランキングにおけるキャリア最高位となりました。
また彼女がジョー・コッカーとのデュエットでレコーディングした「Trust in Me」は、1992年の大ヒット映画『ボディガード』のサウンドトラックに収録されており、同サントラ盤はビルボード200で20週間にわたり首位を独走し続けました。
ジョーダンはそのキャリアの中で頻繁に、エアロスミス、ローリング・ストーンズ、AC/DC、ヴァン・ヘイレンといったバンドと共にツアーを重ねました。彼女のツアー・バンドでドラムを担当していた中には、当時22歳だったテイラー・ホーキンスもおり、彼は後にフー・ファイターズに加入することになります。彼は2022年に50歳で亡くなっています。
ジョーダンは2003年に『Canadian Idol』の審査員に加わり、全6シーズンにわたって番組に携わりました。彼女は後に、自身のお気に入りの出場者としてカーリー・レイ・ジェプセンやメリッサ・オニールの名前を挙げていました。
2020年には自身のバンド、ザ・シャンパン・フッカーズと共にトロントでレコーディングしたカヴァー・アルバム『Rebel Moon Blues』をリリースし、ブルーズという音楽への探求をさらに深めました。この8曲入りのアルバムは、同年のビルボード・ブルーズ・アルバム・チャートで最高位第5位を記録しています。
「この音楽が大好きだし、私にとってこれをやるのは何より道理に適ったことだったの」と、ジョーダンは当時『ビルボード』誌に語っていました。「私はブルージーな声の持ち主だからね。昔からブルージーって呼ばれていたのよ。だから私としては、『よっしゃ、これを自分のものにしよう』って感じでね、(アルバム制作は)最高に楽しかったわ」
彼女の遺族には、夫でザ・ゲス・フーのデレク・シャープ、娘のステラ・ジョーダン=シャープ、義理の娘のブライアン・シャープ、そして弟のダニエル・ジョーダンらがいます。
なお、ジョーダンの死が報じられた直後から、彼女と交流のあった多くのミュージシャンたちからは続々と追悼コメントが寄せられています。グレン・ヒューズは彼女のインスタグラムのコメント欄で「あまりにも突然のことで、胸が張り裂ける思いだ。彼女は真の友人だった。俺たちは共に、沢山の愛と喜び、笑い、そして音楽を分かち合った。どうか安らかに眠ってくれ、我が “Sasseroonie Girl”」と綴りました。
同郷の女性ハード・ロック・シンガー、リー・アーロンは「ああ、何てこと…予期せぬ出来事に、胸が張り裂けそう……サス・ジョーダンのご家族、バンド・メンバー、そして親しい方々へ、心よりお悔やみ申し上げます。この世界は比類なき才能を失いました。どうか安らかに眠って、大好きなロックンロールの姉妹分よ……これからもずっと、一緒に音楽を作り、楽屋でふざけ合う日々が続くと思っていたのに」と心境を綴っています。
そしてデヴィッド・ボウイのバックで長年キーボーディストを務めていたマーク・ガーソンは、こう書いています。「サス・ジョーダンの訃報を聞き、胸が張り裂ける思いだ。彼女とは、『A Bowie Celebration』ツアーで共に仕事をし、喜びを分かち合った。彼女は並外れた歌手だったが、僕がそれと同じくらい強く覚えているのは、その類稀な歌声の背後にある人柄だ」
「彼女は寛大な心と素晴らしい気質、音楽に対する並外れた感性、そしてとびきりユーモアのある人だった。ステージ上でも舞台裏でも、彼女と仕事ができることはこの上ない喜びだった。僕らに加わった時、彼女は毎晩ボウイの曲を演奏することは『彼の思い出へのラヴレターを奏でているような気分』だと語っていた。彼女と共に、あの夜とあの音楽を分かち合えたことは、この上なく光栄だった」
「サスは唯一無二の存在だった。彼女の不在は多くの人々に惜しまれることでしょう」
安らかなる眠りをお祈りいたします。
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