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【特別企画】グレン・マトロック・インタヴュー完結編
ABBAの「S.O.S.」がヒントになった「Pretty Vacant」
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MOVIE|MUSIC|FEATURE・2026.10.02
【特別企画】グレン・マトロック・インタヴュー──もしあの時「フレディ・マーキュリーに虫歯がなかったら」
そして〈完結編〉となる今回は、自身の生い立ち・少年時代から、グループ脱退後から現在に至るまで、その過程でリッチ・キッズ時代から続いたイアン・マクラガンとの親しい関係や、そこからフェイセズ・リユニオンに参加することになった経緯など、ピストルズ好きにはもちろん、英国ロック好きなら興味深い話が続々! パンクを挟んでその “前の時代” と“後の時代” とを繋ぐリアルなエピソードの数々、お楽しみください。
インタヴュー◉荒野政寿 協力◉株式会社ポイント・セット
──あなたの地元にはスカタライツのメンバーになった年上の友人がいたそうですね。周りに移民が多く、ブルービートやスカをよく耳にする環境で育ったことは、あなたにどんな影響を与えたと思いますか?
「そうだな。子供の頃は俺が住んでいたケンティッシュ・タウンからそれほど遠くない下町エリアで遊んでいた。その地域はブリクストンのように、西インド諸島からの移民が多く住んでいた。そういう子たちと友達で、一緒に学校に通っていたんだ。俺の学校は実質的に半分が白人、半分が有色人種だった。
スカタライツにいた人と直接の友人だったわけではない。俺の友達の両親が離婚して、母親が家に下宿人を住まわせた。その人がのちのスカタライツのメンバーで、路上で俺たちとサッカーをして遊んでくれたんだ。俺たちより年上だったよ。でも、面白かったな。夏になるとみんな窓を開けていて、プリンス・バスターなんかの曲が聞こえてきたものさ。良かったよ」
──あなたがひとりっ子で膨大に時間があって、うんと若い頃からラジオで多種多様な音楽に触れたことが、音楽の創造力を高めたのかなと思いました。自分ではどう思います?
「まあ、ひとりっ子というのは時々少し淋しいこともあるけどね。10歳のクリスマスの時にギターをもらって、演奏を覚え始めた。うまくはなかったけどそれで十分で、時間を潰していたよ。友達はたくさんいたが、みんな隣の通りに住んでいたから、彼らが夕食のために家に帰ってしまうと、俺は少しの間ひとりきりになった。でも、ひとりでできることを進めるだけさ。絵を描くこと……それがアートスクールに通うきっかけになったんだが……それと音楽、ラジオを聴くこと、ファッションなんかだ。他の子供たちとそれほど違っていたわけではないが、兄弟がいなかった分、興味のあることに集中する時間が少し多かったのかもしれないね」
──ギターの基本的なコード進行などは、どうやって覚えていったんですか。
(初版発行1957年。画像は後年の版)
本に載っているいくつかのコードを覚えたら、別の曲を弾こうとする。そういったコードが、演奏するほとんどの曲の基礎になるんだ。ごく基本的なものだが、興味があれば、もう少しテクニカルなこともできるようになる。ただ、俺はテクニカルになることにそこまで興味がなかった。というのも、時として技術的に優れていることが、シンプルな曲を書く時に邪魔になる。だから俺は意図的にテクニカルになりすぎないようにしてきた。
でも長年楽器を弾いていると、自然とテクニックも身についてくる。自分がベースの巨匠だとは思わないけど、今は十分にうまくはあるよ。自分と同じようなやり方で覚えた奴にギターで何かを説明する時、『それはGオーギュメント15thだ』なんて言い方はしない。『そこに指を置いて。そう、それだ』って感じで説明するだけだ」
──「グレン・マトロックの基礎を作った曲」をいくつか挙げてもらえますか?
「ああ、たくさんあるよ。数百曲はあるな。俺がギターを覚えていた若い頃、イギリスにはある現象があって、それは技術革新とも重なっていた。日本の人々も関係しているかもしれない、トランジスタラジオだよ。俺と同世代の子供はみんなトランジスタラジオを持っていた。そして全員がそれを持っていたからこそ、海賊放送というものが登場したんだ。当時は良いポップ・ミュージックを流す国の放送局がなかったからね。彼らはイギリスの領海外の船から海賊放送を始めた。そういうラジオ局は、初期のキンクスやザ・フー、ローリング・ストーンズ、スモール・フェイセズなんかを流していた。俺が夢中になったのはそういうものさ。とてもシンプルな曲だ。
それからテレビ番組が始まって……史上最高の番組だと思うんだが……『Ready Steady Go!』という番組にそういったバンドが出演していた。やがてモータウンのアーティストも出演するようになり、ライヴで演奏していたんだ。素晴らしかったよ。アニマルズも凄かったな。デイヴ・クラーク・ファイヴや、ビートルズもちょっとだけ……世間で思われているほど大のビートルズ・ファンというわけではなかったけど。そういったものが、俺をつき動かしたんだ。彼らはみんな3分〜3分半くらいの曲を書いていて、素晴らしかった」
──ちなみに、グラム・ロックからの影響はどうでした?
「ピストルズの中にも確実にその要素はあった。グラム・ロックはプログレッシヴ・ロックへのちょっとした反発として出てきたんだと思う。『もっとドレスアップして、もっと楽しもうぜ』ってね。フェイセズのようなバンド……彼らが完全にグラム・ロックかはわからないが……や、スパイダーズ・フロム・マーズなんかがいた。一方、アメリカにはヴェルヴェット・アンダーグラウンドがいて、そういったバンドが影響を与えていたんだ。
T.レックスに関して言うと、俺たちはいつも彼らはちょっと女の子向けすぎるんじゃないかと思っていた。だけどギグをやって、カヴァー曲をやろうということになると、T.レックスを笑ってた奴もみんな “Get It On” をやりたがるんだ。イエスの『海洋地形学の物語(Tales From Topographic Oceans)』なんて誰もやりたがらないからな! だから、結局は彼らの勝ちだったのさ」
──スティーヴ・ジョーンズたちと出会った頃に、フェイセズが好きという点で気が合ったことは運命的ですね。後で再結成したフェイセズでベースを弾くことになった時は、曲もよく知っていて楽勝だったのでは?
「ああ、よくわかっていたよ。俺は長年の間にイアン・マクレガンと友達になっていたんだ。リッチ・キッズのアルバムで弾いてくれたこともあったし、UKツアーも一緒に回った。長年連絡を取り合っていたけど、彼は自分のポテンシャルほど良い活動ができていないように見えたから、『本当にやりたいことは何なんだ?』って訊いたんだ。そしたら『フェイセズを再結成したい』と彼は言った。その頃にはロニー・レインはもう亡くなっていたし、山内テツは日本に戻っていた。だから『それが実現するなら、ベースは俺が適任かもよ』って伝えた。
その後にイアン・マクレガンから電話が来て、『決まったぞ! 本当にできるか?』と言うから、俺は『マック、俺はフェイセズの曲なら全て、逆からでも完璧に弾けるよ』って答えた。彼は『そりゃすごい!』と喜んだから、俺は『問題は逆からじゃなく弾けるのかだ』って返したら笑っていたよ。それで本当に参加することになったんだ。公演数はそれほど多くなかった。ロン・ウッドがローリング・ストーンズに戻ってしまったからね。でも……ああ、楽しかったよ。最高だった。
イアン・マクレガンは俺の親友だった。彼がいなくなって悲しいよ。今度オースティンでプレイするんだが、時間があれば彼の墓に行って、ギネスの缶ビールを置いてこようと思っているんだ」
──ABBAの「S.O.S.」を忌避せず、作曲のヒントにする視野の広さが、名曲をいくつも書けたポイントでは?
「異論はないよ。“Pretty Vacant” を作っていた時、メロディと歌詞はあったんだが、何かが足りなかった。足りなかったのは “真の素晴らしいリフ” だ。アート・カレッジ時代によく行っていたパブにいた時、ABBAのあの曲が流れてきた。そのリフ自体が曲中にあるわけじゃないが、ベーシストのプレイの中に “Pretty Vacant” のリフのアイデアを与えてくれるものがあった。今の時代はみんなサンプリングしたりするが、当時はそんなことはしなかった。でも、小さなアイデアを借りてくるのは悪いことじゃないと思っていたよ。既製品の小便器を使ったマルセル・デュシャンのようなものさ。俺の頭の中では、新しいものを作り出すために何かを借りてくるというのは、一種の芸術的ステートメントだった」
──ピストルズでの活動を経て、その後日本にはさまざまなバンドのメンバーとして来ていますが、いつのことが強く印象に残っている?
「やっぱり、フェイセズで行った時だな。あの時、面白いことに息子のルイが一緒についてきた。ルイは今セックス・ピストルズのステージマネージャーをやっていて、ヴォーカルにフランク・カーターを推薦したのもルイなんだ。あの時、神戸の友達のところへ行って、ソロで小さなショーを数回やってから、ルイと二人でぶらぶら過ごしていた。ローカル線に乗ってビーチへ行ったんだ。〈Suma(須磨)〉という場所だったと思う。息子のルイは髪を赤く染めてたんだが、何度か洗っているうちにジンジャーオレンジみたいな色になってね。ビーチにルイと同じ14歳くらいの日本人の女の子が2人いて、彼女たちがルイのことを『ジャスティン・ビーバー』って呼び始めたんだよ(笑)。ルイは照れまくってさ。女の子たちが何度もやって来るものだから、ルイは浜茶屋の裏に隠れてしまった。彼女たちがやって来て『ねえ、ジャスティンはどこ?』ってしつこく言うもんだから、俺は『ああ、浜茶屋の裏にいるよ』って教えてやった(笑)。あれはおかしかったな。
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破壊の設計図
・編集:ヴァネッサ・ローワース、ジャスティン・ウィリアムズ
・製作:グレン・マトロック、ニック・ミード、アンドレ・レリス、ジェシカ・ルッソ
・原作:グレン・マトロック著『I Was a Teenage Sex Pistol』
・出演:グレン・マトロック、ジョニー・ロットン、シド・ヴィシャス、スティーヴ・ジョーンズ、ポール・クック、クリス・スペディング、デボラ・ハリー、ビリー・アイドル、ウェイン・クレイマー、ケニー・ジョーンズ、ファット・マイク、トレイシー・ガンズ、リチャード・ストレンジ
2025年|アメリカ映画|英語|102分|原題:I Was A Teenage Sex Pistol提供:ニューセレクト|配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
© 2025, I WAS A TEENAGE SEX PISTOL PRODUCTION, LLC ALL RIGHTS RESERVED
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