MUSIC LIFE CLUB発足記念
東郷かおる子トークイベント・レポート PART 2

70〜80年代の洋楽黄金期を体験したファンのための音楽サイト、MUSIC LIFE CLUB。その発足を記念したイベントが東郷かおる子元ミュージック・ライフ編集長を迎え9月1日に行われました。そのPART.2をお届けします。

PART.1はこちらから
 

長谷部 宏カメラマンを迎えておくる「ミュージック・ライフ誌ビートルズ取材秘話」
東郷:先ほど私の人生を大きく変えたビートルズとの出会いのお話をしましたが、そのビートルズを日本で初めて取材した時に星加ルミ子さんと一緒にロンドンのアビイロード・スタジオに行った方をご紹介します。カメラマンの長谷部宏さんです、長谷部さんに来ていただきました。(場内驚きの大拍手)
 
 こんにちは。というわけで長谷部さんはビートルズを星加さんと一緒に取材し、解散後も、亡くなってしまいましだが、ポール・マッカートニーの奥様リンダ・マッカートニーとカメラを通して親しくされていたので、そういった話も含め四方山話を伺いたいと思います。で、ビートルズを撮ることになった時、長谷部さんはパリにいたんでしたっけ?
 
長谷部宏氏(以下長谷部):僕は映画雑誌(「近代映画」)のカメラマンをやってたんだけど、当時はもうテレビに押されて映画界がガタガタになっていた。だから映画界にいてもしょうがないから充電し直そうとパリに行ったんだよ。
 
東郷:そこで偶然の出会いがあったんですよね。
 
長谷部:もう亡くなっちゃたんだけど、シンコーミュージックの当時の社長の草野(昌一)さん、彼は『ミュージック・ライフ』の初代編集長でもあるんだけど、パリで夜、僕がタバコを買いに行った喫茶店でその彼と偶然会ったんだよ。お互いびっくりしちゃってね。僕は住所を教えて、彼がいっぱいしょってきたインスタント・ラーメンを貰って(笑)。それから2〜3ヶ月経ってビートルズの取材を頼まれてやることになったんだ。
 
東郷:その時長谷部さんはビートルズのことを知っていたの?
 
長谷部:それはかまやつ(ひろし)なんかの写真を撮ってる時に<ビートルズってバンドがヨーロッパですごい人気だ>って話は聞いたかな。実際に見たことや音を聴いたこともなかった、顔も知らなかったしね。で、たまたま映画をパリでやってたんだよ。
 
東郷:「ア・ハード・デイズ・ナイト」ね?
 
長谷部:それを観に行ったんだ。そしたら女の子たちがキャーキャー言って何も聴こえない(笑)。「ウルセーなぁ、しょーがねぇなぁ」って15分くらいで出てきちゃったよ。でもだいたいどんな人かってのはわかった。僕は日本の芸能界で写真を撮ってて、どれくらい人気があればどれくらいやりにくいか分かってたから、これは取材は結構大変だぞ、相当難しいぞって思って撮影しに行ったんだ。そしたらてんでそんなんじゃねぇんだよ。
 
東郷:いい子たちだったのね。
 
長谷部:そこら辺の小僧だったけど。

東郷:ビートルズをそこら辺の小僧って言うのは長谷部さんくらいね(笑)。
 
長谷部:でも、すごく頭がいいっていうか、そういうのは感じたね。
 
東郷:その頃は私もまだ読者で、日本人がビートルズと接触するなんて考えられない状態だったんだけれども、実際にアビイロード・スタジオ(当時はEMIスタジオ)に行って会ったメンバーの印象ってどうだったの?

長谷部:その時はまだみんな20代前半で、日本人なんて見たことないわけで、たまたま星加さんが着物を着て行ったもんだから、“この袖ってなんでそんなに長いんだ、何をいれるんだろう?” 、帯を見ては“そんな太いベルトを締めて苦しくなのか?”そんなような話で結構ウケちゃってね。
 
東郷:1965年当時の欧米の人の日本に対する認識なんてそんなものなんですよね。
 
長谷部:でも感じのいい少年たちで。
 
東郷:長谷部さんから見たら少年ですよね。長谷部さんより10歳くらい下で。その時からジョージ・ハリソンはカメラに興味があったみたい?
 
長谷部:その時じゃなくて、次にEMIスタジオで撮影した67年。ポール・マッカートニーが「フール・オン・ザ・ヒル」を作ってる最中の取材だったな。ポールがピアノ弾いて笛も吹いたりして、ジョン・レノンがギターを弾いてふたりで相談しながら曲を作ってるから、ジョージとリンゴ・スターはやることがなくてヒマなんだよ。だからジョージが僕のカメラを弄くり回して、“いくらするんだろう、いつ出たんだろう”とかそんな話をしたんだ。カメラには興味があったらしいよね。
「フール・オン・ザ・ヒル」のレコーディング風景 pic: KOH HASEBE / Music Life / Shinko Music

東郷:で、最初の取材を終えて長谷部さんはパリに戻ったんだけど、星加さんは日本に戻ってすごい騒動に巻き込まれたんですよ。なんせ<ビートルズに会った星加ルミ子さん>というので女性週刊誌がグラビアで星加さんの特集記事を作ったりしたんだから。有名人に会った人っていうかなり間接的な関係なんですけどね(笑)、私その時の週刊誌買ってるんですよ。それを見て本当にビートルズって、この世にいるんだ!って実感しました。私がメンバーの中で一番好きだったのはポール・マッカートニー、可愛かったんですよ本当に。長谷部さんがビートルズの人気を実感したのは日本に帰って来てからですか?
 
長谷部:そんなことないよ、アビイロード・スタジオの前には女の子たちがキャーキャーいって集まってたし、僕がカメラマン・バックを持ってたから取材なんだろうと思ったんだろうね、女の子が“助手にして!中に入れて!”って言ってくるんだよ。
 
東郷:助手!すごい勇気ね(笑)。それで1966年6月、いよいよビートルズの来日が決まって、東京で3日間、日本武道館全5公演でした。ライオン歯磨がスポンサーで、チケットはハガキで申し込んでの抽選だったんです。私は、どうしても行かなくちゃこの世の終わりだ──って思ってクラス中の友だちの名前を借りて応募したんです。そうしたら私の名前で申し込んだハガキが当たったんですよ。その時は天にも昇る心地でした。ところが当時、学校には教育委員会から<ビートルズ公演に行ったら退学!>ってお達しが来てまして、もう今なら考えられない事ですよね! その前にベンチャーズとかのエレキ・ブームがあって世の中の若者がテケテケテケに浮かれて、それを聴いてるだけで不良!って言われましたけど、ベンチャーズはオッサンだったから、女の子がキャーってならない。でもビートルズにはギャー!!って映画館で叫んだり、海外からのニュース映画でビートルズ公演で失神してる女の子たちの映像が流れたりして。それを見て大人は度肝を抜かれたんでしょうね。怖かったんだと思います。だから右寄りの方たちが街宣車で、“ビートルズを追い出せ!”ってデモをしたり。そういう世の中でした。私なんかも意固地になって、学校で“あんなもの聴いたらいけない!” “あんなものってどういう意味ですか!”って音楽の先生と大ゲンカしたことがあります。そういう中でビートルズの来日が決まったものですから、音楽雑誌以上に一般のお堅い雑誌や新聞までビートルズを取材しようと大騒ぎになったんです。そこで、なんとミュージック・ライフは独占取材ができちゃうわけですけど、その前後の話って長谷部さんは覚えてます?
 
長谷部:<ミュージック・ライフには必ず取材をさせるから、いつでもいいようにしておいてくれ>ってことで、ホテルの彼らのフロアの一階下に部屋を押さえて、僕はカメラを構えていつでも行かれるように準備してた。
 
東郷:当時のヒルトン・ホテル(現ザ・キャピトルホテル東急)。
ヒルトン・ホテルでの記者会見 pic: KOH HASEBE / Music Life / Shinko Music

長谷部:とにかく、いつ取材ができるのか分からないから、そこに居るしかないんだよ。
 
東郷:イヤなのよね~、その待ち時間って。いつなのか分からないから漫然と時計を見ながら待ってるだけ。
 
長谷部:ロンドンの最初の取材もそうだったけど、“君たちはいつ帰るんだ?”って聞かれて、帰る前の日に取材ができるんだよ。だから東京で取材した時も最後の公演の日の昼間だったね。最初の日からずーっと待ってたんだけけど(笑)。
 
東郷:最初から最後の日だって言ってくれればいいのにね(笑)。
 
長谷部:最初、取材は15分か長くても20分くらいってマネージャーは言ってたんだけど、どうってことないんだよ、結局2時間くらいいたな。
 
東郷:4人とも退屈してたのよね。誰かと話したいし、外部の空気が欲しかったんじゃないですか?
 
長谷部:ジョン・レノンはいっぱい絵を描いてたし、後は何をしてたんだろう──。
 
東郷:まぁ、長谷部さんはとにかくやたらと写真を撮ったのね。
 
長谷部:ロンドンで一度写真を撮って顔は知ってたからね。それでカメラ屋がカメラを売りに来てて、ポール・マッカートニーが何を買っていいか分からないから、俺にちょっと教えてくれって言ってきたんで教えたら、色々選んで買ってたな。
 
東郷:だから取材のできない大手新聞や大手週刊誌は星加さんをマークしたんですよ。
 
長谷部:そうそう、星加さんが動くとそれに付いていっちゃうんだ。
 
東郷:大変でしたね、それで中も外もすごい警備だったんでしょ?
 
長谷部:そうだね、でも僕なんかは下の階だったから裏階段でさっと移動してたからね。取材はジョン・レノンが主だったなぁ、描いた絵を見せてくれたり、こういうのを写真に撮ったらいいんじゃないかって態度で、すごく協力的だった。ポール・マッカートニーもカメラを買う時に話したし、リンゴ・スターはいつも同じなんだよ(笑)。ジョージ・ハリソンはちょっといただけて写真を撮ってたんだけど、なんか昼間眠くなっちゃったみたいで部屋に行って寝ちゃった。だからジョージ・ハリソンは少ししか撮れなかったね。
 
東郷:私もその時の『ビートルズ来日特大号』を買って今でも持ってますよ。あれ買うの大変だったんです、どこに行っても売り切れていて。あれでミュージックライフの発行部数が格段に伸びたんですよね。
 
長谷部:そうそうそう、一番初めにロンドンで撮った写真が載った号は、発行部数がそれまでの5〜6倍になったって言ってたな。
 
東郷:当時でさえ洋楽の音楽雑誌なんてマイナー中のマイナーですよね、多分1万部かそこらだったと思うんですけど、それが一気に10万部に届くかっていうくらい印刷しなきゃいけなくなったわけです。すごい時代の変わり目だったんですね。で、ビートルズは日本公演の後にアメリカのツアーをやって、これが最後の公演だったのかな。だから意外と活動期間が短いんですよ。で、このアメリカ・ツアーで有名なシェイ・スタジアムとかのライヴがあって、野球場で公演するっていうのにビックリしたんだけど、実際に行ってみてどうでした。
 
長谷部:満員ですごいんだ。それで大きいスピーカーで音を出すんだけどキャーキャーの声の方が大きくてね何も聞こえない。そのツアーでは5ヶ所くらい撮影に入ったんだけど、僕は常に撮ってるのね、後はアメリカ人のカメラマンが一人で、その二人だけ。

東郷:半分オフィシャルみたいな?
 
長谷部:どうして僕だけどこでも撮れるのか不思議だった(笑)。
 
東郷:長谷部さんは気に入られてたみたいだし。
 
長谷部:気に入られて──ったって、追い返すわけにもいかないって思ったんじゃないの(笑)。
 
東郷:でも、長谷部さんは不思議にミュージシャンに好かれるのよ。写真を撮る時に下心アリアリって感じがないからなのか、ミュージシャン本位なの。不自然なポーズをさせたり、こっち向いてニッコリしろとか一切そういうのを要求しないのよね。
 
長谷部:僕は『近代映画』時代に美空ひばりとか坂本 九とかのレコーディングにも立ち会ってたから分かるんだ。そういう時のミュージシャンってすごいナーバスなんだよ。だからビートルズのレコーディングの時も、なるべく遠くから望遠で撮ろうと思ったし、邪魔せずに撮るっていうのが自然と身に付いたんだろうね。
 
東郷:そういう長谷部さんでも苦労した取材はあるんですけど、ビートルズに関しては解散してからも、いい感じで取材できてましたよね。ポール・マッカートニーがウイングスを結成して、日本に来ることになった時(1975年12月)、これは結局日本への入国許可が下りなくて中止になったんですけど、その直前のオーストラリア公演に取材に行って…。

オーストラリアの動物園で pic: KOH HASEBE / Music Life / Shinko Music

長谷部:たまたまその頃、僕が「小さな世界の大きな巨人たち」っていうミュージシャンのポートレートを集めた写真集を出したんだ、それをオーストラリアに持っていって、それを見せたらリンダ・マッカートニーが、彼女もカメラマンなんだけど、「私もこういうのを作ろうと思ってたのに、先にやられちゃったわ」って言ってた。リンダとはすごく仲良くなった。
 
東郷:リンダとは初めて会った時から気が合ってたみたいで、その後も長谷部さん宛に自分の撮った写真を使った豪華なカレンダーを、毎年ずーっと送ってきてくれていたわね。
 
長谷部:あれ取っときゃよかったよね。
 
東郷:えっーー!捨てちゃったのォーーー? 言ってくれれば私が貰っていたのにィー。でも、ま、こういう所がミュージシャンに好かれるんですよ。さすがに今、一瞬言葉を失ったけど(笑)。
そのオーストラリアでの取材で、今、ファッション・デザイナーとして有名なステラ・マッカートニーがまだ小さくて、一家で一緒に動物園に行って写真を撮ったんですよね。
 
長谷部:今、会ったって分からないよな。
 
東郷:今のステラ・マッカートニーはすごく主義主張のあるデザインをしていて、動物愛護や自然保護とかフェアトレードとかにも関心のある、一家言あるデザイナーとして有名な人です。外見もポールによく似てるんですよね。その後、ポール・マッカートニーに関しては、日本に来てから荷物に大麻が見つかって成田で逮捕されて帰された時(1980年1月)も長谷部さんは撮影で入ってて、あれは困っちゃいましたよね。
 
長谷部:オフィシャル・カメラマンをやってくれって頼まれてたから、あの時は成田空港よりホテルに着いた所から撮影を始めようと思っていて、マネージャーもそれでいいって言ってたんだよ。でもいくらホテルで待っても来ないんだ。どうしちゃったんだろうと思ったら成田で取っ捕まっちゃってた。何をやってんだろうって思ったよ。
 
東郷:不用意っていえば不用意なんだけど、その時もリンダとホテルで会ったんでしょ?
 
長谷部:リンダは、“私、日本の政府って嫌いだわ”って言ってたけど、そりゃ大麻を持って来る方が悪いだろって。
 
東郷:すごい会話ですね(笑)。

以下、PART.3へ続く

ミュージック・ライフ完全読本

『ミュージック・ライフ完全読本』

発売日:2018/04/12
サイズ:B5判
ページ数:176P

1,800円(税込)

RELATED POSTS

関連記事

この記事についてのコメントコメントを投稿
  • ターキータッキー さん投稿日時 2018.11.10 04:08

    長谷部さんは凄い人なのに、裏方に徹する職人のような方なんですね。欲のようなものが殆ど感じられない。本当にカメラや写真が大好きで、それで食っていければ十分といったスタンスで、それ以上のことは望まれないのでしょうね。だからこそ、シンコーミュージックやミュージシャンに信頼されていたのでしょう。以前にジミヘンとのショットを見た時には絶句しました。

ミュージック・ライフが見たクイーン

ミュージック・ライフが見たクイーン

3,086円
麗しき70年代ロック・スター伝説 8ビートギャグ リターンズ

麗しき70年代ロック・スター伝説 8ビートギャグ リターンズ

1,620円

ページトップ