ニール・ヤングのマネージャーを52年間務めたエリオット・ロバーツが76歳で死去
1967年から現在に至るまで、ニール・ヤングのマネージャーを務めていたエリオット・ロバーツが、6月21日に76歳で亡くなりました。死因は明らかにされていません。
ロバーツは、1985年までジョニ・ミッチェルのマネジメントを手掛けていましたが、そもそもはニール・ヤングがメンバーだったバッファロー・スプリングフィールドが1968年に解散した後、ミッチェルの説得により、ヤングのマネージャーに就任しました。
その他にも、クロスビー・スティルス&ナッシュや、アメリカ、トム・ペティ、トレイシー・チャップマン、ザ・カーズ、ボブ・ディラン、トーキング・ヘッズ、ディーヴォなど、ロバーツがマネジメントしたアーティストは数多く、敏腕マネージャーとして知られていました。
また、デヴィッド・ゲフィンと共に〈ゲフィン・ロバーツ・カンパニー〉を立ち上げ、1971年にはゲフィンがアサイラム・レコードを設立。イーグルスやジャクソン・ブラウンの作品を世に送り出し、1973年にはエレクトラ・レコードと合併。その後ロバーツは〈ルックアウト・マネジメント〉を設立しています。
ロバーツは、ニール・ヤングの政治的活動もサポートし、映画やビデオのプロジェクトではヤングのクリエイティヴなコラボレーターとしても活躍し、1995年にはヤングと〈ヴェイパー・レコーズ(Vapor Records)〉を設立しました。
またヤングは、2013年に出版した回顧録『ニール・ヤング自伝(原題:Waging Heavy Peace)』(邦訳/白夜書房刊)の中で、ロバーツについて言及しており、「俺が毎朝新しいアイディアと共に目覚めるように、彼は毎朝、俺のプロジェクトで発生した問題の新たな解決法を思い付いている。それが俺たちのパターンだ」と綴っています。
ロバーツの訃報を受け、ヤングは自身ウェブサイトで次のように発表しました。
「50年来の友人だったエリオット・ロバーツが他界した。俺たち全員が悲嘆に暮れているが、エリオットがどれだけ素晴らしい人物だったかを伝えたい。彼は常に自分以外の人間を優先して考えていた。50年以上にわたる愛と笑いに満ちた友人関係の中で、俺の人生をマネジメントし、音楽ビジネスにおいて我々の芸術を守ること、彼がしてくれたのはそういうことだった。
ビジネスにおいて、エリオットはあらゆる面で俺を導いてくれた。俺たちは毎日話し、俺から日に何度も電話をかけ、口論し、話し合い、計画を立て、それを分かち合っていた。彼は俺のためにそこにいて、俺の音楽を守ってくれた。エリオット・ロバーツは史上最も素晴らしいマネージャーだった。ギグで会おう、エリオット」
ご冥福をお祈りします。
ロバーツは、1985年までジョニ・ミッチェルのマネジメントを手掛けていましたが、そもそもはニール・ヤングがメンバーだったバッファロー・スプリングフィールドが1968年に解散した後、ミッチェルの説得により、ヤングのマネージャーに就任しました。
その他にも、クロスビー・スティルス&ナッシュや、アメリカ、トム・ペティ、トレイシー・チャップマン、ザ・カーズ、ボブ・ディラン、トーキング・ヘッズ、ディーヴォなど、ロバーツがマネジメントしたアーティストは数多く、敏腕マネージャーとして知られていました。
また、デヴィッド・ゲフィンと共に〈ゲフィン・ロバーツ・カンパニー〉を立ち上げ、1971年にはゲフィンがアサイラム・レコードを設立。イーグルスやジャクソン・ブラウンの作品を世に送り出し、1973年にはエレクトラ・レコードと合併。その後ロバーツは〈ルックアウト・マネジメント〉を設立しています。
ロバーツは、ニール・ヤングの政治的活動もサポートし、映画やビデオのプロジェクトではヤングのクリエイティヴなコラボレーターとしても活躍し、1995年にはヤングと〈ヴェイパー・レコーズ(Vapor Records)〉を設立しました。
またヤングは、2013年に出版した回顧録『ニール・ヤング自伝(原題:Waging Heavy Peace)』(邦訳/白夜書房刊)の中で、ロバーツについて言及しており、「俺が毎朝新しいアイディアと共に目覚めるように、彼は毎朝、俺のプロジェクトで発生した問題の新たな解決法を思い付いている。それが俺たちのパターンだ」と綴っています。
ロバーツの訃報を受け、ヤングは自身ウェブサイトで次のように発表しました。
「50年来の友人だったエリオット・ロバーツが他界した。俺たち全員が悲嘆に暮れているが、エリオットがどれだけ素晴らしい人物だったかを伝えたい。彼は常に自分以外の人間を優先して考えていた。50年以上にわたる愛と笑いに満ちた友人関係の中で、俺の人生をマネジメントし、音楽ビジネスにおいて我々の芸術を守ること、彼がしてくれたのはそういうことだった。
ビジネスにおいて、エリオットはあらゆる面で俺を導いてくれた。俺たちは毎日話し、俺から日に何度も電話をかけ、口論し、話し合い、計画を立て、それを分かち合っていた。彼は俺のためにそこにいて、俺の音楽を守ってくれた。エリオット・ロバーツは史上最も素晴らしいマネージャーだった。ギグで会おう、エリオット」
ご冥福をお祈りします。
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