
名盤の立役者・トミー・リピューマ 第1&2回(全10回)
フィル・スペクター “サウンドの壁”

3月29日に発売になった新刊『トミー・リピューマのバラード ジャズの粋を極めたプロデューサーの物語』は、1960年代からブルー・サム〜A&M〜ワーナーなどで数多くの名盤を手がけたプロデューサー、トミー・リピューマの評伝です。著者は自らもオルガン/キーボード・プレイヤーとしてジャズ/ポピュラー音楽界で著名なベン・シドラン。すでに複数の著作も上梓している作家としての横顔も持つ彼が、トミー・リピューマの人物像を軸に、音楽業界の裏側や名盤の舞台裏を包み隠さず描いた一冊です。
そして第2回・マイケル・フランクス『アート・オブ・ティー』は、ワーナーミュージックライフで同時公開。こちらもぜひお読みください。
WMLでの第2回・マイケル・フランクス『アート・オブ・ティー』はこちら。

名伯楽と謳われたトミー・リピューマにも、駆け出し時代はありました。1960年代半ば、ハーブ・アルパートがA&Mを設立、リピューマは5番目の社員として雇われ、数々の作品のプロデュースに携わることになります。サンドパイパーズの「グアンタナメーラ」を手始めに、クリス・モンテス、クロディーヌ・ロンジェ、そしてロジャー・ニコルスの名盤『ロジャー・ニコルス&スモール・サークル・オブ・フレンズ』など。しかしその裏で、ソニー&シェールのソニー・ボノとのつながりから、フィル・スペクターとも親交を持つことに。フィル・スペクターは言わずと知れた天才/鬼才プロデューサー。“サウンドの壁” を作り上げていく様をスタジオで目の当たりにし、ミュージシャンたちを盛り上げてやる気を出させる雰囲気作りや、エンジニアとしてのテクニックに磨きをかけ、作品作りの技を身につけていったのです。
以下、『トミー・リピューマのバラード ジャズの粋を極めたプロデューサーの物語』より引用。
「彼が複数のトラックをどのようにまとめているか、見ることができた」とトミー。「フィルの作品は “サウンドの壁” と呼ばれていたけど、それは録音された演奏とアレンジに圧倒的な迫力があったからね。でもその要因のひとつが、ゴールドスターにあった素晴らしいエコー・チェンバーさ。そこに音が吸い込まれると、反響音がその2倍、3倍になって跳ね返ってくるんだ」
「もうひとつの要因は、フィルのマルチトラッキングの技術だ。当時はまだ3トラックの時代で、より大きなサウンドを作り出すためには1台目の3トラックからもう1台の方に二重にかぶせて、その部分に厚みを加えるんだ。ただ、その過程において “一世代” 音が劣化するから、失うものが出てくる。その操作を繰り返すたびに、得られるものが劣化してしまうという弱点を避けることができなかった。その弱点を克服するため、フィルは機械による電気的加工に頼る代わりに、常に3、4人のギタリストを雇って同じパートを生で演奏させていたんだ。その方法で、音質を損わずに迫力を出すことが可能になった。加えて、多くの演奏者がいるとそれぞれのギター音に少しずつ自然なズレが生じてきて、このズレによって独特の味わいが加わり、彼の “サウンドの壁” が初めて完成するというわけなのさ」
フィルは凝り性というか周到な性格の持ち主で、録音のパートを演奏者に何回も繰り返させていた。それも、時には40回、50回、60回と、彼が納得できるまで繰り返させるのだ。「当然ミュージシャンも疲れて、うんざりしてしまうのだけれど」とトミーが説明する。「フィルはユーモアのセンスが抜群で、演奏者たちが疲れを忘れて最後までついてきてくれるコツを心得ていた。レコーディング中、彼はしっかりとメリハリを保っていた。指揮を執るプロデューサーの熱意に演奏者たちが応えてくれるような雰囲気づくりが非常に上手だったことは、大いに学ぶべき点であると強く印象づけられたよ」。プロデュースとは個人の才能が大いに関係していると同時に、いい人間関係を保つことも同等に重要であって、自分のヴィジョンを伝えなければならないし、演奏者たちにも自分が伝えようとしているヴィジョンを同様に大切に感じてもらう必要がある。
フィルは紛れもなくドラマチックなスタイルの持ち主だった。それはプロデュースの仕事においても、プライヴェートの生活においても言えた。しかし、トミーや自分の気の置けない仲間たちといる時は正反対に振る舞い、ほとんど控えめな存在だった。フィルは実際にはとてもシャイな性格の持ち主で、自分自身がセレブリティとして扱われているのが本当は苦手だった、とトミーは感じていた。
(中略)
フィルにはそんな間の抜けたところもあったが(註1)、経験豊かなプロデューサーであり、トミーのスタジオ・ワークを改善するような知識を授けてくれた。ある日トミーがミキシング作業をしている時に、フィルが立ち寄った。トミーはミックスしている音のヴォリュームをかなり上げて聴いていたが、再生が終わると、フィルにヴォーカリストとリズム・セクションの音のバランスはどうか、と尋ねた。するとフィルは「もっと小さな音で聴いたことがあるか?」と言った。低いヴォリューム・レベルで聴いたほうが、音楽のさまざまな要素を聴き分けやすいとトミーに教えてくれたのは、フィルが初めてだった。それ以来、トミーはヴォリュームを低くしてミキシングをするようになった。
スペクターは大の飛行機恐怖症で、過去の搭乗時に騒動を起こし、航空会社から搭乗禁止を言い渡されたことがあったり、自分が乗った飛行機が落ちないことを納得するためによくわからない理屈を持ち出したりするようなところもあった。またリピューマがスペクターの引っ越し祝いに送った荷物を、自分を脅すマフィアからの爆弾だと勝手に思い込んで、執事のアルバートとともにひと騒動繰り広げたことも。スペクターのそうした変わり者な側面についても本書では触れられている。

フィル・スペクター
『ウォール・オブ・サウンド:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・フィル・スペクター 1961-1966』
CD(2011/11/2)¥1,572
WMLでの第2回・マイケル・フランクス『アート・オブ・ティー』はこちら。
第3&4回は、それぞれジョージ・ベンソンとザ・ローリング・ストーンズをWMCとMLCで取り上げます。5月14日公開。どうぞお楽しみに。

アメリカの音楽界だけでなく、日本のポップス・ミュージック・シーンにも多大な影響を与え、AOR、シティ・ミュージックの先駆者である今は亡き名プロデューサー、トミー・リピューマ。グラミー賞に33度ノミネートされ、5度受賞。彼のプロデュースしたアルバムは7,500万枚以上の売り上げを記録している。彼が携わったImperial, A&M, Blue Thumb, Warner Bros., A&M/Horizon, Elektra, GRP/Verveというすべてのレーベルから、彼が手掛けた代表的な楽曲を収録した、未亡人公認のオムニバスCD。ジョージ・ベンソン、マイケル・フランクス、マイルス・ディヴィス他アーティストの数々の名曲を収録。AORファン、フュージョン・ファン垂涎の貴重な写真を収録したブックレットが付いた、3枚組CD。
ブックレットには、マイルス・デイヴィス、マイケル・フランクス、ダイアナ・クラール、ドクター・ジョン、サンドパイパーズ、クロディーヌ・ロンジェ、ニック・デヵロ、アル・シュミットなどと撮影された、音楽史的に大変貴重な写真の数々を収録。

●トミー・リピューマ・プロフィール
1936年7月5日生まれの音楽プロデューサー、オハイオ州クリーヴランド出身。ジョージ・ベンソンはじめ、アル・ジャロウ、マイケル・フランクス、マイルス・デイヴィスやダイアナ・クラール等、ジャズ/クロスオーヴァー/AORの名盤とされる作品を数多くプロデュース、グラミー賞の受賞作も多数。2017年3月13日に他界、享年80。
その生涯をベン・シドランがまとめたのが評伝『The Ballad Of Tommy Lipuma』(2020年刊)で、邦訳版『トミー・リピューマのバラード ジャズの粋を極めたプロデューサーの物語』(弊社刊)として発売中。

トミー・リピューマのバラード ジャズの粋を極めたプロデューサーの物語
BOOK・2021.03.03
3/29発売 ジャズやポップスの名伯楽トミー・リピューマ波乱万丈な人生を、ベン・シドランが綴る〜『トミー・リピューマのバラード ジャズの粋を極めたプロデューサーの物語』

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