新刊『BURRN! PRESENTS 追悼:エース・フレーリー』本日発売。内容チラ見せ+追悼ミュージック・ライフ写真館再訪

昨年10月16日に他界たエース・フレーリー。それを受け制作された、弊社新刊『BURRN! PRESENTS 追悼:エース・フレーリー』が本日発売になりました。

何しろ “BURRN! PRESENTS” ですから! 恐らく世界で一番KISS〜エース・フレーリーに近い雑誌媒体と言って間違い無いでしょう、それだけにファンにはマストな、濃密な内容となっています。本日発売ということで、以下に誌面の一部をチラ見せ! ファンの皆さんはどうぞお買い忘れなく!!

そして他界後間もない11月25日に公開した、オリジナル・パーソネルでの70年代来日時写真を中心に構成した「ミュージック・ライフ写真館」を再訪。在りし日のエースの融資を改めてご覧いただきます。

シンコー・ミュージック・ムック BURRN! PRESENTS 追悼:エース・フレーリー

シンコー・ミュージック・ムック

BURRN! PRESENTS 追悼:エース・フレーリー

2025年10月16日に逝去した永遠のスペースマン、エース・フレーリーの追悼本が、彼の生誕日にあたる4月27日に登場!!

2万5,000字を超えるジーン・シモンズの超ロング・インタビューをはじめ、歴代メンバーや所縁あるミュージシャン、関係者たちがエースの人生を振り返る独占インタビューを一挙掲載!

70年代、80年代、90年代、そして今世紀の貴重なインタビューを復刻!

KISS時代からソロ活動期までを網羅した完全ディスコグラフィ、詳細にわたる完全バイオグラフィ、秘蔵写真満載のグラビアなどなど、アーカイヴも新たな記事も満載の永久保存版!!


【書籍情報】
シンコー・ミュージック・ムック

BURRN! PRESENTS
追悼:エース・フレーリー


A4判/192頁/定価3,500円(本体3,182円)/4月27日発売

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【ミュージック・ライフ写真館】

さよならエース・フレーリー〜オリジナルKISS来日時の勇姿と素顔

【ミュージック・ライフ写真館/ML Imagesライブラリー 撮影:長谷部 宏、David an pix : Koh Hasebe, David Tan / ML images / Shinko Music】

エース・フレーリーが10月16日に亡くなってから、早1ヶ月。スタジオでの転倒事故に遭いながらも、早期の活動再開を宣言していただけに、こんなにも早く永遠の別れが訪れてしまうとは…。そんなエースへの追悼の意を込めて、懐かしの初&2度目の来日時に撮影された写真を、ミュージック・ライフ・アーカイヴから掘り起こしてみました。

1977年3月・熱狂の初来日公演

KISSの初来日公演は1977年3月に実現しました。日程は以下の通り。

3月24日・25日/大阪厚生年金会館
3月26日/京都会館
3月28日/名古屋・愛知県体育館
3月30日/福岡・九電記念体育館
4月1日・2日・4日/東京・日本武道館

計9公演が(4月2日の武道館公演は昼・夜の2回)行なわれ、『ミュージック・ライフ』は初日の大阪公演を早速レポート取材。その模様は同年5月号に掲載され、その熱狂ぶりを伝えています。武道館でのライヴがNHK『ヤングミュージックショー』で放送されたことによって全国のキッズにあまねく伝わり、影響されてバンドを始めてしまったという人が続出。中でもちょっと内股気味で、気怠そうな目つきをしながら、グルーヴたっぷりな“間”と歌えるフレーズでシャープなギター・プレイを聴かせるエース。彼に憧れてギターを始めた!というプロ・ギタリストの多さたるや。今の常識からすると速弾きと言えるほど速くはないですが、物理的なリズムを超えたスピードとスリルを感じさせるプレイは今聴いてもゾクゾクさせられます。これらの写真を見るだけでも「うーん、かっこいい」と唸らされますね。

ちなみにこの頃の表記は “エース・フューレイ” だったので、当時を知るファンの方にはフレーリーよりもフューレイ呼びの方がしっくり来るでしょうか? さらに言うと、後述するML初会見の記事では “エース・フューリー” 表記、『地獄のさけび』のジャケットには “エイス フューリ” とカタカナで書いてありましたね。

こちらは同年3月18日、メンバーが羽田空港に到着した際のショットです。彼らが乗ってきたパンアメリカン航空の飛行機にはKISSのロゴが。そして空港にはファンが集結。誌面には「ファンの数は3000人にも及び〜」と書いてあります。中クラス規模のライヴ会場が余裕で埋まるほどの人が集まったわけですか…。

1978年3月・2度目の来日公演

伝説的な初来日からちょうど1年後、1978年に2度目の来日。今度は東京のみの開催で、日本武道館で3月28日から4月2日まで5公演を行なっています。その写真がこちら。

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エースといえば、ネック・ピックアップの位置から煙が出る演出が有名ですが、下段右の写真だと仕掛け入りギターを使っていることが一目瞭然ですね。「ギターから煙が出るとかロケットが発射されるとか、冷静に考えたら意味ないし無駄でしょ? でもロックに無駄って大事なんだよね」とは筋肉少女帯の橘高文彦氏の言葉です。

エースの素顔は “こんな感じ”?

ここからはオフ・ステージでのエースを見てみましょう。まずは、KISSがまだ日本上陸を果たしていなかった時期の記事から。『ミュージック・ライフ』誌がKISSを初直撃したのは、1975年10月号掲載の “キッス初会見” において。「ロサンゼルスでインタビューの約束をしていたはずなのに、キッスのメンバーはニュー・アルバムのレコーディングのためにニューヨークにいるという」そうです。それでも取材陣はアメリカ大陸を横断して彼らのもとに向かったんですね…。ちなみにメンバーにまず対面した場所はニューヨークのエレクトリック・レディ・スタジオで、そこでメンバーと共に作業していたプロデューサーは、かのエディ・クレイマー。インタビュー終盤で次のアルバムの内容について訊かれたポール・スタンレーは、「2枚組のライヴ・アルバム」と応えています。そう、『アライヴ〜地獄の狂獣』ですね(当初の邦題は『地獄の狂獣/キッス・ライブ』)。

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スタジオ内では素顔だったというメンバーも、ニューヨークの街中で写真撮影する際にはしっかりメイクアップ。「道行く人達が足を止めて、一時は交通もマヒしてしまったというほどの人だかりであった」そうです(オイオイ…)。そんな取材に撮影されたのが下の1枚目。誌面未掲載のエースです。ステージ衣装に比べればラフな服装ですが、ワイングラスにちょっと口を付ける様がクール! メイクを差し引いても絵になるミュージシャンです。

対して2枚目は、1976年6月号で「キッスの素顔を想像で描こう」コンテスト(同年3月号で募集)の入賞作品を発表した際のもの。↓こちらが当時の誌面です。

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記事の大見出しは “This is the KISS unmasked!!” ──この4年後に『Unmasked(仮面の正体)』というアルバムが発表されることを考えると、なかなか深いタイトルですね! まあ、そのアルバムでも別に素顔を公開するわけではなかったわけですが。選抜された優秀作品を手にしてのエースのコメントは「フムフム、似てる似てる。この人、僕の本当の顔みたことあるんじゃないかな」。KISSの中でもエースがイケメン枠で捉えられていたことが、イラストから何となく伝わってきます。それにしてもジーンのイラストに関しては、素顔がどうとか似てるとかそういう問題ではなく、「す、すげぇ…」としか言いようがないわけでありますが(笑)。

1977年、ステージ外のエース

こちらは1977年来日時のオフステージ。左写真では、エースが来日直前の『ミュージック・ライフ』初表紙を飾った同年4月号を手にしています。右写真はBOWWOWの斉藤光浩(vo, g/左から2人目)、佐野賢二(b/左から3人目)を交えたショット。BOWWOWは日本武道館公演でのオープニング・アクトを務めたのでした。

バンド内部は問題山積みながらも…?

ここからの写真は1978年6月号用の取材時に撮られたもの。同年の来日特集第2弾として、前月号のレポートに続いて特写やインタビューで記事が構成されていました。

キッスは1977年度の『ミュージック・ライフ』人気投票でもグループ部門、個人別部門の両方を総ナメ。この時、メンバーに渡されたのが記念の盾でした。当時の誌面だとフォーカスされるのはポールとジーン・シモンズに比重が寄っている感もありますが、エースもベスト・ギタリスト部門で読者への人気の高さを見せつけていました。

その下に3連弾で掲載したのは、メンバー4人がライオン&恐竜と戯れている写真です。他の3人に比べてエースのリアクションがちょっと控えめに見えるのは気のせいでしょうか。それにしても、この撮影コンセプトは一体どこから出てきたのでしょうか…? ジーンがゴジラ好きなのは有名ですし、実際にゴジラのスーツと記念撮影したことがありますが、これはゴジラではありません。ネット上では某特撮ヒーロー番組に出ていた恐竜のスーツなのではないかと推察しているファンの方もいらっしゃいますが、現在の編集部には当時を知る人がいないので、これは追跡調査する必要がありますね(本気か?)。

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さて、そんな楽しげなトピックの数々が掲載されたこの号、記事の内容も全編ハッピーかと言えばそうでもなく、2部構成となったインタビューにはやや不穏な匂いも。誌面を飾る言葉は「来日以前から日本公演後は活動を中止する」「解散の噂がささやかれている」などと物騒なものばかり。不敵な笑顔でMLの取材に応じてくれていたエースも、水面下ではメンバー(ポールとジーン)との間に溝が出来ていたようで、当面はライヴ活動を停止することについてインタビューで触れられているのも、こういったバンド内人事の影響でした。この後バンドはピーター・クリスの脱退に端を発し、セールスの低下など、様々な問題が表面化していくことになります。エースが脱退するのは1983年とまだ先のことですが、人間関係の悪化に加えてミュージシャンとしてもソロ指向が強くなったりと、KISSに対する情熱は低下。結果的にほぼほぼポール・スタンレーとジーン・シモンズの2頭体制になっていく変革期に突入してしまったのです。もちろん2度目の来日コンサートは大盛況、よりスケール・アップしたパフォーマンスでファンを圧倒したわけですが、そういった舞台裏を知った上でこれらの写真を眺めていると、なんとも不思議な感慨が湧いてきます。

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エースはフレーリーズ・コメットやソロなどの活動を経て、1996年にオリジナル・ラインナップでの奇跡のKISSリユニオンに参加。10数年ぶりに “KISSのエース” が復活するものの、さほど長続きもせず、2002年以降 “スペースマン” のメイクはトミー・セイヤーへと受け継がれ、以後エースがKISSに戻ることはありませんでした。近年はKISSのメンバーとは付かず離れず、時折コラボすることもありましたが、あくまで自分のソロ活動をマイペースで続けていました。常にロック・ギターの最もロック・ギターらしいプレイを聴かせ続けてくれたエース。もう一度ここ日本でライヴを観てみたかったです(筆者も2017年の最後の来日公演を見逃しているので…)。

星に還っていったスペース・エース。その勇姿が色あせることはないでしょう。エース・フレーリーよ、永遠なれ!

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「ミュージック・ライフ写真館」では、こうして弊社のライブラリから、当時誌面を賑わせた/未公開のままだった写真を公開しています。クイーン、レッド・ツェッペリンなど、過去の公開分も併せて是非お楽しみください!

過去の「ミュージック・ライフ写真館」はこちら。

1960〜90年代にかけて、雑誌『ミュージック・ライフ』は、フォトグラファー長谷部 宏氏を中心にした撮影陣で、数多くの海外アーティストの写真を撮り続けて来ました。60年代にはビートルズ、70年代にはクイーン、KISS、チープ・トリック、ジャパン、80年代にはボン・ジョヴィやデュラン・デュラン……などなど、撮りためたポジ・フィルムやプリントは、数十万枚にも及ぶ量になります。しかもその貴重さは世界的レベルのため、海外からのリクエストも絶え間なく寄せられています。

現在我々は、そのコレクションを「ML Images」と名付け、膨大な量の写真を地道に整理整頓しつつ、貸し出すサービスを行なっており、ライブラリへアップロード済みの画像は目下約3万点で、現在も増え続けております。ご利用をご希望のメディア/展示スペースの方は、弊社までご連絡いただければ、具体的なご希望がない場合でもスタッフがお応えいたします。お気軽にご相談ください。メールはこちらから。

※個人の方へのご提供は行なっておりません。
ビートルズやクイーンを始め、60年代から80年代に活躍した洋楽アーティストの最新ニュース、ライヴ・スケジュールや本やCDの発売情報を平日は毎日更新、会員の皆様には週2回のメールマガジンで最新ニュースをお届けしています。会費は無料、皆様ぜひご登録を!
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