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ザ・ホリーズ、その60年余りのツアー・バンドとしての歴史に遂に幕を下ろす

ザ・ホリーズは1968年4月初来日。日本滞在時の詳細は『ミュージック・ライフ』1968年6月号に掲載されている。
8月20日、ザ・ホリーズは公式声明を出し、バンドのオリジナル・ギタリストであるトニー・ヒックスが、健康上の理由によりツアー活動を引退すると発表しました。グループに在籍するもう一人の古参メンバーであるドラマーのボビー・エリオットも、長年のバンドメイトに連帯して同様に引退すると付け加え、英国ポップス界で最も長くツアー活動を続けてきたバンドのひとつが、63年にわたるその歴史に幕を下ろすこととなりました。
「これまで60年以上にわたり、世界中で応援してくださったファンの皆様に心からの感謝を捧げつつ、ザ・ホリーズはツアー活動を終えることになります」というのが公式発表の文言です。

ザ・ホリーズは、幼なじみの親友同士だったアラン・クラークとグラハム・ナッシュによって1962年にマンチェスターで結成されました。1950年代の空前のスキッフル・ブームの中、当初の彼らはジ・エヴァリー・ブラザーズを目指すヴォーカル&ギター・デュオでした。2人はユニットのままザ・フォートーンズ、ザ・デルタズといったバンドと組んで活動を続け、メンバー・チェンジを経てザ・ホリーズを名乗るようになります(ちなみにザ・ホリーズという名前はクリスマスのヒイラギの飾りにちなんでいるという説と、バディ・ホリーにちなんでいるという説があるようですが、ナッシュは2009年に「クリスマスとバディ・ホリーの両方にちなんで名付けた」と記しています)。

1963年1月、リヴァプールのキャヴァーン・クラブでライヴを行なったザ・ホリーズは、パーロフォンでザ・ビートルズの最初のセッションのアシスタント・プロデューサーを務めていたロン・リチャーズの目に留まり、レーベル契約を懸けてアビー・ロード・スタジオでオーディションを受けることになりました。ところがプロになる気がなかった当時のギタリストが辞めてしまい、ナッシュとクラークはザ・ドルフィンズというティーンエイジ・バンドで活動していたエリオットとヒックスに目をつけます。「ちょうどザ・ホリーズがデビューできるかどうかっていうところで、彼らはギタリストを必要としてたんだ」とエリオットは後に振り返っています。「それで彼らのマネジャーがしょっちゅう僕らのところに来て、しつこく口説き続けてたんだよ。『トニー、ザ・ホリーズっていう新しいバンドなんだけどさ、キミ絶対入るべきだよ。アビー・ロード・スタジオでオーディションをやるんだぜ!』ってね」。1963年2月、ヒックスは加入を承知しました──ただしエリオットも入るなら、という条件付きで。かくして同年8月にエリオットも加入、更にベーシストのエリック・ヘイドックが加わり、バンドのクラシック・ラインナップが完成したのです。

ヒックスの加入を受けて、クラークとナッシュはすぐにトリオによるソングライティングを開始し、彼らの作り出す独特な3声のハーモニーによって、バンドはたちまち多くのリスナーを惹きつける存在となりました。彼らは1966年から1974年にかけて、「I’m Alive」「Bus Stop」「He Ain’t Heavy, He’s My Brother」「Stop Stop Stop」「The Air That I Breathe」等、トップ40入りしたシングル10曲を含む数々のヒット曲を連発し、アメリカ音楽界におけるブリティッシュ・インヴェイジョン時代で最も成功したバンドのひとつとなったのです。
The Hollies - Bus Stop (1967)
The Hollies: He Ain’t Heavy, He’s My Brother (2019 Remaster Video)
I'm Alive - The Hollies
1966年に全米最高位第5位を記録し最大のヒットとなった「Bus Stop」を引っ提げ、ザ・ホリーズはアメリカ国内ツアーを行ないました。そのツアーのさなかに、ナッシュはスティーヴン・スティルスとデヴィッド・クロスビーと出逢ったのです。

彼らは、スティルスの書いた「You Don’t Have to Cry」を一緒に歌うという運命的な瞬間を経て、後に画期的なトリオを結成することになりました。ナッシュによれば、彼らは歌い出してから「みんなでピタッと止まって、それからゲラゲラ笑い出したんだ。僕らには分かったんだよ、あの時自分たちの人生が変わったってことがね」。「You Don’t Have to Cry」は後に、1969年のアルバム『Crosby Stills and Nash』に収録されています。

「僕には分かってた、イギリスに戻ったら、ザ・ホリーズを離れて、あのサウンドを追いかけなきゃならないって」とナッシュは『On』誌に語り、「そして、僕はその通りにしたんだ。……今でもそれが正しい選択だったと信じているよ」と続けました。1968年の彼の離脱を受け、結果としてザ・ホリーズは、ヒックスとエリオットに率いられ、その後も数十年にわたって息長く活動を続けていくことになったのです。

クラークが2000年にバンドにおけるパフォーマンス活動を引退した後も、ヒックスとエリオットはずっとバンドに籍を置き続け、ここ20年の間にラインナップにはシンガーのピーター・ハワース、ギタリストのスティーヴ・ローリ、ベーシストのレイ・スタイルズ、キーボード奏者のイアン・パーカーが加わりました。彼らの最新アルバムは2009年にリリースされた『Then, Now, Always』です。

彼らは2010年にロックの殿堂入りを果たしましたが、ザ・ホリーズにはその晩、以前から予定されていたコンサートがあったため、ヒックスとエリオットは授賞式に出席しませんでした。

故フー・ファイターズのドラマー、テイラー・ホーキンスは2017年、「The Air That I Breathe」を「自分が作曲したかった曲5選」のひとつに挙げていました。また、この曲はレディオヘッドの「Creep」に多大な影響を与えたことでも知られており、作詞作曲者のアルバート・ハモンドとマイク・ヘイズルウッドは、後年同曲のクレジットに名を連ねることとなりました。

そして、彼らの「He’s Not Heavy, He’s My Brother」は、1988年に再リリースされた際、全英シングル・チャートで1位を獲得しました。ザ・ホリーズはそのキャリアを通じて、現在までに世界中で6,000万枚以上のレコードを売り上げています。

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