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元ジョーイ・ディー&ザ・スターライターズ/ザ・ラスカルズのデヴィッド・ブリガティ死去

商品詳細 Joey Dee & The Starliters
『Hey Let's Twist! The Best Of Joey Dee & The Starliters』
Amazon music(OCT 09 2009)

1990年発売のベスト盤のジャケットより。
右端がデヴィッド・ブリガティ。右から3人目がリーダーのジョーイ・ディー。

3月7日、1960年代のロックとソウルのサウンドに密接な関わりを持っていたデヴィッド・ブリガティが亡くなりました。享年85。
1940年10月29日生まれのブリガティは、ニュージャージー北部で育ち、1950年代後半のドゥーワップ・ブームのさなかにライヴ活動を始めました。彼が最初に注目を集めたのは、ザ・ハイ・ファイヴスというヴォーカル・グループのリード・シンガーとして、デッカ・レコードから1958年に出したレコード「Dorothy」です。この曲はニューヨークとフィラデルフィア・エリアでのローカル・ヒットとなり、ブリガティは売り出し中の若きヴォーカリストとしてその名を知られるようになりました。

ブリガティは間もなくジョーイ・ディー・アンド・ザ・スターライターズに加入し、より大きなスポットライトの中へと踏み出します。グループのリード・シンガーのひとりとして、彼は1960年代前半に彼らが博した人気の原動力となりました。1962年、グループはシングル「Peppermint Twist」でビルボード・ホット100の1位を獲得して大きな成功を掴み、この曲は今もツイスト・ダンス流行期の代表曲のひとつとして認定されています。

ブリガティは後にザ・スターライターズを脱退しますが、彼の影響は別の人気グループへと引き継がれて行きました。彼の弟、エディ・ブリガティが仲間のミュージシャンたちとザ・ヤング・ラスカルズ(後にザ・ラスカルズと改名)を結成したのです。
 
デヴィッド・ブリガティは頻繁に彼らとコラボレーションを重ね、数々のレコーディングでバックグラウンド・ヴォーカルやアレンジメントに協力しました。グループの音楽との密接な関わりから、多くのファンやミュージシャンたちが彼を「5人目のラスカル」と呼んでいたほどです。

ザ・ラスカルズとしての1作目、1968年の『Once Upon a Dream』では、アルバム最後を飾る「Finale: Once Upon a Dream」でデヴィッド・ブリガティがリード・ヴォーカルを執っています。

ブリガティのキャリアは60年代以降も続き、70年代に入ってからも弟とのコラボレーションを含め、様々なプロジェクトやコラボレーションに関わっていました。
 
1997年、ザ・ラスカルズがロックの殿堂入りを果たした際、ブリガティはメンバーたちとステージ上で再会を果たします。この時のパフォーマンスは彼の同グループと、アメリカのポップ・ミュージックを形成した一時代との長きにわたる関わりのハイライトとなりました。

ブリガティの音楽業界でのキャリアは数十年にまたがっていますが、そのレガシーの中心はやはり初期のロックとソウルに対する貢献ということになるでしょう。彼の訃報に接した多くの友人たち、ミュージシャンたち、そして長年のファンの間からは、遺族に対して続々とお悔やみの言葉が寄せられています。

下に掲載したラスカルズのSNSでは、弟のエディ・ブリガティから兄に捧げたメッセージも掲載されています。

安らかなる眠りをお祈りいたします。

商品詳細
ザ・ラスカルズ
『イッツ・ワンダフル!:ザ・コンプリート・アトランティック・レコーディングス』


Amazon(2024/6/5)輸入盤・7CDs
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