ボブ・ディラン『ラフ&ロウディ・ウェイズ』海外誌レヴュー翻訳第2弾。『MOJO』誌でもファイヴ・スター!

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昨日の第1弾『ガーディアン』誌レヴューに続きまして、ボブ・ディランの新作『ラフ&ロウディ・ウェイズ』今度は英国の音楽専門誌『MOJO』が掲載した五つ星のレヴュー、その翻訳全文をお送りします。
 

〈以下メイカー・インフォメーションより〉

 

『MOJO誌』は、イギリスで1993年に創刊された音楽雑誌。主にクラシック・ロックを特集する月刊誌として手堅い人気と信頼を得ており、ボブ・ディランの新作『ラフ&ロウディ・ウェイズ』がレヴューされファイヴ・スターの最高評価を獲得した。以下はそのレヴューとなる(翻訳:丸山京子)。

『MOJO誌』 ★★★★★

引用といろんな面を含んだ8年ぶりの新しい歌の数々
 
ボブ・ディランにはお抱えのジプシー手相占い師がいるのだろうか? そう思いたくなるくらい、絶妙なタイミングだ。グローバル・パンデミックの最中、彼は新作を発表した。新曲を集めたアルバムとしては8年ぶりだ。世界が予測不能なブラックスワンに見舞われる今、ディランの新曲というノベルティ価値以上に安らぎを感じるのは、世界にインスピレーションが不足している時、それを与えてくれる曲だからである。音楽にインスピレーションを期待しないカルチャー、低下する一方の心に効くワクチンと呼ぶべきか。それとも単に、素晴らしい音楽と呼ぶべきか。
 
彼の39作目となるスタジオ・アルバムに一貫して流れるテーマ。それはホモ・サピエンスがいかに粗雑で乱暴(rough and rowdy)で、最悪のケース、自己破壊的になり、どんなに良くても、せいぜい生き延びるか超越するしかない生き物だということを歌っている。「マザー・オブ・ミューズ」でディランは「たった一人で立ち尽くした英雄たち」ジョージ・パットン陸軍大佐、エルヴィス・プレスリー、マーティン・ルーサー・キングの名を挙げる。一方「アイ・コンテイン・マルチチュード」は、人間の強さと弱さを唱える厳粛な連祷のようだ。アンネ・フランク、ベートーベン、ウィリアム・ブレイク、指輪、血の争い、そして“イギリスの反逆児、ザ・ローリング・ストーンズ”。
 
辛辣なウィットが散りばめられた、ゆっくりとしたブルース・ロック「偽預言者」は誘惑をしておきながら、徳をほのめかすエゴイストのようだ。もしくは根拠や有限の定義で常にレッテルを貼られてきた男からの返答だろうか? 「キーウェスト(フィロソファー・パイレート)」はフロリダ州最南端への賛歌のように始まるが、いつしかテネシー・ウィリアムズを思わせる奇妙な物語へと姿を変える。
 
「マイ・オウン・ヴァージョン・オブ・ユー」で主人公が作り出したいと願うのは、自らの期待を投影した別の誰か。それともこれは、これ以上なく文字通り、ディラン版『フランケンシュタインの花嫁』なのか。こういった魅惑的な多義性は終わることない議論を生み続ける。ディランのファンは彼が初めて「風に吹かれて」以来、ずっとそれを楽しんできたのだ。これら曲は一体、何のことなのか? 彼らは深読みを重ねる、その6分から9分の間。
 
同じことは「あなたに我が身を」にも言える。それは一見、おののくような喜びや驚きを密かに湛える、究極の愛のバラードのようにも思える。が、ディランが「もしも私に雪のように白い鳩の羽根が生えていたなら/私は福音を説く/愛の福音を」と歌う時、彼の愛情の対象は、人間ではないのかもしれないと思えてくる。それがどちらであろうとも、か細く歌われるリード・ヴォーカルは、彼はもはやピュアなメロディを歌えないという神話への反駁である。
 
17分に及ぶエレジー、アルバム最後を飾る「最も卑劣な殺人」は3月、突然ストリーミングされ、ニュー・アルバムの予感を感じさせた。この大作でディランが歌うのはケネディの暗殺(これもまた、誰も予想し得なかったブラックスワンである)という、権力構想の最悪の結果として具現化した “皇室の殺人事件” の詳細だ。シェイクスピアに匹敵する身の毛もよだつ描写。陰謀説をも仄めかす。そして最後の7分では次々と音楽と映画のアイコンたち、曲名、映画タイトル、カルチャーの試金石が羅列され、終わることない悲劇の中でアーティストが救いをもたらす、その役割が浮かび上がる。ディランの長いキャリアにはそれがいっぱいだった。その長いキャリアの中でもこれほど力強い声明はなかった。
 
ディランはその回想録『ボブ・ディラン自伝』で、南北戦争に深い考察をめぐらし、こう書いた。「そこに向けて光を当てれば、人間の性質がいかに複雑なものか、その全貌が見える」。同じことが『ラフ&ロウディ・ウェイズ』にも言える。「マイ・オウン・ヴァージョン・オブ・ユー』で彼は歌う。「私には全人類の歴史が見える」と。名前を挙げ、尊い功績を残した男女を讃える一方で、彼は犯罪者や敵対する者たちの名を挙げることも忘れない。
 
「アイ・コンテイン・マルチチュード」で私たちは思い出させられる。ディランは「矛盾を抱え込んだ男/とんでもない気分屋」なのだ。でもしかし、矛盾はボブ・ディランの作品において、いつだって悠々自適に生きてきた。それはアーティストとしての視野の広さを証明する、新たな証拠でしかなかった。何がすごいかと言えば、まだそれが広がり続けていることだ。誰も思いもしなかったいろんな面(マルチチュード)を見せながら。

〈収録曲〉
Disc One
1.アイ・コンテイン・マルチチュード
2.偽預言者
3.マイ・オウン・ヴァージョン・オブ・ユー
4.あなたに我が身を
5.ブラック・ライダー
6.グッバイ・ジミー・リード
7.マザー・オブ・ミューズ
8.クロッシング・ザ・ルビコン
9.キーウェスト(フィロソファー・パイレート)

Disc Two
1.最も卑劣な殺人

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