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【イベント・レポート】

Yuki Kuroyanagi
「ちゃんと正しいラモーンズ、日本にいたラモーンズの ことを、話したい、伝えておきたいと書いた本です」

「I Love RAMONES Deluxe Edition」発売記念トーク・イベント
2026年5月2日/ジュンク堂書店池袋本店

日本のラモーンズ・ファンクラブ会長にして百戦錬磨のフォトグラファー:Yuki Kuroyanagiさんによる書籍『I Love RAMONES Deluxe Edition』の出版記念として、『Yuki Kuroyanagi写真展 ロックの激情』がジュンク堂書店池袋本店にて6月2日(火)まで開催されています(詳細は下記)。先日はマーティ・フリードマンさんをゲストに招いてのトーク・イベントをレポートしました。

今回お届けするのは──マーティさん登場回(2回目)と順番が逆になってしまいましたが──5月2日(土)に行なわれたトーク・イベント初回の模様。タムラモーンさんの進行によって、Yukiさんがラモーンズについての本を制作することになった経緯などが語られています。

左からYuki Kuroyanagiさんと今回の進行役:タムラモーンさん。

★「これさえ持っていれば」というのが今回の豪華版

タムラモーン:本日はお集まりいただき、ありがとうございます。短い時間ですがよろしくお願いします。ラモーンズ・ファンクラブ会員番号264番のタムラモーンと申します。普段はKidder Friendly Club(キダー・フレンドリー・クラブ)というバンドでギター&ヴォーカルをやったり、個人的にやっているカルチャーマガジン『Don’t Look〜?』とか、編集のお仕事をしてます。ラモーンズが好きです。
 
Yuki Kuroyanagi(以下Yuki):写真展が始まってまだ2日目なんですけど、今まで、〈写真を撮るとき、ラモーンズのメンバーはどうだったのか〉とか、そういう話を一回もしたことがないので、今日は、その辺も含め全部話そうと思います。
 
タムラモーン:ではまず、今から19年前に、最初の著書『I Love RAMONES』を書こうとしたきっかけについて。

2007年発行の『I Love RAMONES』。
(リトルモア刊)

 

Yuki:ちょうどジョニー・ラモーンが亡くなる2004年ぐらいに映画『エンド・オブ・ザ・センチュリー』が公開されました。ご覧になっている方もいると思うんですけど、まあジョニー・ラモーンがほぼヒール(悪役)になってる映画が出来上がり、その映画の公開と同時に亡くなっちゃったんです。

ラモーンズ・ファンクラブは、〈日本のファンとつながりたい〉というジョニーの思いだけで、日本だけに作ったんです。だから、そこまでしてくれたジョニー・ラモーンが悪者のまま亡くなって終わる──それが嫌だなという理由がまず一つ。それからラモーンズのファンクラブに入りたいっていう人がまだまだいて、今も続いてるんです。すごいんですよ。 だからそういう人たちのためにも、ちゃんと正しいラモーンズ、日本にいたラモーンズのことを、話したい、伝えておきたいというのがあって、書きました。

ジョニー・ラモーンは、映画でヒールになることを「俺がヒールになっても、それでラモーンズが評価されるんだったらいい」って言い切ったんですけど、私的には全然嬉しくなくて。日本以外の世界のファンの人たちは、私に会うと「ジョニーってあの嫌なやつだろ?」って言うんですよ。 世界ってこういう風に捉えてるんだな──というのが私はすごく嫌だから本を書きました。

タムラモーン:皆さんもう本を読まれましたか? 最初の『I Love RAMONES』を読もうと思ってメルカリとか探すと20,000円とかとても買えない感じらしいんです。なんとかならないかな──と思ってたら、シンコーミュージックさんから「デラックス・エディション」という形で出していただけると聞いた時は、良かったと思いました。


Yuki:デラックス・エディションにしたのは、ミュージシャンにしても友達にしても、どんどん私より若い人が亡くなっちゃって、このままいくと私だっていつ亡くなっちゃうかわからないから──と考えて、もう一回きちんと残しておかないと、と思ったからなんです。だって、これだけ日本に密着したバンドってほぼいないんですよ。CJラモーンも「日本だけだぞ、こんなの。最後はL.A.のジョニーの墓の前で俺がライヴをやるから、そこにみんな連れて来い」ぐらいのことを真顔で言ってるんですよ、今も。だから日本のファンクラブの目標はそこに向かってやっていこうかなっていう感じですね。
 
タムラモーン:本そのもののお話ですが、前回とこのデラックス・エディションとの差はどういったところがポイントですか?
 
Yuki:まず初版の方は、自分の写真とかプライベートのラモーンズを撮った写真は一枚も入れてないんです。ジョニー・ラモーンは「ラモーンズは革ジャンを着たあのスタイル」というのがポリシーだったので、そこはブレないようにしようと思ったから。ただ、20年経って、SNSで普段の写真とかハロウィンでコスチュームを着てる写真とか、そういったものが出回ってたので、もう諦めてプライベートなものも入れるようにしました。

私の頭の中では、この本は一年、二年で売るものだとは思っていなくて、それこそ十年後に、「新しく好きになった」っていうティーンエイジャーがいた時に、〈これを読むと日本にラモーンズがいたことがわかる〉というものにしたい。もしかして私が病気で死んじゃったりしていても、「ああ、こういう人がファンクラブをやってたんだ。これでジョニーとつながっていて、日本はこういうことになってるんだ」というのがわかるように、プライベート写真とかも少し入れました。そうすれば読んだ子たちがわかるかなと思って。

タムラモーン:もう歴史的な資料ですよね。
 
Yuki:そうです。「正しい姿を伝えろ」って言われてるので正直に書きました。これさえ持ってればっていうのがこの豪華版です。

★渋々作ったファンクラブ、30年経過

今回の “Deluxe Edition” は、2007年の「I Love RAMONES』に未発表写真、ジョニー&ジョーイ・ラモーンの決定版インタビューを加え、さらに判型を大きくして、表紙のラモーンズ・ロゴのピンク色も2度塗りなどの技法で2026年のラモーンピンクにアップデートしている。

タムラモーン:本の中でも語られていますが、まずラモーンズ・ファンクラブを始めたきっかけについてお聞きしてもいいですか?
 
Yuki:ベルリンにあるラモーンズ博物館の店長が、ジョニー・ラモーンが日本が大好きだと語っている記事をSNSにポストしたんです。〈野球場へ行ってもファウルボールをみんなで争って取らない人たち、ユニフォームの革ジャンを着てラモーンズが本当に好きだっていうのがわかる人たち、そして清潔で丁寧でリスペクトがあって、忠誠心もすごい。こういう人種はいない〉という記事(それぐらいジョニーが日本のファンを信用していた)。だから「お前がやれ」と。

ジョニーにすれば言葉の壁があってもファンが話しかけてくると、仁王立ちのまま、「もう一回言ってみろ、もう一回言ってみろ」って言うんです。どんなに英語が間違っていても、ずっと「スローリー、スローリー」と言って聞く。そのぐらいやってくれるんだけど、どうしても言葉の壁があって伝わらない。かといって私が英語ができるわけじゃないのに「お前が(ファンクラブを)やれ」と。多分、こいつならやるだろうと思ったんでしょうけど、最初は「やりたくないよ」と断ったんです。でも「お前は音楽雑誌も作れるのだからやれるだろ」って。それで、「えー」とか言いながら、まあ渋々やったんです。 それで作ったらもう30年経っちゃった。でも皆さんがいてくれるからなんですよ。私、ファンが大好きなんです。自分の分身みたいで。今はもうバンドはいないのに、ファンの熱心さでファンクラブの運営は続けられています。
 
タムラモーン:それが今も続くジョニーイズムですね。それで、そのジョニーとの最初の出会いのきっかけっていうところではいかがでしょうか。
 
Yuki:ラモーンズのファンだったので、ファンレターを書いてニューヨークのサイアー・レコードに出してたんです。88年の二度目の来日の時に、届いているかどうか尋ねたら、全然届いてない──とのことでした。その時はBURRN!の仕事をしていたので、取材の時に廊下で会ったのが初めて。私が全公演行くけどって言ったら、最初は疑ってるようで「お前メディアだろ」って感じだったんだけど、「メディアだけど、ラモーンズ・ファンのメディアだから、5公演全部会社休んで行くよ」って言ったら「ふ〜ん」って。 で、私は(映画)『ロックンロール・ハイスクール』のリフ(ランデル)みたいに中野サンプラザの前に一週間段ボールを敷いて寝泊まりして取ったチケットを持ってたから、その日「私一列目取ったんだ。リフみたいに並んで」って言ったら唖然としてました。当日は "Gabba Gabba Hey" の看板(プラカード)を持って入れなかったんですよ。羽交い締めにされて追い出されちゃって。それで、一列目でTシャツに「You are killer with six strings」って書いたら、ライヴが始まった瞬間にジョニー・ラモーンがそれを読んで吹き出して笑って。でも、曲の途中で笑いながらも、ピックを渡してくれたから良かったのかなって思って──というのが最初ですね。「You are killer with six strings」は英語ができる人に「かっこいいギタリストに響く言葉はないか」って聞いて教わった言葉。<六弦の魔術師よ〜〜>みたいなふざけた言葉だったけど、まぁ印象には残ったみたい。
 
タムラモーン:それがツカミですね。それから文通と言うのもすごい方法ですけど。
 
Yuki:当時は手紙しかなかったんです、SNSもメールもないし。それで住所を教えてくれたんですけど、「じゃあこのパンフに書いてくれ」って言ったら、「パンフに書いたら悪いじゃないか」って気遣いがすごい。そこにすごいちっちゃい字で、「NewYork○○○○」と住所を書いてくれた。そこ手紙を出してからがスタートです。

一週間後にポスターと一緒に返事が届き、日本のファンに本当に感銘を受けていたジョニーとはそこからいろんなやりとりが始まる。Yukiさんがゴジラの記念切手を貼って送るとジョニーからプレスリーの切手が貼られて送られてきたり…(笑)、話題に合った絵文字を書いたり、文通はコンスタントに続いた。
 
タムラモーン:日本ツアー中、メンバーはどのように過ごしてたんですか?
 
Yuki:今では信じられないけど90年当時はもちろんスマートフォンはないし、ゲーム機もメインはアーケード。だからメンバーはゲーム・センターで遊ぶ、あの頃のメンバーにしてみたら、歌舞伎町はラスベガスですよ。もう閉店になるまで遊んでました。女の子と遊んだりしたメンバーもいましたが(笑)。疲れて出かけない場合でも降りてきてファンが待ってると必ずサインするんです、それも延々と。私は野球が好きだから、ジョニーとは野球話ができて彼も楽しかったんじゃないですか。
 
タムラモーン:食事とかはどうしてたんですか?
 
Yuki:楽屋にはもちろんケータリングがあるので、ライヴのある日はそこで食べて。ホテルが新宿だったからオフの日はレコード屋巡り。西新宿にはブートレッグ・レコードの専門店もあったから、メンバーはそれに時間を使いたかったみたいです。でも3時頃までにはメンバーをホテルに連れ戻さなきゃならなかったので、食事は立ち食いでいいやって富士そばに連れて行った。ラモーンズが富士そばに並ぶんですよ、トレイを持って注文するとスグに出てくるから、「早くていいな」って。エビが食べたいっていうから、「エビ天二つ!!」とか注文して10分くらいで食べてた。以前ラモーンズ・ファンクラブの東京聖地巡礼ツアーで、「ここがラモーンズが食べた富士そばです」って旗を持って行ったことがあります。みんな感動しながら富士そばで写真撮ってました。

【RFCJ's 聖地巡礼ツアー・東京編】1980年から1995年に来日していたラモーンズは日本(東京)のどこに居たのかを巡る記録。RAMONES Pilgrimage Tour in TOKYO.

タムラモーン:「ここで食べたんだ…」って私も感動して写真を撮りました。店はまだあるんで、行ってエビ天蕎麦を食べて写真を撮ってください。

Yuki:当時新宿駅東口にHMVがあって、ちょうどデイヴ・クラーク・ファイヴのボックス・セットが出た時だったんで、ジョニーとマーキーと買いに行ったら、当然店内のお客さんに「ラモーンズの人たちですよね…」と気づかれた。そうしたらジョニーが「サインするから全員並ばせろ!」って。それで私にお金を渡して、「俺の欲しいのはコレコレだから買ってこい」ってリストを渡して、私はカゴを持って店内を走り回りましたよ。

それとは別の時、歩いてホテルに帰る途中、ジョニーが「お腹が空いた」って言うので、「マクドナルドでもいい? ちょうどここにあるから(西武新宿駅のPePeの前にあるマクドナルド)」って言ったら、「アメリカじゃマクドナルドなんて食べないけどな、あれは貧乏人が食うもの」みたいな言い方をするわけですよ。 なんだよ〜と思ってたら、「じゃあチーズバーガー」。それと、「フォーク」って言った。「フォーク? 刺して食べるのか?」とも思ったけど、カウンターで「フォーク一本ください」ってもらって、フォークとバーガーを渡したんです。そうしたら仁王立ちして「お前はもう少し英語を勉強しろよ」みたいな感じで、もう一度「walk」と言ってため息ついて、ジョニーは歩きながら食べ始めたんです。こんなことばかりで、英語のことに関してはすぐそんなふうに怒られる(笑)。

それでもその言葉のバリアを突破して、日本のファンとは繋がりたいと思ったからファンクラブをやれっ──となるんだけど、それだけ彼にとっては日本のファンが大事だったんです。でも、なんで私が選ばれたかわからないけどね。ジョニー・ラモーンは日本のことが大好きで、大好きで、大好きなんですよ、本当に。ファンには全員サインする。でも嫌な奴にはしないんですよ。〈あ、こいつサイン付きCDを売りそうだな〉みたいな奴にはしない。自分でもヲタクのスイッチも持ってるから、目配せで「こいつパス」って。

★基本的にラモーンズは写真撮影嫌い

タムラモーン:ありがとうございます。では撮影の方に関して、そのラモーンズを撮るっていうのはどういう手順で?

Yuki:そうですね、私、撮影のことを喋ったことないんですけど。当時はまだカメラを持って3〜4年で、とにかく必死にやらなきゃって時期だったんです。でも、ラモーンズって写真撮影が大嫌い。インタビュー中に撮らなきゃいけない時はもちろんやるんですけど、基本嫌いなんです。

例えば(川崎の)クラブチッタだったら、革ジャンを着て楽屋から出て、ショウが始まるオープニングSEの「続・夕陽のガンマン」がタララララ〜♪って始まる前で撮影は終わりなんです。例えば7時開演なら6時55分からの数分。もうすごいプレッシャー。だけどメンバーは、私なんか(ラモーンズの)楽屋にもいるカメラマンで、ツアー用のバンにも乗ったりしてるから、いいのか悪いのか緊張感がなかったりもするので、「ちょっとピリッとしてくれる?」とか「怒った顔みたいなのが必要」とか言っちゃったりして。

タムラモーン:みんなが気に入るラモーンズっぽい写真。

Yuki:そうだね。そういう意味では他のカメラマンよりは「次どうする?」とか、いろんなことをやってくれたんで、それは楽だったけど。

メンバーの中ではCJはまだ何も言えない立場。で、マーキーは割と出たがり。 だから一回だけマーキーをフロントにしたら、「俺でいいのか? 俺初めてかもしれない」って。凄く嬉しそうな顔して前に出てきて。で、ジョーイとジョニーを見たら「ああ、いいよ、いいよ」みたいなこと言うから。 ただね、とにかく3分しかないし。

タムラモーン:3分!?

Yuki:クラブチッタでのライヴが多かったじゃない? で、チッタってあんまり撮る場所がないんですよ。今回写真を整理して思い出したのが、写真集の最後の方のページに載ってる廊下を歩いていく後ろ姿のシーン。ジョニーがお尻を押さえてるのは履いてるジーンズに穴が開いてたのを隠してるから。で、そのシーンを撮った前の写真が今回の表紙の写真なんです。

メンバーが歩いてくる先にステージに行くドアがあるんです。私がドアを背にしてメンバーを撮ってる最中、ドンってドアを開けられちゃった。そしたら、鮎川(誠)さんで、「おお、ごめん、ごめん、撮影中か、こんなところで」って。こっちも「すいません」って(笑)。

そこで、タララララ〜♪(オープニングSE)がかかったので、「おお、行くぞ。 お前どうすんだ? 一曲逃すぞ」とか言われながら、とにかくライヴを撮る方に行ってシャシャシャシャって撮って。当時はフィルム撮影。フィルムは36枚撮りだから、カウンターが30枚ぐらいのところだと残り5、6カットで終わっちゃう。36枚で巻き戻っちゃうから、ヒヤヒヤしながらそこら辺も考えながら撮ってますね。

 カメラの話になるけど、フィルムをやってるカメラマンはすごい配分を考えます。例えばフィルムの交換とかも考えて「次の曲がこれだな、これ絶対盛り上がる」っていうのがあるんですよ。 だからロック・フォトグラファーって音楽を聴いておいた方がいい。先が読めないとわからない。次は絶対盛り上がる!っていう時のために5、6カット押さえておいて、ここからガーッと行こうみたいな、そういう配分はできるようになりましたね。

★「こんなにジョニーが喋るのか?」と思うはず

取材以外でのYukiさんとメンバーとの交流の話題になり、その自宅を訪れた話になった。アメリカの家はプール付きの豪邸のイメージがあるが、ニューヨークのマンハッタンではマンションというよりアパートメント。1LDKや2LDKといったイメージ。特にジョニー・ラモーンの家はほぼツアーで不在のためベッドルームと長いリビングルームとテーブルがある部屋程度とのこと。さらに、話の流れでYukiさん宅にメンバーが遊びにきてゲーム(『鉄拳』)をやったいきさつが語られ、一番衝撃的だった忘れられないシーンの話に。

Yuki:旦那が電話で「じゃあ今からCJとジョニーを連れて帰るよ」って。彼らはタクシーに乗って来たんですけど、うちなんて、その時は雑居ビルのマンションの一室。それでドアにある覗き穴(ドアアイ)を覗くと、向こうからマッシュルームの男が、この穴の中にだんだん近づいてくるの。怖え〜〜! 何これ?みたいな(笑)。こんな状況ない〜〜 !って。 さすがに、 マッシュルームの男(ジョニー)と、鼻の赤い子(CJ)が来て、ピンポン〜〜〜〜〜。 すぐには開けられなかった──。 怖くて。「どうしよう」っていうのがありました(笑)。

タムラモーン:(笑)といったところで時間を越していますが、最後に写真展と写真集の見どころを。

Yuki:写真展は見せるだけじゃなくて、これだけのスペースがあるから何かもっと面白いことをやりたくなっちゃって。今回はラモーンズと写真に関するものを集めて作ってみました。 それと、『カメラバッグ持ってみて!』っていう意地悪なコーナーも作ってみたりして。ラモーンズはフィルムの時代、本当にカラーフィルムもまだそんなに良いのが出ていなかった。なおかつ88年ぐらいからスタンディング・ライヴが始まったばかりで、ブレるし色も大変でという時代。モノクロはいいフィルムがあったので良かったですね。そういう時代があったっていうのも見てくれるといいかもしれないです。

『I Love RAMONES Deluxe Edition』は最初に言った通り、私がいつ死んじゃっても、これを読めば日本にいたラモーンズのことがわかるよっていうのを残したい気持ちで作りました。そこにクロスビートで取ったジョーイのラモーンズ全アルバム解説と、ジョニーの総括インタビューを載せました。 ジョニーもジョーイもそうなんだけど、インタビュアーがファンクラブ会長の夫というのを知っていたから結構腹割って話してて、はっきり言って他の世界中のファンは「こんなにジョニー・ラモーンが喋るのかっ?」て思うんじゃない? それも全部まとめての一冊っていうことにしたので、そういう感じで見てもらえば。

あと、今日もいらっしゃってるんですけど、19年前にリトルモア出版の藤田さんが「この本を出しましょう」って言ってくれなければ、今、ヴィンテージになってなかった。ありがとうございました、 本当に。一冊目があって売り切れちゃったから今回の本があるんです。楽しんでもらえればと思います。ありがとうございます。 


この後Yukiさんによるステージからのオーディエンス・カットの撮影、そしてYukiさんのサイン会が行なわれた。

I Love RAMONES Deluxe Edition

I Love RAMONES Deluxe Edition

Yuki Kuroyanagi 著

ラモーンズ公式ファンクラブ会長でカメラマンのYuki Kuroyanagiが、ラモーンズとの出会いからファンクラブ結成、バンドの最後、メンバーの死までを綴った1冊。メンバーと交わした手紙は100通以上、全てを一番近くで見てきた日本人。オフィシャル・カメラマンとしてだけではなく、メンバーを追い、サポートし、ファンとミュージシャンという関係を越えた物語。ラモーンズの楽屋に入ったことがあるだけではなく、メンバーの自宅にも訪問したことがあるので、その素顔、日本ツアー、アメリカでの様子など、知られざるエピソードと写真が満載。2007年の『I Love RAMONES』に未発表写真、ジョニー&ジョーイ・ラモーンの決定版インタビューを加え、さらに判型を大きくしてのデラックス・エディション。ラモーンズ ・ファンだけではなく、すべてのロック・ファン必読です。

B5変型/296ページ/3,000円(税込)


ロックの激情  Yuki Kuroyanagi写真展

『I Love RAMONES Deluxe Edition』出版記念

※6/2(火)まで開催中 入場無料

●会場:ジュンク堂書店池袋本店 9階ギャラリースペース
〒171-0022 東京都豊島区南池袋2-15-5
☎︎:03-5956-6111
●プロフィール 
Yuki Kuroyanagi/畔柳ユキ

ロック写真家、ラモーンズ・ファンクラブ・ジャパン会長。音楽雑誌『BURRN!』創刊メンバーで、83年の創刊号から数年グラフィック・デザインを担当。91年に渡米しニューヨークの撮影スタジオで勤務し、帰国後もスタジオ勤務を経て独立。フジロック、サマーソニックの第1回からオフィシャル・カメラマンとして参加した他、ロックからクラシックまで音楽を中心としたエンタメ業界で現在も活動を続ける。またNYの伝説的バンド、ラモーンズのリーダー、ジョニー・ラモーンから要請を受け、93年にファンクラブを設立し、会長として活動をワールドワイドでアクティヴに遂行中。近年はアジア映画ドラマ雑誌でコラムの執筆や、某プロ野球球団のファンクラブ会報誌の取材・制作に関わっている。

商品情報
ラモーンズ
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Amazon Music・MP3(1976/4/23)¥1,500
CD(2019/8/7)¥2,851

商品情報
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