アンビエント・ミュージックのパイオニア、ハロルド・バッドが84歳で死去
アンビエント・ミュージック(環境音楽)のパイオニアで作曲家/詩人/ピアニストのハロルド・バッド(Harold Budd)が12月8日、新型コロナの合併症により84歳で亡くなりました。
彼のフェイスブックで訃報が発表されたほか、長年コラボレーターを務めたコクトー・ツインズのロビン・ガスリーも訃報を伝えています。
彼のフェイスブックで訃報が発表されたほか、長年コラボレーターを務めたコクトー・ツインズのロビン・ガスリーも訃報を伝えています。
バッドは、ピアノの “ソフトペダル奏法” を開発したことでも知られ、ロビン・ガスリーのほかブライアン・イーノともコラボしていました。
ロサンゼルス生まれのバッドは、高校卒業後、軍隊に入り軍のバンドでドラムを演奏していました。作曲家としてのキャリアがスタートしたのは1962年で、翌年には地元の前衛芸術家のコミュニティで評判になり、南カリフォルニア大学で作曲家インゴルフ・ダールの指導下で音楽を学び1966年に卒業しました。
その後カリフォルニア芸術大学で教鞭を取りつつ、1970年に初作品『The Oak of the Golden Dreams』をリリースし、8年後にブライアン・イーノがプロデュースしたアルバム『The Pavilion of Dreams』を発表、イーノとは1980年の『Ambient 2 : The Plateaux of Mirror』と1984年の『The Pearl』でもコラボしています。
バッドは2010年代まで作曲とレコーディングを続け、先週ロビン・ガスリーとコラボしたニュー・アルバム『Another Flower』がリリースされたばかりでした。
ロサンゼルス生まれのバッドは、高校卒業後、軍隊に入り軍のバンドでドラムを演奏していました。作曲家としてのキャリアがスタートしたのは1962年で、翌年には地元の前衛芸術家のコミュニティで評判になり、南カリフォルニア大学で作曲家インゴルフ・ダールの指導下で音楽を学び1966年に卒業しました。
その後カリフォルニア芸術大学で教鞭を取りつつ、1970年に初作品『The Oak of the Golden Dreams』をリリースし、8年後にブライアン・イーノがプロデュースしたアルバム『The Pavilion of Dreams』を発表、イーノとは1980年の『Ambient 2 : The Plateaux of Mirror』と1984年の『The Pearl』でもコラボしています。
バッドは2010年代まで作曲とレコーディングを続け、先週ロビン・ガスリーとコラボしたニュー・アルバム『Another Flower』がリリースされたばかりでした。
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