アイアン・メイデンのオリジナル・シンガー、ポール・マリオ・デイが69歳で死去

モア『Warhead』(Atlantic:1981)。右画像のLPスリーヴ裏側メンバー写真、右から二番目がポール・マリオ・デイ。他のメンバーは左からローリー・マンズワース(g)、ブライアン・デイ(b)、ケニー・コックス(g)、右端がフランク・ダーチ(ds)。
商品情報 More『Warhead』 Amazon Music(MAY 26 1981)
アイアン・メイデンの初代シンガーで、モア(More)やワイルドファイア(Wildfire)、スウィート(Sweet)のフロントマンを務めたポール・マリオ・デイ(Paul Mario Day)が7月29日、オーストラリアの自宅にてガンのため69歳で死去しました。

モアがSNSで訃報を伝えています。

「偉大なモアのヴォーカリスト、ポール・マリオ・デイの訃報に接し、深い悲しみに暮れています。ポールは、アイアン・メイデンの初期メンバー時代からNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)の重要な一員であり、モアのアルバム『Warhead』で素晴らしいパフォーマンスを行ないました。 彼はブリティッシュ・ロック・ミュージック界でとても愛され、数々の記憶に残るショウを披露しました。中でも、1981年にキャッスル・ドニントンで、AC/DC、ホワイトスネイク/デヴィッド・カヴァデールらと共演した伝説的な “モンスターズ・オブ・ロック” でのショウは特筆すべきものです。また、アイアン・メイデン、デフ・レパード、その他多くの伝説的アーティストとのツアーも数多くこなしました」
デイは1956年にロンドン市街のホワイトチャペルで生まれ、1975年12月からアイアン・メイデンのオリジナル・メンバーとしてリード・シンガーを務めていました。しかしながら、ステージでのカリスマ性に欠けるとして1976年10月にバンドを解雇され、メイデンの在籍期間は1年足らずとなりました。

その後、1980年にモアを結成し、1981年にデビュー・アルバム『Warhead』をリリースしましたが、1982年のセカンド・アルバム『Blood & Thunder』が発売される前に脱退し、1983年~1984年にかけてワイルドファイアのフロントマンを務めました。

1985年には、アンディ・スコットとミック・タッカーが再結成したスウィートに加入し、デイがリード・シンガーを務めた1986年のライヴ・アルバム『Live at the Marquee』は、世界中のチャートで好成績を収めました。

その後、バンドのオーストラリア・ツアーでガイドを務めた女性と結婚したデイは、オーストラリアのニューカッスルに移住、オーストラリアからスウィートのヨーロッパ・ツアーに参加していましたが、結局1988年にバンドを脱退し、その後はオーストラリアのバンドと活動していました。

なお、デイのSNSによると、彼は今年の6月初めに新曲をレコーディングしていたそうです。

安らかなる眠りをお祈りいたします。
商品詳細
More
『Blood & Thunder』


Amazon Music(JUN 06 2005)

商品情報
Wildfire
『Summer Lightning』


Amazon Music(APR 01 1984)

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