元スコーピオンズのベーシスト、フランシス・ブッフホルツ死去
スコーピオンズ1975年のアルバム『In Trance』スリーヴ裏側のメンバー写真、フランシス・ブッフホルツは左端。続いてクラウス・マイネ(ヴォーカル)、ルディ・レナーズ(ドラムス)、ウリ・ジョン・ロート(ギター)、ルドルフ・シェンカー(ギター)。
スコーピオンズが商業的に最も成功を収めていた時代のラインナップで、ベーシストを務めていたフランシス・ブッフホルツ(Francis Buchholz)が、1月23日に亡くなりました。享年71歳。遺族がソーシャル・メディアへの投稿で明かしたところによれば、彼は非公表のまま癌による闘病を続けていたとのことです。
遺族はこう綴っています。「茫然とするような悲しみと沈んだ心で、私たちの愛するフランシスが昨日、人知れぬ癌との闘いの末にこの世を去ったことをお知らせします。彼は愛に囲まれ、穏やかにこの世界に別れを告げました。私たちの心は張り裂けそうです。彼が癌との闘いを続ける間、私たちは常に彼のそばについていて、あらゆる試練に家族として向き合って来ました──彼が私たちに教えてくれたその通りに」
遺族はこう綴っています。「茫然とするような悲しみと沈んだ心で、私たちの愛するフランシスが昨日、人知れぬ癌との闘いの末にこの世を去ったことをお知らせします。彼は愛に囲まれ、穏やかにこの世界に別れを告げました。私たちの心は張り裂けそうです。彼が癌との闘いを続ける間、私たちは常に彼のそばについていて、あらゆる試練に家族として向き合って来ました──彼が私たちに教えてくれたその通りに」
ブッフホルツが最初にスコーピオンズに参加したのは1974年の『Fly to the Rainbow』(邦題『電撃の蠍団 フライ・トゥ・ザ・レインボウ』)のレコーディングで、彼はそのまま『Crazy World Tour Live:Berlin 1991』までパーマネント・メンバーとしてバンドを支えました。参加した12枚を超えるアルバムにおいて、彼のベースラインは1984年の「Still Loving You」、同年全米最高位25位を記録した「Rock You Like a Hurricane」、そして1991年、各国で1位を獲得した「Wind of Change」といったバンドの代表曲で推進力の役目を果たしました。また1990年のダブル・プラチナム・アルバム『Crazy World』に収録されている「Kicks After Six」は、彼のペンによるものです。
スコーピオンズは公式声明で以下のように綴っています。「彼がバンドに遺したレガシーは永遠に生き続けます。そして我々はこれからもいつも、一緒に過ごした沢山の楽しい時間を思い出すことでしょう」
ブッフホルツは1954年2月19日、西ドイツのハノーヴァーに生まれ、後にスコーピオンズのギタリストとなるウリ・ジョン・ロートと同じバンドに入ります。スコーピオンズに在籍していたマイケル・シェンカーが、UFOに加入するため脱退したのと入れ替わりに、2人は一緒にバンドに加入しました。当時からの盟友ロートはブッフホルツの遺族の投稿をシェアする形で、自身のSNSに「なんと悲しいことだろう!」と書き込みました。「私たちは友達だった。心からのお悔やみを(ブッフホルツの妻)ヘラとご家族に捧げる!」
スコーピオンズ脱退後、ブッフホルツはロートをツアーを行ない、シェンカーズ・テンプル・オブ・ロックのメンバーとして2枚のアルバムをレコーディングしました。彼がスコーピオンズで関わった最後のプロジェクトは1995年の『Live Bites』で、このライヴ・アルバムには1988年のコンサート音源が収録されています。
ブッフホルツの遺族による公式声明は以下の通り。
「世界中の彼のファンのみなさんへ:あなた方が彼の素晴らしい旅路の最後まで、絶えることのない忠誠心と愛情、そして信頼を寄せてくださったことに感謝します。あなた方は彼に世界を与え、彼はあなた方に音楽でお返しをしました。もはや弦の音が響くことはありませんが、彼の魂は彼が奏でた音のひとつひとつ、そして彼が触れ合った人生のひとつひとつに永遠に宿り続けます」
安らかなる眠りをお祈りいたします。
スコーピオンズは公式声明で以下のように綴っています。「彼がバンドに遺したレガシーは永遠に生き続けます。そして我々はこれからもいつも、一緒に過ごした沢山の楽しい時間を思い出すことでしょう」
ブッフホルツは1954年2月19日、西ドイツのハノーヴァーに生まれ、後にスコーピオンズのギタリストとなるウリ・ジョン・ロートと同じバンドに入ります。スコーピオンズに在籍していたマイケル・シェンカーが、UFOに加入するため脱退したのと入れ替わりに、2人は一緒にバンドに加入しました。当時からの盟友ロートはブッフホルツの遺族の投稿をシェアする形で、自身のSNSに「なんと悲しいことだろう!」と書き込みました。「私たちは友達だった。心からのお悔やみを(ブッフホルツの妻)ヘラとご家族に捧げる!」
スコーピオンズ脱退後、ブッフホルツはロートをツアーを行ない、シェンカーズ・テンプル・オブ・ロックのメンバーとして2枚のアルバムをレコーディングしました。彼がスコーピオンズで関わった最後のプロジェクトは1995年の『Live Bites』で、このライヴ・アルバムには1988年のコンサート音源が収録されています。
ブッフホルツの遺族による公式声明は以下の通り。
「世界中の彼のファンのみなさんへ:あなた方が彼の素晴らしい旅路の最後まで、絶えることのない忠誠心と愛情、そして信頼を寄せてくださったことに感謝します。あなた方は彼に世界を与え、彼はあなた方に音楽でお返しをしました。もはや弦の音が響くことはありませんが、彼の魂は彼が奏でた音のひとつひとつ、そして彼が触れ合った人生のひとつひとつに永遠に宿り続けます」
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『Blackout』
Amazon Music(MAR 08 1982)
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・Amazon Music(MAR 27 1984)
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