ユーライア・ヒープの元ヴォーカリスト、ジョン・ロートンが74歳で死去

ユーライア・ヒープやルシファーズ・フレンドなどで知られる英ロック/ブルース・ヴォーカリストのジョン・ロートン(John Lawton)が6月29日、74歳で亡くなりました。

ロートンは、1976年から1979年までユーライア・ヒープのフロントマンを務めており、バンドが訃報を発表していますが、死因は公表されていません。
「ジョン・ロートンが2021年6月29日、突然の予期せぬ死を迎え、我々はこの悲報に深く打ちひしがれています。報告とは違い、彼は病気ではなかったとのことなので、彼の死は理解に苦しみます。彼は奥さんに見守られながら安らかに息を引き取りました。彼の死は非常に惜しまれることでしょう。ジョンの生涯を称える内輪の葬儀は、彼の希望に沿って、家族と親しい友人のみで行なわれる予定です。この辛い時期にあたり、ご家族のプライヴァシーを尊重していただければ幸いです」

ロートンは、60年代初期から英ノース・シールズで音楽キャリアをスタートさせ、いくつかのバンドを経て、1969年にドイツのカルト・ロック・バンド、ルシファーズ・フレンドにシンガーとして加入、9枚のアルバムに参加しました。

また70年代初期には、レス・ハンフリーズ・シンガーズにも加入し、1971年から1975年にかけて17枚のアルバムをレコーディングしたほか、1976年のユーロヴィジョン・ソング・コンテストにも参加しました。

ユーライア・ヒープには1976年に加入し、バンドが発表した3枚のスタジオ・アルバム『Firefly』(1977年)、『Innocent Victim』(1977年)、『Fallen Angel』(1978年)に参加、1979年の9月までバンドのヨーロッパ/アメリカ・ツアーに出演していました。また2013年には、ユーライア・ヒープのヨーロッパ・ツアーに参加し、治療のために参加できなかったバーニー・ショウの代役を務めています。

なお、ロートンはこの他にも、ロジャー・グローヴァーの「Butterfly Ball」やエディ・ハーディンの「Wizard’s Convention II」などビッグ・ネームのプロジェクトや、独ロック・バンドのレベルやZARにも参加し、2000年に発表したソロ・アルバム『Still Paying My Dues To The Blues』が高く評価されていました。

安らかなる眠りをお祈りいたします。
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