ジャズ・ピアニストのパイオニア、アーマッド・ジャマルが92歳で死去
家族が訃報を伝えており、ジャマルは前立腺ガンと闘った末、亡くなったそうです。

アーマッド・ジャマル(本名フレデリック・ラッセル・ジョーンズ)は1930年7月、ペンシルヴェニア州ピッツバーグで生まれ、3歳でピアノを弾き始め、7歳の時にメアリー・カードウェル・ドーソンの元で本格的にピアノを習った後、14歳からピアニストのジェームズ・ミラーに師事しました。
17歳でジョージ・ハドソン・オーケストラのツアーに参加したジャマルは、1951年にシカゴへ移り、スリー・ストリングスという最初のトリオを結成。ジョン・ハモンドに発掘された彼らは、オーケー・レコード(Okeh Records)と契約を結び、ジャマルは同年、バンドリーダーとして初のアルバム『Ahmad’s Blues』をリリースしました。
スリー・ストリングスは1958年、シカゴのパーシング・ホテルのハウス・トリオになり、同年初ライヴ・アルバム『At the Persing: But Not for Me』をリリース。このアルバムは、「No.1 ジャズ・ベストセラー」として称賛され、ビルボードのアルバム・チャートに107週間ランクインしていました。同作には、ジャマルがアレンジしたジャズのスタンダード「Poinciana」が収録されており、ジャマルはこの曲で最もよく知られています。
また、1970年のアルバム『The Awakening』のタイトル曲も傑作と称され、米ヒップホップ・デュオのギャングスターや、ナズの楽曲にサンプリングされました。
ジャマルは、ミニマルで地味な演奏で知られるジャズの革新者で、「クール・ジャズ」の基礎を築き、マッコイ・ターナーやハービー・ハンコック、ビル・チャーラップ、マイルス・デイヴィスらに大きな影響を与えました。
1957年のアルバム『Miles Ahead』にジャマルの曲「New Rhumba」を収録したマイルス・デイヴィスは、1989年の自伝『Miles』の中で、次のように綴っています。
「ジャマルの空間の概念、タッチの軽さ、控えめな表現、そして音符と和音、フレーズの表現方法が俺をノックアウトした。俺のインスピレーションは、すべてアーマッド・ジャマルに由来している」「俺は以前から、アーマッド・ジャマルは、正当な評価を受けることのない偉大なピアノ奏者だと思っている」
ジャマルは60年以上のキャリアを通じ、ソロ・ピアノやジャズ・トリオの作品、ストリング・カルテット(弦楽四重奏団)とのコラボレーションを含め、70枚以上のアルバムをリリースし、2019年の『Ballades』が最後のアルバムになりました。
なお、ジャマルは2017年、グラミー賞の生涯功労賞を受賞しています。
安らかなる眠りをお祈りいたします。


アーマッド・ジャマル
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