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UKブルース・ロック界、陰の立役者マイク・ヴァーノン死去
商品情報 マイク・ヴァーノン 『モーメント・オブ・マッドネス』
Amazon(2018/8/30)¥2,970(生産限定紙ジャケット仕様)
マイク・ヴァーノンは70年代当時2作の自分名義作をブルー・ホライズンよりリリースしており、上はそのセカンド(1973年)。のち2000年代に入ってからはバンドを率てのブルース・カヴァー集などもリリースしている。
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マイク・ヴァーノンは70年代当時2作の自分名義作をブルー・ホライズンよりリリースしており、上はそのセカンド(1973年)。のち2000年代に入ってからはバンドを率てのブルース・カヴァー集などもリリースしている。
フリートウッド・マック、エリック・クラプトン、デヴィッド・ボウイらの作品を手掛けたことで知られるプロデューサーで、音楽会社の取締役やスタジオのオーナーも務めていたマイク・ヴァーノンが亡くなりました。享年81。
マイケル・ウィリアム・ヴァーノンは1944年11月20日、イングランドのミドルセックス州に生まれました。ティーンエイジャーになって間もなく、彼は『R&B Monthly』というファンジンを創刊しており、これは後に自身が進むべき道を示唆していたのかもしれません。その後彼は弟のリチャードと共にブルー・ホライズン・レコードを起ち上げ、当初はマイナーなアメリカのブルーズ・レコードを英国でリイシューしていました。1963年、デッカ・レコードで若き社内プロデューサーとして働き始めた彼は、間もなく当時のロンドンで一番ホットな新人ギタリストを発掘するに至ります。
ヴァーノンはすぐにデッカの社長、ヒュー・メンデルに連絡しました。「ジョン・メイオールズ・ハートブレイカーズは要注目ですよ」と、ヴァーノンは彼に伝えたそうです。「特に、彼は今、元ヤードバーズの若きギタリスト、エリック・クラプトンて奴を抱えてますからね。このクラプトンて男は、ブルーズ・シーンを完全に引っくり返しつつあるんですよ。奴は将来的に必ず主力級のギター・プレイヤーになると思いますね」
彼はまた、RCAのアーカイヴものの企画「Victor Race Series」のブルーズ及びR&Bレコーディング編のキュレーターも担当しました。ブルー・ホライズンのカタログの中で最も良く知られたブルーズ関係のリリースの大半は、70年代に差し掛かる頃、ヴァーノンがCBSと関わっていた時期に世に出たものです。ブルー・ホライズンからはヴァーノン自身の名義によるアルバム『Bring It Back Home』も1971年にリリースされており、フリーのポール・コゾフや炎のアイルランド人ギタリスト、ロリー・ギャラガーがフィーチュアされていました。
時期を同じくして、マイクとリチャード・ヴァーノンは共同でオックスフォードシャーにチッピング・ノートン・レコーディング・スタジオを設立。このスタジオではプラチナ・ディスクを獲得したジェリー・ラファティの『City to City』、デュラン・デュランとレディオヘッドのデビュー・アルバム、そしてレヴェル42の初期のLP2作等が生まれています。
彼のブルーズという音楽に対する大いなる愛情は、キャリア初期に2つの重要な出会いを手繰り寄せました。ヴァーノンは1966年のジョン・メイオールのアルバム『Blues Breakers with Eric Clapton』のプロデュースを担当、若きクラプトンのその後続いた歴史的キャリアの扉を開く役割を果たしたのです。また、ヴァーノンがプロデュースした1967年のメイオールのアルバム『A Hard Road』は、当時クラプトンの後任に据えられたピーター・グリーンの名刺代わりとなった作品でした。
「『A Hard Road』を作って初めて、俺は彼がどれだけリリカルなプレイヤーなのかってことに気づかされたんだ」と、ヴァーノンは熱心な口調で後に振り返っています。「そのリリカルな要素においては、当時のエリックより遥かに優れていた。彼のプレイには何か、聴く者の心の琴線に触れるものがあったんだ」
マイク・ヴァーノンはその後、グリーンに率いられていた初期のブルーズ色濃いフリートウッド・マックのレコーディングもプロデュースを手掛けました。代表作を挙げるならグループ名をそのまま冠したデビュー・アルバムと『Mr. Wonderful』で、2作とも1968年のリリース。更に1969年の『English Rose』と、彼ら唯一の全英ナンバー・ワン・シングル、「Albatross」です。彼のバンドとの関わりは、クリスティーン・マクヴィーのスタジオ・プロジェクトだったチキン・シャック1968年のデビュー盤と、1970年の『Christine Perfect』まで続きました。
ヴァーノンがプロデューサーとして目指していたのは、彼がずっと愛してやまなかった昔のレコードにあった、ひりひりとした緊張感溢れる即興的なフィーリングを再現することでした。「ブルーズ・ブレイカーズを聴いてると……それから俺の関わったフリートウッド・マックの作品も大半がそうだけど、凄くライヴらしいサウンドになってるだろ。あれは殆どが実際に、いっせーのせ、でレコーディングされてたからなんだ」ヴァーノンは『Sound on Sound』誌にそう語っていました。「俺はあの頃が好きだったんだよ、ジョン・メイオールなんてアルバム一枚4日間で作っちゃってたもんな!」
メイオールとフリートウッド・マックとの仕事に先んじて、彼はデヴィッド・ボウイのファースト・アルバムと、続く1967年のシングル「Love You Till Tuesday」でもお目付け役を務めていました。更に後年にはテン・イヤーズ・アフター、ロベン・フォード、クライマックス・ブルーズ・バンドらとも仕事をしており、並行してフレディ・キングやオーティス・スパン、チャンピオン・ジャック・デュプリーといったブルーズ界のレジェンドたちの作品も手掛けました。
フリートウッド・マックのミック・フリートウッドはかつて、自身の回顧録『Play On:Now, Then and Fleetwood Mac』の中でヴァーノンについて、「我々のキャリアのみならず、英国ブルーズ・シーンで活躍した多くの同胞たちにとっても、彼の導きは多大なる称賛に値するものだった。彼はこの音楽の更なる深化/進化のため、そしてそこに携わるアーティストたちを育てあげるために、人知れず絶大なる貢献を果たしてきた人物なのだ」と綴っています。
安らかなる眠りをお祈りいたします。
ヴァーノンはすぐにデッカの社長、ヒュー・メンデルに連絡しました。「ジョン・メイオールズ・ハートブレイカーズは要注目ですよ」と、ヴァーノンは彼に伝えたそうです。「特に、彼は今、元ヤードバーズの若きギタリスト、エリック・クラプトンて奴を抱えてますからね。このクラプトンて男は、ブルーズ・シーンを完全に引っくり返しつつあるんですよ。奴は将来的に必ず主力級のギター・プレイヤーになると思いますね」
彼はまた、RCAのアーカイヴものの企画「Victor Race Series」のブルーズ及びR&Bレコーディング編のキュレーターも担当しました。ブルー・ホライズンのカタログの中で最も良く知られたブルーズ関係のリリースの大半は、70年代に差し掛かる頃、ヴァーノンがCBSと関わっていた時期に世に出たものです。ブルー・ホライズンからはヴァーノン自身の名義によるアルバム『Bring It Back Home』も1971年にリリースされており、フリーのポール・コゾフや炎のアイルランド人ギタリスト、ロリー・ギャラガーがフィーチュアされていました。
時期を同じくして、マイクとリチャード・ヴァーノンは共同でオックスフォードシャーにチッピング・ノートン・レコーディング・スタジオを設立。このスタジオではプラチナ・ディスクを獲得したジェリー・ラファティの『City to City』、デュラン・デュランとレディオヘッドのデビュー・アルバム、そしてレヴェル42の初期のLP2作等が生まれています。
彼のブルーズという音楽に対する大いなる愛情は、キャリア初期に2つの重要な出会いを手繰り寄せました。ヴァーノンは1966年のジョン・メイオールのアルバム『Blues Breakers with Eric Clapton』のプロデュースを担当、若きクラプトンのその後続いた歴史的キャリアの扉を開く役割を果たしたのです。また、ヴァーノンがプロデュースした1967年のメイオールのアルバム『A Hard Road』は、当時クラプトンの後任に据えられたピーター・グリーンの名刺代わりとなった作品でした。
「『A Hard Road』を作って初めて、俺は彼がどれだけリリカルなプレイヤーなのかってことに気づかされたんだ」と、ヴァーノンは熱心な口調で後に振り返っています。「そのリリカルな要素においては、当時のエリックより遥かに優れていた。彼のプレイには何か、聴く者の心の琴線に触れるものがあったんだ」
マイク・ヴァーノンはその後、グリーンに率いられていた初期のブルーズ色濃いフリートウッド・マックのレコーディングもプロデュースを手掛けました。代表作を挙げるならグループ名をそのまま冠したデビュー・アルバムと『Mr. Wonderful』で、2作とも1968年のリリース。更に1969年の『English Rose』と、彼ら唯一の全英ナンバー・ワン・シングル、「Albatross」です。彼のバンドとの関わりは、クリスティーン・マクヴィーのスタジオ・プロジェクトだったチキン・シャック1968年のデビュー盤と、1970年の『Christine Perfect』まで続きました。
ヴァーノンがプロデューサーとして目指していたのは、彼がずっと愛してやまなかった昔のレコードにあった、ひりひりとした緊張感溢れる即興的なフィーリングを再現することでした。「ブルーズ・ブレイカーズを聴いてると……それから俺の関わったフリートウッド・マックの作品も大半がそうだけど、凄くライヴらしいサウンドになってるだろ。あれは殆どが実際に、いっせーのせ、でレコーディングされてたからなんだ」ヴァーノンは『Sound on Sound』誌にそう語っていました。「俺はあの頃が好きだったんだよ、ジョン・メイオールなんてアルバム一枚4日間で作っちゃってたもんな!」
メイオールとフリートウッド・マックとの仕事に先んじて、彼はデヴィッド・ボウイのファースト・アルバムと、続く1967年のシングル「Love You Till Tuesday」でもお目付け役を務めていました。更に後年にはテン・イヤーズ・アフター、ロベン・フォード、クライマックス・ブルーズ・バンドらとも仕事をしており、並行してフレディ・キングやオーティス・スパン、チャンピオン・ジャック・デュプリーといったブルーズ界のレジェンドたちの作品も手掛けました。
フリートウッド・マックのミック・フリートウッドはかつて、自身の回顧録『Play On:Now, Then and Fleetwood Mac』の中でヴァーノンについて、「我々のキャリアのみならず、英国ブルーズ・シーンで活躍した多くの同胞たちにとっても、彼の導きは多大なる称賛に値するものだった。彼はこの音楽の更なる深化/進化のため、そしてそこに携わるアーティストたちを育てあげるために、人知れず絶大なる貢献を果たしてきた人物なのだ」と綴っています。
安らかなる眠りをお祈りいたします。
商品情報
マイク・ヴァーノン
『ブリング・イット・バック・ホーム』
Amazon(2020/2/26)¥2,970(生産限定紙ジャケット仕様)
マイク・ヴァーノン
『ブリング・イット・バック・ホーム』
Amazon(2020/2/26)¥2,970(生産限定紙ジャケット仕様)
商品情報
Mike Vernon & The Mighty Combo
『Beyond The Blue Horizon』
・Amazon Music(SEP 07 2018)
・Amazon(2018/10/26)輸入盤CD
Mike Vernon & The Mighty Combo
『Beyond The Blue Horizon』
・Amazon Music(SEP 07 2018)
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商品情報
Various Artists
『The Blue Horizon Story 1965 - 1970 Vol.1』
Amazon Music(SEP 26 2005)
Various Artists
『The Blue Horizon Story 1965 - 1970 Vol.1』
Amazon Music(SEP 26 2005)
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