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プリンス初期のサウンド制作を陰で支え、ミネアポリス・サウンド確立の立役者となったグラミー賞受賞プロデューサー、デヴィッド・Z死去

▲デヴィッド・Zがプリンスとの関わりについて語ったインタビュー動画

8月2日、グラミー賞受賞プロデューサーであり、いわゆる『ミネアポリス・サウンド』構築の立役者の一人であるデヴィッド・“Z”・リヴキンが亡くなりました。享年78。実弟であるボビー・Z──プリンス・アンド・ザ・レヴォリューションのドラマー──が地元紙『Minnesota Star Tribune』に対し、その死を確認しました。同紙によれば、リヴキンは日曜日にカリフォルニア州バーバンクの病院で、感染症による合併症のため死去したとのことです。

その多作なキャリアの中でも、とりわけプリンスのキャリア初期に深く関わったことで知られるリヴキンですが、他にもリップス・インクのヒット曲「Funkytown」の誕生に携わったり、エッタ・ジェームス、ザ・ジェッツ、ファイン・ヤング・カニバルズ等、数多くのアーティストと仕事の実績を残してきた人物です。

「デヴィッドは、数多の音楽プロジェクトにおける隠し味のような存在だったんだ」と、1960年代に地元のバンドでリヴキンと共にプレイし、プリンスの初代マネージャーも務めたオーウェン・ハズニーは語ります。「その辺りのことについてはずっと口を閉ざしてたけどね。自分の仕事や功績について、彼が自分から詳しく語ることはまずなかった。それでも、ミネアポリスの音楽シーンにおける彼の重要性は否定のしようがないよ」
 
リヴキンは1980年に全米第1位を獲得したリップス・インクの「Funkytown」の制作にも関わった他、エッタ・ジェームスのプロデュースで2度グラミー賞を受賞し、ファイン・ヤング・カニバルズの1988年のシングル「She Drives Me Crazy」のプロデューサーとしても、グラミー賞の年間最優秀レコード部門にノミネートされています。それ以外にもこれまでに手掛けたアーティストは、グラム・パーソンズ、エルヴィス・コステロ、アル・グリーン、ジョニー・ラング、アンジェリーク・キジョー、ビッグ・ヘッド・トッド&ザ・モンスターズ、バディ・ガイと多岐にわたります。

Fine Young Cannibals - She Drives Me Crazy (Official Video)
3人兄弟の長男(次男のスティーブンは映画編集者で、『アバター』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズに携わっている)であるデヴィッド・リヴキンの経歴のはじまりは1960年代にまで遡り、彼はザ・チャンセラーズのローカル・ヒット「Little Latin Lupe Lu」やハイ・スピリッツの「Turn On Your Lovelight」でギターを弾いていました。その後、ロサンジェルスでA&Mレコードの専属ソングライターとして活動し、パーソンズと共同で楽曲を制作するほか、ビリー・プレストンやレヴ・ジェームズ・クリーブランドなどのレコードでギターを演奏していたのです。けれど1974年、彼はミネアポリスに戻り、エンジニアリングの知識と技術を身に着けて、本格的に地元で仕事を開始します。
 
ハズニーは、1976年にサウンド80スタジオで、当時18歳だったプリンスをリヴキンに引き合わせた時のことをよく覚えていると言います。リヴキンはプリンスのデモ・テープを聴きながら、ホーンのメロディーを口ずさんでいました。ところがハズニーによれば、リヴキンが幾つか助言をしている最中に、突然「プリンスが俺の方を向いて『行こう。ここから出なきゃ』って言い出した。俺はバツが悪くて、デヴィッドに『申し訳ない』って頭を下げたよ。車に乗り込んでから、『何がどうしたって言うんだ?』って尋ねると、プリンスは『僕が一緒に仕事をしたい人はデヴィッドしかいないんだ』って言ったんだぜ」
 
リヴキンがデモ制作に協力した結果、プリンスは1977年にワーナー・ブラザースとの契約を獲得、20年近く在籍することになりました。彼はその後も長年にわたり、プリンスの数々のプロジェクトに携わっており、その中には名作『Purple Rain』のアルバム及び映画に収録された3曲の基礎となったライヴ録音も含まれています。

また、ジョディ・ワトリーの全米シングル・チャート最高位2位を記録したヒット曲「Looking for a New Love」や、同トップ10入りを果たした「Some Kind of Lover」を共同プロデュースしたのに加え、プリンスと関わりの深いアーティストであるザ・ファミリー(「Screams of Passion」、 1985年)やシーラ・E(「Hold Me」、1987年)など、プリンスと関わりのあるアーティストたちのホットR&B/ヒップホップ・チャートでのトップ10ヒット曲も手掛けました。そしてプロデューサーとしての功績が評価され、2005年にジェームズのアルバム『Blues to the Bone』のプロデュースでグラミー賞を受賞したことで、ミネソタの音楽シーンから現れた最も尊敬されるプロデューサーの一人としての地位を確固たるものにしたのです。

Jody Watley - Looking For A New Love
Hold Me

1980年代半ば、Star Tribune紙によるインタヴューの中で、『ミネアポリス・サウンド』について語った際、リヴキンはそれを「無知のサウンド」と称して、こう続けました。「あれはある意味、孤立した環境の中でこそ生み出されたサウンドなんだ。俺たちはロサンジェルスやニューヨークの誰かからアイディアを盗んでるわけじゃないからね。曲からリフ、エンジニアリング技術、そして使ってる安物のマイクに至るまで、俺たちは他所にいるみんなとはそもそも全然違ってるんだよ」
 
彼の死を公表した声明の中でボビー・Zは、兄であるこのプロデューサーをスタジオにおける大胆不敵な革新者として偲び、その型破りなレコーディング手法を振り返り、彼を「真の反逆者」と表現しました。
 
技術的な経験にとどまらず、デヴィッド・Zの影響力は世代を超えたミュージシャンたちに及び、1970年代後半から1980年代にかけて国際的な名声を博した『ミネアポリス・サウンド』の確立に貢献しました。彼のプロデュース・スタイルとエンジニアとしての技術は、ファンク、ポップ、ロック、ブルース、ソウルのレコーディングに永続的な足跡を残しています。
 
『ザ・ミネアポリス・サウンド』の公式Facebookページには、故人となったプロデューサーに敬意を表し、「デイヴィッド、あなたはミネアポリス・サウンドにとって重要かつ不可欠な存在でした。私たちはいつまでもあなた(U)に感謝し続けます」とのメッセージが寄せられています。

安らかなる眠りをお祈りいたします。

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