オハイオ・プレイヤーズのオリジナル・ドラマー、グレッグ・ウェブスターが84歳で死去

1970年代前半のオハイオ・プレイヤーズ、左端がグレッグ・ウェブスター。
米ファンク・バンド、オハイオ・プレイヤーズ(The Ohio Players)のオリジナル・ドラマーだったグレッグ・ウェブスター(Greg Webster)が1月14日、84歳で死去しました。
孫のミッチェル・ウェブスターによると、グレッグは昨年の大晦日から入院し、デイトンのマイアミ・ヴァレー病院で亡くなったそうですが、死因などは発表されておらず、予期せぬ死だったとのこと。
また、ザ・ファンク・センターの創設者/CEOのデヴィッド・ウェブも訃報を伝えており、「本日、グレッグ・ウェブスターの悲しい訃報を聞きました。グレッグ・ウェブスターはパイオニア・ドラマーであり、ヒップホップ・コミュニティは、彼のドラミング・スタイルとビートを手本にしていました」とコメントしています。

1938年1月にオハイオ州ハミルトンで生まれたウェブスターは、1964年から1974年までオハイオ・プレイヤーズに在籍し、バンド1972年のヒット・アルバム『Pain』と『Pleasure』で必要不可欠な役割を果たし、オリジナル・ラインナップの中で生き残っていた最後の一人でした。
バンドは本来、1959年にオハイオ・アンタッチャブルズとして結成され、1965年にマーシャル・“ロック”・ジョーンズ(b)、クラレンス・“サッチ”・サッチェル(sax / g)、グレッグ・ウェブスター(ds)、ラルフ・“ピー・ウィー”・ミドルブルックス(trumpet / trombone)らのラインナップで、オハイオ・プレイヤーズに改名しました。
バンド1972年のアルバム『Pain』と『Pleasure』は大ヒットしましたが、ウェブスターはバンドがマーキュリーに移籍する前の1974年に脱退し、2001年には当時のバンドを回想する伝記『The Early Years / The Ohio Players』を執筆していました。
また、ウェブスターは長年にわたり、R&Bの大御所ジェリー・バトラーやチャールズ・ブラウン、ジミー・マクグリフらと共演し、地元デイトンのクラブにも頻繁に出演していました。
なお、オハイオ・プレイヤーズは2013年、「R&Bの殿堂」入りを果たしています。
安らかなる眠りをお祈りいたします。
バンドは本来、1959年にオハイオ・アンタッチャブルズとして結成され、1965年にマーシャル・“ロック”・ジョーンズ(b)、クラレンス・“サッチ”・サッチェル(sax / g)、グレッグ・ウェブスター(ds)、ラルフ・“ピー・ウィー”・ミドルブルックス(trumpet / trombone)らのラインナップで、オハイオ・プレイヤーズに改名しました。
バンド1972年のアルバム『Pain』と『Pleasure』は大ヒットしましたが、ウェブスターはバンドがマーキュリーに移籍する前の1974年に脱退し、2001年には当時のバンドを回想する伝記『The Early Years / The Ohio Players』を執筆していました。
また、ウェブスターは長年にわたり、R&Bの大御所ジェリー・バトラーやチャールズ・ブラウン、ジミー・マクグリフらと共演し、地元デイトンのクラブにも頻繁に出演していました。
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オハイオ・プレイヤーズ
『Pain』
Amazon Music・MP3(1971/12/27)¥1,500
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オハイオ・プレイヤーズ
『Pleasure』
CD(2007/3/26)輸入盤
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