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【イベント・レポート】

Yuki Kuroyanagi
「私にとってフェスは、アーティストと観客の間にあるパワースポット」

「I Love RAMONES Deluxe Edition」発売記念トーク・イベント
2026年5月24日/ジュンク堂書店池袋本店

Yuki Kuroyanagiさんのラモーンズ愛が詰まった書籍『I Love RAMONES Deluxe Edition』の出版記念として、ジュンク堂書店池袋本店にて約1ヵ月間にわたって開催された『Yuki Kuroyanagi写真展 ロックの激情』。ここで行なわれたトーク・イベントの模様はこれまで2回お伝えしてきましたが、今回はその最終回となります。

5月24日(日)、日本のラモーンズ・ファンクラブ会長にして百戦錬磨のフォトグラファー、Yuki Kuroyanagiさんによる書籍『I Love RAMONES Deluxe Edition』の出版記念トーク・イベントが開催された。第3回目のテーマは、「ロック・フォトグラファーが見たフジロック、サマーソニックの現場」。フジロックフェスティバル、サマーソニックの第1回からオフィシャル・カメラマンとしても最前線を精力的に撮り続けたYukiさん。フェス現場の空気を味わってもらおうと、司会進行の赤尾美香さん(元ミュージック・ライフ編集部)はフジロックのスタッフTシャツ姿で、Yukiさんはフェス現場でのリアルな装備を携えた姿で登場。

★「撮りたい」っていう気持ちだけで暴風雨のフジロック‘97を生き延びた

赤尾美香(以下赤尾):Yukiさん、これは?

 

Yuki Kuroyanagi(以下Yuki):これはフジロックで豪雨の時の恰好。これに長靴を履いて背中にペッドボトルを入れたリュックをしょってます。暗くて真っ暗なんでヘッドライトもつけてます。

 

赤尾:ヘッドライト怖いんですよ…。夜道でピカーって向こうからライトが近づいてきて、「赤尾」とか呼ばれると、見えないから「誰!?」ってなる(笑)

 

Yuki:(笑)この格好で3日間で10万歩、歩きますよ。
 

※Yukiさん衣装チェンジ

 

赤尾:それでは仕切り直して、1997年の記念すべき第1回目のフジロック・フェスティヴァルからトークを始めましょうか。

 

Yuki:天候が回復しなくて死ぬかと思いましたよね。

 

赤尾:あの時は台風で暴風雨がものすごかった。日本で初めてのロック・フェスでしたけど、Yukiさんは下準備できてました?

 

Yuki:浮かれてるだけで何にもできてなくて。Tシャツと普通の格好に、ちょっとした上着を持っていったくらい。カメラの方はちゃんと考えていたけど、長靴とかは持って行かなかった。

 

赤尾:私も雨降ったらレジ袋履けばいいよ——ぐらいのことを言われてたので持って行きませんでした。でもそんなもんじゃ全然太刀打ちできないような雨で。

 

Yuki:だって、ステージがグラグラ動き出して、何万人もいて本当にやばいんじゃないかって感じだったもんね。

 

赤尾:あの中で実際、撮影はできたんですか?

 

Yuki:ヘッドライナーがレッド・ホット・チリ・ペッパーズで、櫓はもうグラグラしていて危険な状態だったんだけど、“これを撮らないと” っていう使命感もあったんで、フィルムで8本ぐらいは撮った。フィルムは数カット撮るとカメラの中でくっついてしまい、動かなくなっちゃって…。仕方ないから、カメラをTシャツのお腹の中に入れて、手動でフィルムを巻き取る。そうやって数カット撮っては巻き取るを繰り返しての8本。あとは自分が着るものの準備を持っていってないからもう寒くてずっと震えちゃう。だから震えで写真がブレないように、脇を閉めて震えを止めながら撮影しました。

 

赤尾:ただ、必死に撮った中にも残念なものがあったんですよね?

 

Yuki:レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの写真が全然ダメで、完全に水がカメラの中に入っちゃってた。だから現像したフィルムを見たらなんか全部、水中から撮ってるみたいな写真になってましたね。

 

赤尾:フジロックの第1回目はそんな状態でしたね。初日をなんとかみんなで生きて終えることができて、私も宿に帰って泣きながらお風呂に入りました。

 

Yuki:私はもう、どうやって宿に帰ったのか覚えてない。あの頃のレッチリを目の前にしてとにかく撮りたいわけ、その撮りたいっていう気持ちだけで生き延びたって感じ。

 

赤尾:あの頃のカメラってフィルム撮りだったけど、どのくらいのフィルムを持っていったんですか?

 

Yuki:3日間で400本とか500本。フィルム時代を経験してると、無駄打ちができないから配分できるようになるんです。36枚撮りのフィルムだと36回シャッターを切ったら終わりで、フィルムを巻き戻したり交換に時間が掛かるからその間は撮れない。だから、この次はいい曲が来るとなったら、例えばその時に12枚残ってたとしても先に巻いて、次のいいシーンをしっかり撮るようにしてました。

 

赤尾:今はデジカメだから無駄打ちもできちゃいますけどね。

 

 

Yuki:まあね。そうだけど、フィルム時代に無駄打ちはしない特訓ができているので、「これいらないな」っていう場面はシャッター切るのを控えたりはできますね。そういうのはフィルム撮影で勉強になったかな。

 

赤尾:天神山で開催された第1回目のフジロックだったんですが、その後、1998年の豊洲を挟んで1999年から苗場が開催地になりました。苗場での初年に出演したリンプ・ビズキットにも結構大変な目に遭わされたんですよね?

 

Yuki:その頃、リンプ・ビズキットは映画「ミッション:インポッシブル」のテーマ曲で全米一位になってたんですよ。だから、もうセレブ状態だった。そうなると表紙クラスだから、撮りたいじゃない? それで、マネージャーから表紙用の写真を撮っていいっていうOKをもらえたので、ただでさえ道具が多いのにフジロックのプレスエリアへライトやバックドロップもちゃんと持っていったんですよ。 表紙撮影用に。だけど、来ない(笑)。

 

赤尾:(笑)

 

Yuki:「フレッド、どこへ行った?」って空気になっているのに、マネージャーは「俺はもう行くよ」みたいなことを言ってる。それで、編集長が「とにかくフレッドを見つけて追いかけろ!」って言うんで追いかけた。結局一緒にバスに乗れて、グリーン・ステージっていう一番大きいメイン・ステージに到着したんだけど、着いた途端、フレッドが走って逃げた。どこ行くんだ? と思ったら、お客さんがいる方に行っちゃって……。そんなことしたらお客さんも「あれフレッドじゃない!?」となって大騒ぎ。編集長も一緒にガーッて走って、“撮れ!撮れ! ” とか言ってんのよ(笑)。走って撮って、ゼーゼー言いながらも何枚か撮れた。いや、本当にすごい画でしたよ。その写真も残ってるから、またいつかね。

★フジロックのステージに上がった時、ミュージシャンが来たがる気持ちがわかった

赤尾:ラモーンズの思い出もあるんですよね?

 

Yuki:ラモーンズは結局、1995年のラスト・ツアーで終わっちゃったんで、フジロック初年の1997年には間に合わなかった。その後、誰でも知ってるような大きな日本のフェスに発展していく中、2001年にジョーイ・ラモーンが亡くなっちゃった。フジロックは株式会社スマッシュっていうプロモーターさんが制作してるんですけど、ラモーンズもスマッシュが招聘してたんですね。 だから、亡くなった年のフジロック 、1日目の朝に “ラモーンズに敬意を” ということでバンドがステージで使ってたあの「レンガの真ん中にイーグル・ロゴが入ったバックドロップ」を下げて追悼してくれたんですよ。 それを私はジーン…としながら見てて。 それで、その時に “もし、ラモーンズがやってたらどこのステージですかね?” ってスマッシュの重役の方に聞いたら “グリーンのヘッドライナーだ” って言ったの。…もしそうだったら、それこそ3日目でも頑張っちゃうよね。

 

赤尾:観たかったね。

 

Yuki:観たかった、本当に。それから時が流れ、スマッシュが粋なことをしてくれて、唯一後から入ったベーシストのCJラモーンをラモーンズの代表として2013年のフジロックに出そうってなったんですよ。もう、速攻でCJにメールを出して「あんた、フジロックのメイン・ステージに出演が決まったよ」って言った。

 

赤尾:フジロックのことは知ってた?

 

Yuki:知ってたし、CJはそのことをすごい理解してた。“俺がそこに出られるっていうのは、ジョーイやジョニー、今までの彼らのヒストリーを背負ってるからだろう?” って言うわけよ。 “だからグリーン・ステージに出るのは、プレッシャーだよ…” とか言って。 おまえ、何言ってんだ、頑張れよ!って(笑)。

 

赤尾:それを背負ったらプレッシャー感じるよね、やっぱり。

 

Yuki:そう、CJはそういうのをすごい気にしてた。 だって、一番最後に入ったメンバーだし、自分がフジロックなんて…ってなってるわけ。迎えた本番当日、楽屋は会場からちょっと離れた場所にあって、そこでは皆んな飲んだりストレッチしたりしてるくらいなのに、CJラモーンはガチで練習してた(笑)。しかも、ヘッドホンかけてファースト・アルバムを聴いてるのよ。ジョーイやジョニーの声が聞こえるからと。泣かせるよね。本番間違えちゃったけど CJは任務を果たしたわけ。 その任務で最後にラモーンズは “Gabba Gabba Hey!” って看板を出すんだけど、あれはローディーがいつもヴォーカルのジョーイ・ラモーンに渡しに行くんです。でも、CJラモーン・バンドはその時3人でやってたから、看板を持って出る奴がいないんで、私がやることになって。

 

赤尾:そうだった、そうだった!

 

Yuki:だからそこら辺にいる他のカメラマンに “カメラ置いとくから撮っといて、よろしく!” ってお願いしてステージに向かっちゃった(笑)。

 

赤尾:(笑)

 

Yuki:それで100万回は聴いているだろう、あの「Pinhead」をこうやって数えながら “何回目でステージに出るんだっけ?” って、緊張しちゃってさ。そしたら舞台監督に “8回だよ” って言われて ”行け!” って押されてステージに出て “Gabba Gabba Hey!” をやったっていう記憶。でも、あれだけ緊張してたのに “景色いいな” って思った。あれでフジロックにミュージシャンがみんな来たがる気持ちがわかった。こんなに綺麗な景色なんだ、って。終わってからCJと “疲れちゃったね…” とか言って、2人して緊張でまだドキドキしてたっていう思い出(笑)。

★アーティストと観客の間にある “パワースポット”

赤尾:フジロックと並ぶ日本の音楽フェスといえばサマーソニックで、第1回目のサマーソニックはヘッドライナーがジェームス・ブラウンでしたね。

 

Yuki:すごいよね? ジェームス・ブラウンですよ、絶対撮りたい。で、パスももらってるし、行ったわけですよ。そしたらスタッフからジェームス・ブラウンは撮影NGです、って…。でも、“スクリーンは撮っていい” って言われたから、ジェームス・ブラウンが映ったスクリーンを撮影して、スクリーン感満載の点々がいっぱい入った写真になりました(笑)。

 

赤尾:結局、今でもその写真しか残ってない。

 

Yuki:そう。だからその写真がサマーソニックの公式ウェブサイトでも使われてますね。

 

赤尾:その時Yukiさんはサマーソニックのオフィシャル・フォトグラファーだったんですよね?

 

Yuki:そうです。オフィシャル・フォトグラファーっていうのと普通のフォトグラファーがいて、私はフジロックのオフィシャルのパスをもらえました。だから、普通のフォトグラファーはアタマ3曲っていうルールがあるんですけど、全曲撮れたんです。でもそれは過酷ってことだけどね(笑)。

 

赤尾:そうやってライヴを撮りつつも、楽屋とか取材現場も撮ったりするわけじゃないですか? さっき、リンプ・ビズキットのフレッドが逃げちゃった、みたいなお話があったけれど、オアシスの思い出もあるんですよね?

 

Yuki:オアシスってアリーナ級アーティストだから、もう空気がピリついてるわけですよ。それなのに編集長が許可もないのに“バックステージに行ってこい”って言うわけ。“えー!?” って。いくら図々しいとはいえ、リアム・ギャラガーが鏡とか見て準備してる時に、“どうもすいません~” って入ってくわけにもいかない。それでテツロウくんっていうカメラマンと二人で撮りに行くことになったんだけど、彼の方が年下だし “お前が行け!” って押し付けちゃった(笑)。で、楽屋からバンに乗るために歩いてくるリアムをテツロウくんが狙ってる時に、急にリアムが “あっかんべー” みたいな顔をしたわけ。そしたら彼が慌てちゃって、結果その写真はボケちゃってた。だけど、私はちょっと外側にいたから気持ちに余裕があって、リアムとからかわれてるテツロウくんっていう構図の写真が撮れて、そっちが採用されました(笑)。テツロウくんは落ち込んでたけどね(苦笑)。

 

赤尾:そうだよね(笑)。かわいそうに、行かされた挙句ピンボケちゃって(泣)。さて、そろそろお時間ですが最後にYukiさんにとってフェスって何でしょうか?

 

Yuki:私からするとフェスは、“パワースポット” です。なんでかっていうと、アーティストが目の前にいて、ファンに向かって100%の力を入れてるわけですよ。撮ってればわかるのよ。具合が悪い日があったとしても絶対に怠けてるわけじゃない。後ろのファンはファンですごいじゃない?  1列目のファンなんて特にすごいわけよ。もう目がキラキラしてる。だから雨ですごい辛くても、自分の好きな曲がかかったり、いい演奏になったりした時の “アーティスト”と“ファン” の間で写真を撮ってるわけだから、もうここは “パワースポット” だなって。

 

赤尾:あるね。

 

Yuki:本当にすごいいいエネルギーがある。 だって、どんな嫌なことがあっても、どんなに辛いことがあっても、非日常を体験するため皆で会場に集まるってすごいことじゃない? 楽しいし、“わー!” って 100%のエネルギーを発揮出来る。使命感で撮らなきゃ、っていうのもあるけど、ものすごくいいエネルギーに満ちた場所で私は働けてるんだなって思ってます。

 

赤尾:今日はありがとうございました。

 

Yuki:ありがとうございました。
 

 

この後、沢山のファンの方々が集まるYukiさんのサイン会が行なわれました。

I Love RAMONES Deluxe Edition

I Love RAMONES Deluxe Edition

Yuki Kuroyanagi 著

ラモーンズ公式ファンクラブ会長でカメラマンのYuki Kuroyanagiが、ラモーンズとの出会いからファンクラブ結成、バンドの最後、メンバーの死までを綴った1冊。メンバーと交わした手紙は100通以上、全てを一番近くで見てきた日本人。オフィシャル・カメラマンとしてだけではなく、メンバーを追い、サポートし、ファンとミュージシャンという関係を越えた物語。ラモーンズの楽屋に入ったことがあるだけではなく、メンバーの自宅にも訪問したことがあるので、その素顔、日本ツアー、アメリカでの様子など、知られざるエピソードと写真が満載。2007年の『I Love RAMONES』に未発表写真、ジョニー&ジョーイ・ラモーンの決定版インタビューを加え、さらに判型を大きくしてのデラックス・エディション。ラモーンズ ・ファンだけではなく、すべてのロック・ファン必読です。

B5変型/296ページ/3,000円(税込)

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『ロックの激情 延長戦~ロックな夫婦のトーク・イヴェント』

■日時:2026年9月13日(日)12:00開場 13:00開演 15:30終演(予定)
■場所:阿佐ヶ谷LOFT A
東京都杉並区阿佐谷南1-36-16-B1(JR中央線阿佐谷駅パールセンター街徒歩2分)
■出演:Yuki Kuroyanagi(ロック・フォトグラファー)、大谷英之(元『クロスビート』編集長)、司会進行:赤尾美香
■料金 前売り3,000円(税込:前売り特典付き)/当日3,500円
※チケットは6月18日(木)18時より LIVEPOCKETにて発売
※別途会場で1ドリンクの購入をお願いします。また追加ドリンクや軽食のオーダーも可能です。ぜひご利用ください。
■企画・製作:MUSIC LIFE CLUB/株式会社シンコーミュージック・エンタテイメント

【出演者PROFILE】

■Yuki Kuroyanagi(畔柳ユキ)
 
ロック写真家。ラモーンズ・ファン・クラブ・ジャパン会長。1983年の『BURRN!』創刊時よりグラフィック・デザインを担当した後、91年に渡米し、カメラマン・アシスタントとして修行期間を送る。帰国後、スタジオ勤務を経て独立。フジロックとサマーソニックは第1回よりオフィシャル・カメラマンとして参加した他、ロックからクラシックまで音楽を中心にエンタメ業界で撮影を続けている。ジョニー・ラモーンから直々の命を受けて93年に立ち上げたFCは現在も活動中。
■大谷英之

元『クロスビート』編集長。パンク専門誌『DOLL』の門を叩き音楽業界入り。1988年の創刊時より『クロスビート』に関わり、後に編集長を務める。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、グリーン・デイ、デヴッド・ボウイ、エアロスミス、U2など数多くのアーティストを取材。またフジロックは第1回から公式パンフレットの制作にも携わった。現在もロック関連本を編集・執筆し続け、近刊には『ザ・クラッシュと日本』などがある。

商品情報
ラモーンズ
『ラモーンズの激情』
(MQA-CD / UHQCD・完全生産限定盤)

Amazon Music・MP3(1976/4/23)¥1,500
CD(2019/8/7)¥2,851

商品情報
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『Ramones Mania』


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