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ボニー・タイラー死去。「Total Eclipse Of The Heart」「Holding Out For A Hero」の大ヒットで知られるウェールズ人ヴォーカリスト、享年75

商品情報 ボニー・タイラー『Secret Dreams And Forbidden Fire』
Amazon Music(JAN 01 1986)

80年代の不朽の名曲「Total Eclipse of the Heart」や「Holding Out for a Hero」で知られる、ウェールズ出身のパワフルなヴォーカリスト、ボニー・タイラーが亡くなりました。享年75。先日小欄でもお伝えしたばかりでしたが(6月22日MLCニュース)、彼女は今年5月にポルトガル南部のファロで腸の緊急手術を受けた後の経過が思わしくなく、回復を促すために人工的な昏睡状態に置かれており、その後意識は回復したものの、依然予断を許さない状況が続いていました。

彼女の公式ウェブサイトに掲載された声明には、こう記されています。「ボニーの家族とチームは、治療の続いていた病気が原因で、昨夜彼女がポルトガルの病院で急死いたしましたことを、深い悲しみと共にお知らせします。追って改めて声明を発表いたしますが、今は、この悲劇と向き合うため、私たちのプライヴァシーを尊重してくださいますようお願い申し上げます」
タイラーは1976年の「Lost in France」で全英及び欧州でのブレイクを果たし、続いて1977年の「It’s a Heartache」でアメリカのマーケットでも成功を収めました。しかし、彼女の楽曲の中で最も長く愛され続けているヒット曲は、何と言っても1983年の「Total Eclipse of the Heart」(邦題「愛のかげり」)でしょう。この曲はリリース以来、人々の記憶から消えることなく、月食や日食が巡ってくる度に話題に上るほか、カラオケの定番曲としても色あせない魅力を放ち続けています。

ミート・ローフとの仕事で名高いジム・スタインマンが書き上げた「Total Eclipse of the Heart」は、切ない憧憬や渇望の念に満ちた、7分近い大作パワー・バラードでした。タイラーにはこの壮大なヒット曲を歌い上げるのに不可欠な歌唱力と圧倒的な存在感が備わっており、更に彼女独特のハスキーな歌声が、パフォーマンス上なくてはならない、ぼろぼろに傷つき欠けた刃のような脆さのニュアンスを加え、表現に深みを与える結果となったのです。

「この曲を歌う時は、文字通り心血を注いでたわ」と、彼女は2023年の『ガーディアン』紙のインタヴューで、ごく端的に語っていました。

1951年6月8日、本名ゲイナー・ホプキンスとして生まれたタイラーは、ウェールズ南部のニース(Neath)郊外にある小さな村で、大家族の一員として育ちました。2005年のドキュメンタリー番組の中で、彼女は自身の母親が「素晴らしいオペラ歌手だった」と語っています。母親は家の中で歌うだけでしたが、その歌声は家の前を通りかかる人々の足を思わず止めさせるほどのものだったそうです。タイラーはきょうだいを通じて様々な音楽に触れ、熱心にラジオを聴く中で、とりわけティナ・ターナーやジャニス・ジョプリンの音楽を好むようになりました。

タイラーは、プロの歌手になろうなどとは夢にも思っていませんでしたが、1969年に叔母が彼女を地元のタレント・コンテストにエントリーさせたことで、状況が一変します。このコンテストで2位に入賞したことで自信をつけたタイラーは、地元グループのバックコーラスとしてオーディションを受け、見事採用されました。それから間もなく彼女は自身のバンド、イマジネーションを結成します。

「私たちは毎週、週に6晩ペースでギグをやってたの」タイラーは2005年のドキュメンタリーで振り返っています。「報酬なんてほんの二束三文だったけど、私たちみんな、とにかくやってて楽しかったの! 学校を辞めて最初に働いてた青果店での仕事よりは、どんな仕事でもましだったわ」

イマジネーションでの地道な活動は7年に及びましたが、ロジャー・ベルというスカウトが彼女に目をつけ、声をかけたことで、ようやくレコード・レーベルとの契約の道が開きました。「彼はロニー・スコットとスティーヴ・ウルフっていうソングライター・チームが、自分たちの曲を歌ってくれる女の子を探してるのを知ってて、私の話を伝えたのよ」と彼女は振り返ります。「それでロンドンに連れて行かれて、最初に録ったデモの中に、“Lost In France”があったの。で、あれよあれよという間に『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出演してたわ」

Bonnie Tyler - Lost In France (Official HD Video)

RCAレコードと契約を交わした彼女の1976年4月のデビュー・シングル「My! My! Honeycome」は大して話題になりませんでしたが、同年9月のセカンド・シングル「Lost in France」は、全英チャート最高位第9位に食い込むヒットとなりました。ちなみにこの契約時まで、彼女はシェリーン・デイヴィスという芸名を名乗っていましたが、レーベル側から「ベリーダンサーみたいな名前」なので変えた方がいいという指摘を受け、広げた新聞に載っているあらゆる苗字と名前をリストアップして検討した結果、“ボニー・タイラー” と名乗ることに決めたのだそうです。「とても輝かしい名前になっているわ」

ところが時期を同じくして、タイラーの声帯に結節が見つかり、彼女の歌う機能が脅かされる事態となりました。彼女は手術を受け、その後6週間にわたって厳格な声帯の安静を強いられ、その間は歌うことも話すことも一切禁じられていました。自他共に認める「おしゃべり」な性質のタイラーは、このルールを守ることに苦しみ、ある日、母親と車で移動中に、苛立ちのあまり思わず絶叫してしまいました。結果は甚大でした。

「声が出るようになってから、初めてスタジオに入って歌い始めたら、バンドがみんなびっくりしてたわ、『うわあ、グレイトな声になったね』って」と、タイラーは2009年の『ガーディアン』の記事で振り返っていました。「私の声は前よりハスキーになって、エッジが増したの。つまり結果的に言えば、声が出なくなるっていうのは私にとってはそんな深刻なことじゃなかったのよ」

1976年にリリースされたタイラーのデビュー・アルバム『The World Starts Tonight』では、彼女の歌声はまさにクリスタルのように澄み切っていましたが、1977年の『Natural Force』では、後に彼女最大の特徴となるハスキーな声でシーンへの復帰を果たしたわけです。その変化の威力は、英国やヨーロッパで大ヒットし、米国でもブレイクしてビルボード・ホット100で3位を記録した「It’s a Heartache」で、すぐに証明されました。

Bonnie Tyler - It's A Heartache (Official HD Video)

その後数年の間、タイラーは1979年の「My Guns are Loaded」や「(The World is Full of)Married Men」をはじめとする、そこそこのヒットを飛ばしました(ちなみに1979年11月には英国代表としてヤマハ主催の世界歌謡祭に出場するために初来日し、「Sitting on the Edge of the Ocean」(邦題「哀しみのオーシャン」)を歌ってグランプリを受賞しています)。1981年、彼女はRCAからの最後のアルバム『Goodbye to the Island』をリリースした後、新たなレーベルとクリエイティヴな方向性を模索し始めます。CBSと契約を結んだ彼女は、ミート・ローフのような音楽を作りたいという意向を示し、彼の主要な共同制作者であるジム・スタインマンと仕事を始めました。

1983年のインタビューで、スタインマンはタイラーから連絡があったことに驚いたと明かしました。ミート・ローフの『But Out Of Hell』の成功を受けて、彼とのコラボレーションを熱望していたアーティストたちの多くがメタル系だったからです。しかし、彼はタイラーの歌声──「それまでロックンロールの世界で耳にした中でも屈指の情熱的な歌声」──を高く評価していましたし、タイラーの過去の作品は「彼女の真の実力を十分に引き出せていない」と感じていました。

レコーディング・セッションを始めて間もなく、スタインマンは少し前にあった月食の最中に書き始めた未完成の曲をタイラーに聴かせました。彼はその曲を、愛の暗い側面を描いた「熱に浮かされたような曲」と表現し、月食は「誰かが愛に完全に圧倒されている状態を表現するのにうってつけのイメージ」だと解説しました。
 
2023年の『ガーディアン』紙のインタヴューでタイラーは、スタインマンがピアノで披露した「その曲の素晴らしさは、たちまちのうちに理解できた」と語っています。彼女は更に、「Total Eclipse of the Heart」のレコーディング直後に友人に送った手紙に、「今日、素晴らしい曲を録音したんだけどね、問題は曲があまりに長過ぎて、きっと誰も流してくれないだろうってことなの」と書いたと回想しました。

1983年2月にリリースされた「Total Eclipse of the Heart」は、ラジオ放送用に短縮されていましたが、タイラーにとっては驚くべきことに、曲の人気が盛り上がるにつれ、「あまりにもリクエストが多いから、アルバムの方のフル・ヴァージョンが流されるようになったのよ」。英国の古い療養所で撮影されたと言う印象的なMVも後押しとなり、「Total Eclipse of the Heart」はチャートを着実に上昇し、10月には全米シングル・チャートで第1位を獲得、4週間にわたってその座を維持し続けました。

「Total Eclipse of the Heart」を収めたタイラーの5枚目のアルバム『Faster Than the Speed of Night』は全英アルバム・チャートで第1位を獲得し、ビルボード200でも最高位第4位を記録しました。また、タイラーはこの年のグラミー賞において、「Total Eclipse of the Heart」で最優秀ポップ・女性ヴォーカル・パフォーマンス部門、『Faster Than the Speed of Night』で最優秀ロック・女性ヴォーカル・パフォーマンス部門にノミネートされました(受賞には至りませんでしたが)。

*RIP* Bonnie Tyler - Total Eclipse Of The Heart - Grammys 1984 [4K]

その後のタイラーは、「Total Eclipse of the Heart」ほどの大ヒット曲を生み出すことこそなかったものの、シェイキン・スティーヴンスとの「A Rockin’ Good Way(to Mess Around and Fall in Love)」、ジョルジオ・モロダーがプロデュース兼共作を手掛けた「Here She Comes」 「If You Were a Woman(And I Was a Man)」、トッド・ラングレンとの「Loving You’s a Dirty Job but Somebody’s Gotta Do It」など、記憶に残るシングルを次々とリリースしました。中でも最大のヒットが、映画『フットルース』のサウンドトラック用に録音された、これもスタインマンが手がけた楽曲「Holding Out for a Hero」で、日本でも朝倉未稀の日本語カヴァー曲「ヒーロー」がTVの人気ドラマの主題歌となりヒットとなりました。

その後数十年にわたっても、タイラーは定期的なツアーやレコーディングを続け、特にヨーロッパでは強力かつ持続的な支持を得ていました。この間でひとつ特筆すべき楽曲を挙げるとすれば、1995年にリリースされたエア・サプライの「Making Love(Out of Nothing At All)」のカヴァーで、この曲にはかつてタイラーの母親がプッチーニの『蝶々夫人』のアリアを歌っていた音源がサンプリング使用されています。

Bonnie Tyler - Holding Out For A Hero (Official HD Video)
Bonnie Tyler - Making Love (Out of Nothing at All)

2021年、タイラーは通算18枚目にして最後のスタジオ・アルバムとなった『The Best Is Yet to Come』をリリースしました(この後、ライヴ・アルバム『In Berlin』が2024年にリリースされています)。2025年には、デヴィッド・ゲッタやハイパトンとタッグを組んでシングル「Together」をリリースし、フランスのチャートに久々のランクインを果たしたりもしました。今年の5月にポルトガルで入院した時、彼女は同月の後半からまた新たなツアーに出発する準備を進めているところでした。

タイラーは生涯音楽やパフォーマンスに対する情熱を一切失うことなく、自身の最大のヒット曲への愛も決して揺らぐことはありませんでした。2017年の日食の際、彼女は皆既帯に位置するクルーズ船上で「Total Eclipse of the Heart」を披露しています。そして、この天体現象が再び巡り来るのに合わせ、同曲のストリーミング再生数が再び急増し、一部のチャートに再ランクインする度、タイラーは常に快くメディアの取材に応じていました。

今回の訃報に際して、女優のキャサリン・ゼタ・ジョーンズ(タイラーの夫とはいとこ同士)や、共演経験のあるサー・クリフ・リチャード、シェイキン・スティーヴンス、ブライアン・アダムスらからいち早くお悔やみの言葉が寄せられていることからも、陽気でお喋り好きで、誰にでも分け隔てなく接していたという人柄が偲ばれます。また、2022年に彼女に大英帝国勲章(MBE)を授与したプリンス・オブ・ウェールズ(ウィリアム英皇太子)や、彼女の生まれ故郷ウェールズのルン・アプ・イオルウェルス首相、英国のキア・スターマー首相らからも「音楽を通して世界中の人々に喜びをもたらした、ウェールズが誇る偉大なるアイコン」への哀悼のメッセージが発信されています。

「ただポップスターになりたいというだけで歌うんじゃダメね、」と、タイラーは2009年に綴っていました。「有名になれるからという理由じゃなく、歌そのものへの愛のために、一生懸命努力を重ねて行かなきゃ。私は有名になるための努力なんて一度もしたことがないし、考えたこともない。歌手志望の人たちには、バンドを結成し、必要ならガレージで練習してもいいから、経験を積むためにできるだけ多くのチャリティー・イヴェントや、オープン・マイクに出演することを勧めるわ。私はレコード契約を結ぶまでに7年間歌い続けていたけど、その時点で既に自分のやっていることを心から愛していたもの。見つけてもらえたのは、ただ運が良かっただけよ」

安らかなる眠りをお祈りいたします。
商品詳細
ボニー・タイラー
『トータル・エクリプス・オブ・ザ・ハート』


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