ブギウギ&ブルースのピアニスト、ジーン・テイラーが68歳で死去

ザ・ブラスターズやファビュラス・サンダーバーズの元メンバーで、ブギ・ウギ&ブルースのピアニスト/シンガーだったジーン・テイラー(Gene Taylor)が2月20日、テキサス州オースティンの自宅で就寝中に亡くなりました。享年68。

死因は明らかになっていませんが、テイラーが亡くなった家は、寒波による停電で5日間暖房が使えなかったそうで、彼の遺体は同居人によって発見されました。

ザ・ブラスターズ。右端がジーン・テイラー。


ブラスターズのバンド仲間だったデイヴ・アルヴィンが自身のフェイスブックで訃報を発表しており、次のように綴られています。
「ジーンとは僕が13歳の時からの知り合いで、当時17歳だったジーンは小さな農家に一人で住んでいた。すでに顎ひげを生やしていた彼は、たやすく酒を買うことができ、葉巻を吸っていたが、何より重要なのは、彼がすでにブギ/ブルース・ピアノの達人だったことである。
ブラスターズの全員が変わり者だったが、それはジーンも同様で、俺たちは長年にわたり喧嘩もしたが、自分たちの生い立ちや、学んだ相手、愛した者たちを忘れたことはなかった」

1952年にロサンゼルス郊外のノーウォークで生まれたテイラーは、8歳でドラムのレッスンを始めましたが、隣に住むブギ・ウギのピアニストから影響を受けるようになり、10歳でピアノとギターに転向しました。隣人の演奏を聴き覚えたテイラーは、11歳で近所の親友らと演奏するようになりましたが、15歳で自身の両親と兄弟を失くし、ミュージシャンとして生計をたてることになりました。

テイラーは、16歳からビッグ・ジョー・ターナーやTボーン・ウォーカーといったブルース・レジェンドらと共演し、70年代半ばにジェイムス・ハーマンのバンドに加入したほか、1974年から1976年までキャンド・ヒートのピアニストを務めました。

その後カナダのトロントに移住したテイラーは、1981年から1984年までザ・ブラスターズとツアーを行ない、1986年に待望のデビュー・ソロ・アルバム『Handmade』を発表。翌1987年にエイモス・ギャレットとダグ・サームとレコーディングしたアルバム『The Return Of The Formerly Brothers』は、ジュノ・アワードの「最優秀ルーツ&トラディショナル・アルバム賞」を受賞しました。

ザ・ファビュラス・サンダーバーズ。ジーン・テイラーは中央。


1993年にはテキサス州オースティンに移住し、同年から2007年までファビュラス・サンダーバーズのキーボーディストを務め、2003年に2作目のソロ・アルバム『Gene Taylor』を発表しました。

2007年からは拠点をベルギーに移し、ジーン・テイラー・トリオとしてツアーを行ない、2012年にブラッセルのブギ・ウギ・フェスティバルに出演していました。

安らかなる眠りをお祈りいたします。

THE BLASTERS LIVE 1982
So Long Baby, Goodbye
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