【WML×MLC連動連載】
名盤の立役者・トミー・リピューマ 第9&10・最終回(全10回)

ダン・ヒックス&ヒズ・ホット・リックス『ホエアズ・ザ・マネー』

3月29日に発売になった新刊『トミー・リピューマのバラード  ジャズの粋を極めたプロデューサーの物語』は、1960年代からブルー・サム〜A&M〜ワーナーなどで数多くの名盤を手がけたプロデューサー、トミー・リピューマの評伝です。著者は自らもオルガン/キーボード・プレイヤーとしてジャズ/ポピュラー音楽界で著名なベン・シドラン。すでに複数の著作も上梓している作家としての横顔も持つ彼が、トミー・リピューマの人物像を軸に、音楽業界の裏側や名盤の舞台裏を包み隠さず描いた一冊です。

 『トミー・リピューマのバラード』は、50年来の親友への私からのラヴ・レターです。家族のように、ともに素晴らしい時代を過ごしました。“バラード”としたのは、彼の人生は、私が歌うべき歌だから。そして今それを届けることができてうれしく思います。皆さんはここで、音楽やレコード・プロデュースにまつわるさまざまな現実を知ることでしょう。しかし、この歌(本書)の中心は、トミーという男の気持ちにほかならないのです。

ベン・シドラン
そして本連載は、短期集中で毎回アーティスト/作品単位でのテーマを取り上げ、同書からそれにまつわる部分をご紹介していこうというもの。同時に、トミー・リピューマが多くの作品を残したワーナーミュージックのウェブサイト「ワーナーミュージックライフ」(WML)のご協力のもと、我々ミュージック・ライフ・クラブ(MLC)と連動した連載として別々のテーマを取り上げ、双方で同時に展開。両方同時に読むことで倍楽しめる!ことを目指しました。ぜひ取り上げたアーティストの作品を聴きながらお楽しみください。


そして第10回・ドクター・ジョン『イン・ア・センチメンタル・ムード』は、ワーナーミュージックライフで同時公開。こちらもぜひお読みください。


WMLでの第10回・ドクター・ジョン『イン・ア・センチメンタル・ムード』はこちら。

ボブ・クラズナウが設立、トミー・リピューマも加わったレーベル:ブルーサムのカタログは、1960〜70年代にかけての当時の米国にあって一際異彩を放つものでした。小規模だからこそのやりたい放題、しかしそれが仇となっての大手によるアーティストの強奪──その詳しい流れは本書をお読みいただくとして、そのもっとも象徴的な存在がダン・ヒックス&ヒズ・ホット・リックスではなかったでしょうか。ちゃんとルーツに根ざしながらも、飄々として斜に構えたような洒脱さで放つニセモノ感、しかし同時にとても楽しく奏でられるジャジーなアコースティック・スウィング・サウンドは、あつらえたかのような “ブルーサム向け” なグループでした。
ダン・ヒックス&ヒズ・ホット・リックス 『ホエアズ・ザ・マネー』のスリーヴも、デイヴ・メイスン『アローン・トゥゲザー』並みに特殊な変形ゲイトフォールド。①上にあるグループ名の部分だけが上に向かって開き、その裏面にはメンバーのクレジットが。そして②グループショットの面は左に開き、左側・正面の裏には歌詞が。右側手前(ここのグループショットでのヒックスはゴリラのマスクを被っており、他のメンバーはいくぶん失笑気味)は斜めにカットされていて、ファイリングするような形でディスクを入れる方式。



以下、『トミー・リピューマのバラード ジャズの粋を極めたプロデューサーの物語』より引用。
次にブルーサムが契約したのはダン・ヒックスだった。ダン・ヒックス&ザ・ホット・リックスは、トミーがベイ・エリアに行った際に聴いた素晴らしいスウィング・ヴォーカル・グループだった。ヒックスの曲、中でも「キャンド・ミュージック」と「アイ・スケア・マイセルフ」はトミーにとって衝撃だった。また、ダンの何気ない歌い方と、バンド・メンバーの猛烈な音楽的才能の対比にも感服していた。ヴァイオリン奏者のシド・ペイジは圧倒的なテクニックの持ち主で、ギタリストのジョン・ガートンはこの上なくスウィングしていた。バンドのステージはホットであると同時にクールで、おまけにネオミ・アイゼンバーグとメリーアン・プライスというセクシーな女性ふたりのグループ、リケッツによるバック・ヴォーカルが花を添えていた。彼らのライヴは文句なしに楽しめるショーだった。トミーとクラズナウはソーサリートのハウスボートに住んでいたダン・ヒックスに会うためにサンフランシスコへ飛んだ。彼のハウスボートに着いてわかったのだが、船のデッキにたどり着くまでには渡し板を通る必要があった。古くなった渡し板は折れ曲がっており、真ん中が水に沈んでしまっていた。そしてその沈んでいるところの先には犬のうんちがあり、契約をものにしようと思ったら水たまりを飛び越え、うんちを避けていかざるを得なかった。常識ある人なら冗談じゃない、と思うところかもしれないが、トミーとボブのふたりはあまりのくだらなさに笑い転げていた。これはきっとダンの仕業だとふたりは確信していた。ダンは否定したが。

トミーはダンをライヴ録音するべきだとわかっていた。会場には当時人気のシンガー・ソングライターたちの拠点になっていた、サンタモニカ通りのトルバドールを選んだ。最終的に、トミーはたくさんのテイクから選べるようにと5回のショーを収録しておいた。トミーとアルは16トラックの録音機材を2台搭載したトラックを準備し、ミスのないように同時進行で回した。さらに、ふたりは観衆の拍手も別々に録音しておき、アルバムを編集する際にこの拍手をループにして曲と曲の合い間を目立たなくした。完成したアルバム『ホエアズ・ザ・マネー』はひとつの素晴らしいライヴ・ショーのように聴こえるものとなっており、スタジオでの制作とは、実は真実を示す噓に他ならないという好例と言える。
Various Artists
『トミー・リピューマ・ワークス』

ワーナーミュージック・ジャパン
AOR、シティ・ミュージックの先駆者である今は亡き名プロデューサー、トミー・リピューマ。貴重な写真の数々を掲載したブックレットを収録した、音楽の自叙伝ともいえるCD3枚組45曲収録の楽曲集。

アメリカの音楽界だけでなく、日本のポップス・ミュージック・シーンにも多大な影響を与え、AOR、シティ・ミュージックの先駆者である今は亡き名プロデューサー、トミー・リピューマ。グラミー賞に33度ノミネートされ、5度受賞。彼のプロデュースしたアルバムは7,500万枚以上の売り上げを記録している。彼が携わったImperial, A&M, Blue Thumb, Warner Bros., A&M/Horizon, Elektra, GRP/Verveというすべてのレーベルから、彼が手掛けた代表的な楽曲を収録した、未亡人公認のオムニバスCD。ジョージ・ベンソン、マイケル・フランクス、マイルス・ディヴィス他アーティストの数々の名曲を収録。AORファン、フュージョン・ファン垂涎の貴重な写真を収録したブックレットが付いた、3枚組CD。

ブックレットには、マイルス・デイヴィス、マイケル・フランクス、ダイアナ・クラール、ドクター・ジョン、サンドパイパーズ、クロディーヌ・ロンジェ、ニック・デヵロ、アル・シュミットなどと撮影された、音楽史的に大変貴重な写真の数々を収録。

●トミー・リピューマ・プロフィール
1936年7月5日生まれの音楽プロデューサー、オハイオ州クリーヴランド出身。ジョージ・ベンソンはじめ、アル・ジャロウ、マイケル・フランクス、マイルス・デイヴィスやダイアナ・クラール等、ジャズ/クロスオーヴァー/AORの名盤とされる作品を数多くプロデュース、グラミー賞の受賞作も多数。2017年3月13日に他界、享年80。

その生涯をベン・シドランがまとめたのが評伝『The Ballad Of Tommy Lipuma』(2020年刊)で、邦訳版『トミー・リピューマのバラード ジャズの粋を極めたプロデューサーの物語』(弊社刊)として発売中。

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