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元スージー&ザ・バンシーズのドラマー、ケニー・モリス死去
スージー&ザ・バンシーズのセカンド・アルバム『Join Hands』(Polydor:1979年)のインナースリーヴ。右から二人目がケニー・モリス。残る3人は左からジョン・マッケイ(g)、スティーヴ・セヴェリン(b)、右端がスージー・スー(vo)。
1月15日、スージー&ザ・バンシーズのオリジナル・メンバーであり初代ドラマーだったケニー・モリスが亡くなったことが公表されました。享年68歳。死因は明らかにされていません。
1957年、イングランドのエセックスでアイルランド人の両親の元に生まれたモリスは、ノースイースト・ロンドンのアートスクールに進学し、1976年には友人だったシド・ヴィシャスのバンド、ザ・フラワーズ・オブ・ロマンスにごく短期間在籍しました。
モリスが正式にスージー&ザ・バンシーズのドラマーとなったのは1977年、ヴォーカリストのスージー・スーとベーシストのスティーヴ・セヴェリンがロンドンでバンドを結成してから1年後のことです。モリスが彼らのライヴを最初に観たのは1976年9月、かの100クラブ・パンク・フェスティヴァルでのことで、当時はピストルズのヴィシャスがドラマーを務めていました。ちなみにこれはシドにとって、このバンドでプレイした唯一のギグでした。
モリスは2023年のインタヴューで当時を振り返り、こう語っていました。「オーディションに行くと、ドラム・キットが置いてあったんで、俺は早速セッティングに取り掛かったんだけど、そこへバンシーズのマネジャーのニルス・スティーヴンソンがやって来て、俺の方に近寄って言ったんだ、『オマエがファッキン・ドラマーになりたいって奴か、ああん?』」って。俺は一瞬でそいつを嫌いになったね。でもオーディションの終わりには、みんなで8曲も書き上げてたんだ」
モリスはスージー&ザ・バンシーズで2枚のアルバム──『The Scream』(1978)と『Join Hands』(1979)──でプレイし、彼らのデビュー・シングル「Hong Kong Garden」は全英オフィシャル・チャート(インディではなく)で最高位第7位を記録しました。
彼が突然バンドを脱退したのは1979年、セカンド・アルバム『Join Hands』のツアー中に行なわれたレコード・サイン会で起こった口論の直後で、ギタリストのジョン・マッケイも同じタイミングで脱退しました。モリスの後は元スリッツのドラマー、ピーター・ “マッジー”クラークが、マッケイの後はザ・キュアーのロバート・スミスがそれぞれ引継ぎました。
バンシーズ脱退後、モリスはドラマーとしての活動と並行して、幾つかのショート・フィルムの監督を務め、アイルランドのコークに拠点を移してからは、本格的に絵画の道を極めて画家としても評価されており、ダブリンで行なわれた大きな展覧会にも作品を出品したりしていました。亡くなる前にはシュライン・オブ・ザ・ヴァンパイアというポスト・パンク・ゴス・バンドでドラマーとして活動を再開する傍ら、回想録を書き上げており、『ニューヨーク・ポスト』紙によれば今年後半にも発売予定だったとのことです。
モリスが正式にスージー&ザ・バンシーズのドラマーとなったのは1977年、ヴォーカリストのスージー・スーとベーシストのスティーヴ・セヴェリンがロンドンでバンドを結成してから1年後のことです。モリスが彼らのライヴを最初に観たのは1976年9月、かの100クラブ・パンク・フェスティヴァルでのことで、当時はピストルズのヴィシャスがドラマーを務めていました。ちなみにこれはシドにとって、このバンドでプレイした唯一のギグでした。
モリスは2023年のインタヴューで当時を振り返り、こう語っていました。「オーディションに行くと、ドラム・キットが置いてあったんで、俺は早速セッティングに取り掛かったんだけど、そこへバンシーズのマネジャーのニルス・スティーヴンソンがやって来て、俺の方に近寄って言ったんだ、『オマエがファッキン・ドラマーになりたいって奴か、ああん?』」って。俺は一瞬でそいつを嫌いになったね。でもオーディションの終わりには、みんなで8曲も書き上げてたんだ」
モリスはスージー&ザ・バンシーズで2枚のアルバム──『The Scream』(1978)と『Join Hands』(1979)──でプレイし、彼らのデビュー・シングル「Hong Kong Garden」は全英オフィシャル・チャート(インディではなく)で最高位第7位を記録しました。
彼が突然バンドを脱退したのは1979年、セカンド・アルバム『Join Hands』のツアー中に行なわれたレコード・サイン会で起こった口論の直後で、ギタリストのジョン・マッケイも同じタイミングで脱退しました。モリスの後は元スリッツのドラマー、ピーター・ “マッジー”クラークが、マッケイの後はザ・キュアーのロバート・スミスがそれぞれ引継ぎました。
バンシーズ脱退後、モリスはドラマーとしての活動と並行して、幾つかのショート・フィルムの監督を務め、アイルランドのコークに拠点を移してからは、本格的に絵画の道を極めて画家としても評価されており、ダブリンで行なわれた大きな展覧会にも作品を出品したりしていました。亡くなる前にはシュライン・オブ・ザ・ヴァンパイアというポスト・パンク・ゴス・バンドでドラマーとして活動を再開する傍ら、回想録を書き上げており、『ニューヨーク・ポスト』紙によれば今年後半にも発売予定だったとのことです。
なお、モリスの死を公表したのは音楽ジャーナリストであり、彼とは長年親しい友人だったジョン・ロブ(コアなアンダーグラウンド音楽情報満載のウェブサイト「Louder Than War」の編集者でもある)で、ネットでは他にも多くのジャーナリストたちから彼への弔辞が寄せられていました。ロブによればモリスは「心優しく、理路整然としていて、アーティスティックかつ魅力的な友人であり、彼の素晴らしいエキセントリックさはとにかく愛すべきと言う外なかった」人物だったということです。
安らかなる眠りをお祈りいたします。
商品詳細
スージー&ザ・バンシーズ
『The Scream』
・Amazon Music(NOV 13 1978)[Deluxe]
・Amazon(2009/3/17)輸入盤CD
スージー&ザ・バンシーズ
『The Scream』
・Amazon Music(NOV 13 1978)[Deluxe]
・Amazon(2009/3/17)輸入盤CD
商品詳細
スージー&ザ・バンシーズ
『Join Hands』
Amazon Music(SEP 07 1979)
スージー&ザ・バンシーズ
『Join Hands』
Amazon Music(SEP 07 1979)
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