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シカゴの創立メンバーのひとり、サックス奏者のウォルト・パラゼイダー死去
1971年シカゴ初来日時、『ミュージック・ライフ』取材時のウォルター・パラゼイダー。
「父を直接ご存じなかったとしても、父を愛してくださってありがとうございます」と、フェリシアは自身のSNSに投稿しています。「私は今でもショックと信じられない気持ちでいっぱいですが、一方で来るべきものが来たという安堵の思いもどこかにあります。正直、この6年間は人生最悪の時間でした」
最初の2枚は本ページ・トップ画像と同じ1971年の、入国時の羽田空港でのバンドと、武道館でのステージ。続く2枚は翌年再来日を果たした際のステージ。
彼は2017年には心臓疾患の治療のため、シカゴとのツアー活動から引退を表明し、後にはホスピスに入院することになりました。「ウォルトは健康上の理由で引退せざるを得なかったんだよ」と、シカゴのホーン・セクションの同僚であるリー・ラフナンは2018年に『シラキュース・ポスト・スタンダード』紙に語っていました。「ツアーの過酷さはとにかく身体に負担をかけるもので、慣れることはあっても楽になることはないから、適応できなければ続けるのは難しいんだ」
パラゼイダーは、2022年にリリースされたグループの最新オリジナル・アルバム『Chicago XXXVIII: Born for This Moment』には参加しておらず、レコーディングに加わった最後の機会は2014年の『Chicago XXXVI: Now』収録の3曲のみです。シカゴからはロバート・ラムとジェイムズ・パンコウも既に引退しており、現在はラフナンが唯一残ったオリジナル・メンバーとなっています。
彼は学内で、後にシカゴでもバンドメイトとなるテリー・キャスとダニー・セラフィンと共に、ミッシング・リンクスという学生バンドを結成しました。やがて彼はシカゴのキャリアを決定づけることになる最初期のプロデューサー、ジミー・グエルシオと出会います。フルートも演奏していたパラザイダーは、デポール大学でクラシック・クラリネット演奏の学士号を取得しました。そしてその頃には、ミッシング・リンクスのメンバーはラフナン、ジェイムズ・パンコウ、ロバート・ラム、ピーター・セテラらと共演するようになっていました。
彼らは当初、自らグループ名を「ネクスト・ビッグ・シング(次の大物)」と名乗っていました。パラゼイダーは、グループが最終的にロックへと方向転換するきっかけを作った張本人として知られています──ただし、当時としては珍しい、ホーン・セクションを取り入れた形で。
「シカゴのノースサイドにあったウォルターのアパートでみんなで一堂に会したんだ」と、パンコウは後に回想しています。「ダニー、テリー、ロバート、ウォルター、リー、そして僕っていうメンツでね。その場で全員が、このプロジェクトを成功させるために、自分たちの人生とエネルギーを捧げることを誓い合ったんだ」
彼らはバンド名をシカゴ・トランジット・オーソリティに変更し、その後単にシカゴと改名しました。バンドは間もなく活動拠点をカリフォルニアに移しましたが、少なくとも最初は苦労の連続でした。「ロサンジェルス郊外のビアホールか何かで演奏しても、しばらくの間はバンド単位で15ドルとか20ドルとか、それくらいしか稼げなかったと思う」と、パラゼイダーはかつて発言しています。
けれどやがて、パラゼイダーのアイディアが実を結ぶ時が訪れました。1969年のバンド名を冠したデビュー・アルバムはダブル・プラチナムを獲得し、1978年の『Hot Streets』までのアルバムは全作、アメリカ国内だけで100万枚以上を売り上げたのです。「人々が少し違った音楽を聴きたがっていた時代にバンドを結成できたのは、僕らの幸運だったね」とラムは『Classic Rock』誌に語っていました。
ところがそんな矢先、キャスが偶発的な事故で自ら命を絶ってしまい[訳注:バンドのクルー・メンバーの自宅でのパーティーで、当時深刻な飲酒とドラッグ癖を抱えていた彼が、その場にあった銃をオモチャにしていて暴発させ即死]、バンドは一気に急降下してしまいます。この当時既にバンド内には音楽的方向性に関して意見の対立がありました。「グループの中には、成功と折り合いをつけることが他の人よりも難しいメンバーもいたかもしれない」とパラゼイダーは付け加えました。「67年2月のあの日、僕の家のキッチンテーブルを囲んでいた時に、『よし、俺たちの目標は有名になることだ』と言ったメンバーは一人もいなかったと思うからね」
そこからポップ路線に舵を切ったシカゴは、80年代に華々しくカムバックを果たし、『Chicago16』から『Chicago19』までで約900万枚のアルバム・セールスを上げました。そしてその間、全米トップ10ヒット・シングルを20曲近く生み出し、1982年の「Hard to Say I'm Sorry」、1988年の「Look Away」で1976年の「If You Leave Me Now」以来となるポップ・チャート首位の座を手に入れました。
「ある時、ひとりの若い子が僕に近づいてきて、『あなたの最初のレコードを持っているんだけど、サインしていただけませんか?』と言ったんだよ」とパラゼイダーは当時を振り返りました。「彼女が持っていたのは『Chicago 16』で、彼女は僕らのそれ以前の作品については全く知らなかったんだ。その時しみじみ実感したよ、僕らは新たな世代のオーディエンスを獲得したんだってね」
パラゼイダーは、自身の輝かしいキャリアについて常に明確な見解を持っていました。「バンドを始めたとき、僕には確信していたことがひとつあったんだ。それは、僕らのバンドのメンバーたちは全員が優れたミュージシャンであり、献身的で、何か素晴らしいことを成し遂げようと努力している、ってことさ」というのが、彼が2003年に『Wilmington Star-News』紙に語った言葉です。「だからね、僕には分かっていたんだよ、僕らはきっと何がしかの成功を掴めるだろうって」
パラゼイダーの遺した最も象徴的な演奏を挙げるなら、1971年にシカゴがトップ10入りを果たしたシングル「Colour My World」でのフルート・ソロや、1973年のトップ5ヒット曲「Just You 'n' Me」でのサックス・ソロ等でしょう。シカゴが2016年にロックの殿堂入りを果たした折には、1986年から10年間シカゴで活動したベイリーが代理として式典に出席し、パラゼイダーの功績を称えてその名誉に浴しました。
安らかなる眠りをお祈りいたします。
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