※関連ニュースをご覧になる場合は、こちら↑のタグ(アーティスト名/項目)をクリック。
ザ・ジャガーズのヒットメイカーで、ワイルド・チェリーのギタリストも務めた、ヒット曲「Ah! Leah!」でも知られるドニー・アイリス死去
ヴィターレの投稿は以下の通りです。「皆さんにとても悲しいお知らせがあります。既にご存知の方も多いかもしれませんが、本日、僕のボスであり友人でもあるドニー・アイリスが83歳で亡くなりました。この5年間、ドニー・アイリス&ザ・クルーザーズでドラムを叩かせてもらえたことは、僕にとって大変な光栄であり幸運でした。本当にとてつもない道程でした……。ドニーの娘さんたちやご家族の皆さんに、心よりお悔やみ申し上げます。バンドのメンバーやスタッフのみんな、キミたちは本当に素晴らしかった、この数年間、キミたちと一緒に仕事ができてとても楽しかったよ。ドニー、愛してるよ、兄弟。安らかに眠ってくれ、友よ」
ピッツバーグの音楽シーンの重鎮だった彼は、「Ah! Leah!」や「Love Is Like a Rock」などのヒット曲で聴かせたハイトーンの歌声、シャープなポップ・センス、そしてパワフルなギター・サウンドを武器に、アイリスは60年にわたるキャリアを築き上げ、ペンシルヴェニア西部を拠点に、全米で愛される存在となりました。
アイリスが最初に全米規模の成功を手にしたのは、1970年のシングル「The Rapper」でビルボード・ホット100で最高位第2位を記録し、ゴールド・ディスクを獲得した時のことでした。やがて彼はキーボード奏者のマーク・アヴセックと知り合ったのをきっかけに、ギタリスト兼バック・ヴォーカル担当としてワイルド・チェリーに加入します。二人はバンドとは別に自分たちだけのプロジェクトを起ち上げ、それが後にドニー・アイリス・アンド・ザ・クルーザーズの礎となりました。
1980年にリリースされた同グループのデビュー・アルバム『Back on the Streets』には、パワフルなギター・ロック(アイリスはフェンダー・ストラトを好んで使用)、前面に押し出されたキーボード、緻密に構成されたハーモニー、そして特徴的な高音域のスクリームへと駆け上るリード・ヴォーカルという、アイリスのソロ・キャリアの象徴的なサウンドがフィーチャーされています。歌詞なしのヴォーカル・フックから始まる彼らの代表曲「Ah! Leah!」では、アイリスがあるチャントをリアという名の女性を題材にした曲に仕立て直すことを提案したことで生まれ、完成した楽曲は彼の卓越した歌声の魅力を存分に引き出すものとなりました。ピッツバーグやクリーヴランドのラジオ局から早い段階で支持を得たこのシングル曲は、ビルボード・ホット100で最高位第29位を記録しています。
クルーザーズは1981年に『King Cool』をリリースしますが、このタイトルはアイリスを「新時代のクールの覇者(new king of cool)」と評したコンサート・レヴューに触発されたものでした。このアルバムからは、「Love Is Like A Rock」と「My Girl」という2曲のトップ40ヒットが生まれており、とりわけアイリスが地元と呼ぶ地域のクラシック・ロック系ラジオ局で定番となる楽曲が次々と世に出ることになりました。
アイリスが『Songfacts』に語ったところによれば、「Love Is Like a Rock」がビルボードのメインストリーム・ロック・チャートで最高位第9位を記録するヒットとなったことは、彼らにとっては予想外だったのだそうです。元はと言えばこの曲は、スタジオでの即興演奏から生まれたものでした。
「バンドでスタジオに入った時、ギタリストのマーティ・リーがそのリフを思いついたんだ」と彼は振り返ります。「僕らはそのリフを基にして曲を組み上げて行って、各楽器のパートを録音したんだ。その時点ではそれだけだった。僕らが良いトラックだと思う条件を満たすものができたってだけで──ギターも、ベースも、ドラムスもね。その後、マークと僕とでスタジオでそれを聴き返し、そのトラックに合わせて歌詞を書いたんだよ」
1943年2月28日、ペンシルヴェニア州ニューキャッスルで生まれたアイリスは、本名をドミニク・イェレースと言い、そこからほど近いエールウッド・シティで育ちました。母親は教会でピアノを弾いており、幼い頃から彼に歌うことを勧めていました。その後、ロックンロールやR&B、ブリティッシュ・インヴェイジョン系の音楽に惹かれていった彼は、高校時代から大学時代にかけて地元のバンドで演奏活動を続けた後、1964年にザ・ジャガーズの結成に加わりました。
ジャガーズはペンシルヴェニア州西部のクラブ・サーキットの常連となり、モータウンやブリティッシュ・インヴェイジョン系バンドの楽曲を中心にレパートリーを築き上げた末に、ギャンブル・レコードとレコーディング契約を結びます。アイリスは、バンドが演奏していたクラブで、男性が女性を口説こうとしている場面を目撃したことをきっかけに「The Rapper」を書き上げました。その会話調の歌詞とソウルフルなグルーヴは聴衆の心を捉え、彼はヴォーカリストとしてだけでなく、ソングライターとしてもその地位を確立したのです。
アイリスはこの10月9日、「ここ最近の健康上の問題」を理由に、コンサート活動からの引退を発表していました。
「この先はもうライヴ・パフォーマンスはやらなくなるけれど」とアイリスはファンに向けて綴っています。「皆さんと共に築いてきた思い出、音楽、そして絆は、いつまでも僕の心の奥深くに刻み込まれているよ。長年にわたり変わらぬご支援、熱意、そして愛を寄せてくださって、本当にありがとうございました。皆さんのために音楽を作ることができたのは、僕の人生において最も光栄なことでした」
安らかなる眠りをお祈りいたします。
Donnie Iris
『20th Century Masters:The Millennium Collection: Best of Donnie Iris』
Amazon Music(SEP 18 2001)
この記事へのコメントはまだありません
RELATED POSTS
関連記事
-
2026.10.27 アイリッシュ・トラッド界の最重鎮、ドーナル・ラニー死去
-
2026.10.23 2026年9月に他界したミュージシャン及び音楽関係者
-
2026.10.15 ドリー・パートン、没後リリース2曲目は2025年録音のウェールズ語版「ジョリーン」
-
2026.10.13 フレディ・ジャクソン死去。1980〜90年代のR&Bチャートを席捲したソウル・クルーナー
-
2026.10.08 トゥーツ・アンド・ザ・メイタルズのベーシスト、ジャッキー・ジャクソン死去
LATEST POSTS
最新記事
-
2026.05.12 ビートルズ関連 最新ニュースまとめ2026
-
2026.05.11 クイーン関連 最新ニュースまとめ2026
-
2023.03.07 直近開催予定のイベントまとめ(2026/10/30更新)