【ミュージック・ライフ写真館】ベイ・シティ・ローラーズ〜追悼レスリー・マッコーエン【ML Imagesライブラリー】

【ミュージック・ライフ写真館/ML Imagesライブラリー 撮影:長谷部 宏 pix : Koh Hasebe / ML images / Shinko Music】

レスリー・マッコーエン、4月20日に他界、享年65──先週の金曜、MLCでもその第一報(4月23日MLCニュース①)と、それを受けその日のうちに当時の誌面から初来日インタヴューを再掲載(同②)いたしましたが、やはり異例の大反響でした。そして週末のうちにたくさんのリクエストをいただき、急遽「ミュージック・ライフ写真館」でのかつての勇姿を掲載することを決定、ライブラリを探索。何しろ『ミュージック・ライフ』と『ロック・ショウ』で彼らのことをバックアップ、たくさんの写真が残されているのです。本日はそこから、レスリー在籍時に行なわれた当時の日本公演、3回+1回分からピックアップし、ご覧に入れます。
まずは1976年12月の初来日。「バイ・バイ・ベイビー」(1975年)、「サタデー・ナイト」(1976年)が本国イギリスだけでなく全米でも大ヒットを記録し、若干のメンバー交代はあったもののその人気の絶頂期に初めての来日公演が実現。メンバーは、レスリー・マッコーエン(vo)、エリック・フォークナー(g)、スチュアート・ウッディ・ウッド(b)、デレク・ロングミュアー(ドラム)と、アラン・ロングミュアー〜イアン・ミッチェルから交代したパット・マッグリン(g)の5人でした。

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(以下すべての画像はタップ/クリックで拡大できます)

 

上段4枚はステージの模様、中段はオフステージ。当たり前ですが何しろ若い。レスリーは21歳、中には10代のメンバーもいたくらい。下段はオーディエンスの狂騒振りとしてまとめましたが、客層はミドル〜ロウ・ティーンの女子中心で、あまりの過熱振りに失神者続出。ステージ前には警備員がずらりと並び、がっちり守りを固めているという雰囲気です。また、学校からコンサートにはいかないよう御触れが出ていたのか、カメラを向けられると顔を隠してしまっている子が多いのも特徴。みなさんはいかがでしたでしょうか。

続いては翌1977年9月、2度目の来日公演。冷めやらぬ人気振りに、たった9ヵ月後に再来日が実現。ただし初来日時のメンバーからパット・マッグリンが脱退、4人でのステージとなります。

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初来日からそう経っていないためヴィジュアル的にはほとんど変わりありませんが、特にレスリーは子供っぽさが抜け大人の男の風格が漂ってまいりました。逆にギターのエリックは半ズボンといいますか、ホットパンツ姿でステージにも登場していたり。しかしファンの熱狂振りは変わらず、ホテル周辺の出待ちも多数。当のメンバーはオフステージの撮影にもすっかり慣れた様子で、リラックスしています。

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そして翌1978年9月に、1年振りとなる3度目の来日。メンバーは、かつて在籍しながら裏方へと回っていたアラン・ロングミュアーが復帰、再び5人でのステージとなりました。しかし、この時すでにレスリーの脱退は決定していて、そもそもそれ以前からメンバー間の不和が報じられてもおりました。そのためここに掲載した写真も、ステージはともかく、オフステージは別行動、撮影も取材も残る4人とは別々……。5人揃ってのカットは1枚もありません。

このあとレスリーは新バンドを結成、バンドは新メンバーを加え、名前を変えながらも活動継続。しかしそれも間も無く終了、81年には解散となります。……が、この来日から4年後の1982年、“BCR同窓会” として1日だけのリユニオンが実現。日本武道館のみで昼・夜の2公演が実現します。

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この時は、浅草寺周辺へ繰り出し、またスタジオでも5人揃ってのショットも多数、レスリーによる「相変わらず仲は悪いよ!」とのタチの悪い冗談も織り交ぜながらの取材もあり。ステージ前にはしっかりリハーサルも行なった様子で、サービスもたっぷり。しかし、たった4年後、とはいえ残念ながら世間の熱が下がるには十分な時間でした。記者会見も開いたものの、数年前なら壁のように集まった報道陣もすっかり減ってしまい……。時代背景的にもパンク〜ニュー・ウェイヴ(今の言葉で言うなら“ポストパンク”)と、流行の速度がそれまでに比べ加速度的に速まっていた頃でもあり、世間的には彼らの人気はすでに昔のものとなってしまっていたのです。

それでもステージの写真を見る限り、ファンの熱さは変わりません。おそらく当時学校には秘密でコンサートへと足を運んでいた、もしくはあの頃は行けなかった10代前半の女子は二十歳前後の大人となって、堂々とコンサートへと行ける年となり、1日限りということで一堂に会したということなのでしょう。少し大人になった5人へ変わらぬ声援を送ったのでした。
 

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ということで今回はここまで。しかし実は、今回使用する写真をリサーチしている最中、彼らの写真についてはしっかり整理されていないことが判明。なので、もしかしたら一部間違った写真を取り上げてしまっているかもしれません。おそらくそういうものはファンの方の方が目ざとくお気づきになるはず……。その際はぜひメールでお知らせください。そして今回出せなかったものも多数ありますので、近くまた何らかの形でお目にかけたいと思います。ご期待ください。

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1960〜90年代にかけて、雑誌『ミュージック・ライフ』は、フォトグラファー長谷部 宏氏を中心にした撮影陣で、数多くの海外アーティストの写真を撮り続けて来ました。60年代にはビートルズ、70年代にはクイーン、KISS、チープ・トリック、ジャパン、80年代にはボン・ジョヴィやデュラン・デュラン……などなど、撮りためたポジ・フィルムやプリントは、数十万枚にも及ぶ量になります。しかもその貴重さは世界的レベルのため、海外からのリクエストも絶え間なく寄せられています。

現在我々は、そのコレクションを「ML Images」と名付け、膨大な量の写真を地道に整理整頓しつつ、貸し出すサービスを行なっており、ライブラリへアップロード済みの画像は目下約3万点で、現在も増え続けております。ご利用をご希望のメディア/展示スペースの方は、弊社までご連絡いただければ、具体的なご希望がない場合でもスタッフがお応えいたします。お気軽にご相談ください。メールはこちらから。

※個人の方へのご提供は行なっておりません。
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  • ぽんぽん さん投稿日時 2021.04.30 23:41

    感謝感激です。
    こんな貴重な写真を。
    シンコーさん、長谷部さん有難うございます

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