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1990年代の大ヒット曲「Unbelievable」で知られるEMFのキーボード奏者、デリー・ブラウンソン死去
EMF公式サイトで公開されている当時のインタヴュー映像より、右がデリー・ブラウンソン。左はベースのザック・フォーリーでこちらも個人、2002年他界。
8月13日、1990年代の大ヒット曲「Unbelievable」で知られる英国のオルタナティヴ・ロック・バンド、EMFの創設メンバーでありキーボーディストのデリー・ブラウンソンが亡くなったことを、バンドが公式インスタグラムで公表しました。享年55。彼は2025年に脳腫瘍と診断されたことを公表し、闘病を続けていました。
「昨夜遅く、僕らの戦友であるデラン・ブラウンソンがこの世を去ったという知らせが入って来た」と、バンドはステージで演奏している彼の写真に添えて綴っています。「僕らは今打ちのめされている。唯一の心の慰めは、ほんの数ヶ月前にデリーが数回、一緒にステージに立ってくれたってことで、それについては心から感謝している。バンドメイトであり友人である彼を喪った今、諸行無常を感じずにはいられないよ。安らかに眠れ、我らが同胞デリー」
「昨夜遅く、僕らの戦友であるデラン・ブラウンソンがこの世を去ったという知らせが入って来た」と、バンドはステージで演奏している彼の写真に添えて綴っています。「僕らは今打ちのめされている。唯一の心の慰めは、ほんの数ヶ月前にデリーが数回、一緒にステージに立ってくれたってことで、それについては心から感謝している。バンドメイトであり友人である彼を喪った今、諸行無常を感じずにはいられないよ。安らかに眠れ、我らが同胞デリー」
1971年生まれのデラン・“デリー”・ブラウンソンは、フォレスト・オブ・ディーン出身のヴォーカリスト、ジェイムズ・アトキン、ドラマーのマーク・デクロード、ベーシストのザック・フォーリー、そしてキーボード奏者のデリーは、高校で出会い、それぞれに地元の音楽シーンの様々なバンドで演奏していましたが、やがてEMFとして始動します。ちなみにEMFというバンド名は “Epsom Mad Funkers” の略で、当時『NME』のライターがニュー・オーダーのファンを称した造語とも、ニュー・オーダーのファンクラブの名前とも言われています。
メンバーの中で一番最後に加入したイアン・デンチ(EMFが1997年に一度解散した後はソングライターとして活躍し、ビヨンセとシャキーラのデュエット曲「Beautiful Liar」でアイヴァー・ノヴェロ・アウォードを受賞)はブラウンソンについて、「デリーほど『生きる喜び』を体現していた人間は他に思い当たらないね。つまり、彼は外見だけじゃなく内面も美しかったんだ」と語っています。EMFの結成当初、グロスター出身のデンチは、よそ者だった自分がフォレスト・オブ・ディーンで居心地良く居られたのは、陽気で愉快なデリーのおかげだったのだそうです。
EMFは僅か4回のライヴを行なっただけでEMIとの契約を取り付け、しかもその契約から半年も経たないうちに、バンドのシングル「Unbelievable」は世界的なヒットとなり、いまだに90年代で最も人気のある楽曲の一つとして広く認知されています。当時、急激な人気の急上昇ぶりに自分たちでも驚いたと認めたドラマーのデクロードは、『ワシントン・ポスト』紙にこう語っていました。「レコーディングをやったのはホントに低予算のスタジオだったんだけど、僕らはとにかくレコーディングできるだけでみんなワクワクしていたんだよ。それが突然、みんなに『キミら1位だよ』とか『アルバムが100万枚売れた』とか言われちゃって、あまりにも急な展開だから、どう感じればいいかも分からないよ……」
ブラウンソンはその後もバンド内外でキーボード奏者兼サンプル・プレイヤーとして活動を続けていました。BBCの取材に自身の病気を明かした2025年7月、彼は生まれ故郷のシンダーフォードで開催された『Cindyfest』でバンドメイトたちと再結成を果たしており、この凱旋公演を「とても、とても特別なんだ」と語っていました。EMFは今夏の初めに14曲入りの新作アルバムが完成間近であることを明らかにしており、その直後にこの訃報が伝えられたことになります。
デリーの死を悼み、アッシュのティム・ウィーラーはEMFのインスタグラムのコメント欄に次のように投稿しました。「キミを喪ってとても悲しいよ、どうか安らかに、デリー。愛をこめて」。一方、ギタリストでライターのウィル・クルードソンはメンバーたちに向けて、「キミらにありったけの愛とパワーを送るよ。本当に残念なニュースだ」とコメントしています。
安らかなる眠りをお祈りいたします。
メンバーの中で一番最後に加入したイアン・デンチ(EMFが1997年に一度解散した後はソングライターとして活躍し、ビヨンセとシャキーラのデュエット曲「Beautiful Liar」でアイヴァー・ノヴェロ・アウォードを受賞)はブラウンソンについて、「デリーほど『生きる喜び』を体現していた人間は他に思い当たらないね。つまり、彼は外見だけじゃなく内面も美しかったんだ」と語っています。EMFの結成当初、グロスター出身のデンチは、よそ者だった自分がフォレスト・オブ・ディーンで居心地良く居られたのは、陽気で愉快なデリーのおかげだったのだそうです。
EMFは僅か4回のライヴを行なっただけでEMIとの契約を取り付け、しかもその契約から半年も経たないうちに、バンドのシングル「Unbelievable」は世界的なヒットとなり、いまだに90年代で最も人気のある楽曲の一つとして広く認知されています。当時、急激な人気の急上昇ぶりに自分たちでも驚いたと認めたドラマーのデクロードは、『ワシントン・ポスト』紙にこう語っていました。「レコーディングをやったのはホントに低予算のスタジオだったんだけど、僕らはとにかくレコーディングできるだけでみんなワクワクしていたんだよ。それが突然、みんなに『キミら1位だよ』とか『アルバムが100万枚売れた』とか言われちゃって、あまりにも急な展開だから、どう感じればいいかも分からないよ……」
ブラウンソンはその後もバンド内外でキーボード奏者兼サンプル・プレイヤーとして活動を続けていました。BBCの取材に自身の病気を明かした2025年7月、彼は生まれ故郷のシンダーフォードで開催された『Cindyfest』でバンドメイトたちと再結成を果たしており、この凱旋公演を「とても、とても特別なんだ」と語っていました。EMFは今夏の初めに14曲入りの新作アルバムが完成間近であることを明らかにしており、その直後にこの訃報が伝えられたことになります。
デリーの死を悼み、アッシュのティム・ウィーラーはEMFのインスタグラムのコメント欄に次のように投稿しました。「キミを喪ってとても悲しいよ、どうか安らかに、デリー。愛をこめて」。一方、ギタリストでライターのウィル・クルードソンはメンバーたちに向けて、「キミらにありったけの愛とパワーを送るよ。本当に残念なニュースだ」とコメントしています。
安らかなる眠りをお祈りいたします。
EMF公式Facebook・ページより、デビュー・アルバム『シューベルト・ディップ』裏面メンバー写真のアウトテイク。左からザック・フォーリー、デリー・ブラウンソン、ジェイムズ・アトキン、マーク・デクロード、イアン・デンチ。
商品詳細
EMF
『Schubert Dip』
・Amazon Music(MAY 07 1991)
・Amazon(1991/5/7)輸入盤CD
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『Stigma』(Remastered)
Amazon Music(SEP 28 1992)
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『Cha Cha Cha』
Amazon Music(MAR 02 1995)
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